Chapter3 可逆性加虐か逆か⑥
猛烈な嫌な予感が頭の中を駆け巡る。
「俺が何の考えもなく作戦に嵌まりに来てあげたと思った?」
「アオも何か仕掛けてくるつもりだったんだ」
「普通は俺からしか仕掛けないんだけど」
呆れて言ったあと、アオはポケットからスマホを取り出した。ジップロックに入れられたそれは私のものではない。
「そのスマホ……どこかで見たような」
「どこで見たかなんてどうでもいい。大事なのは」
アオはスマホを操作し、表示されたものを私に見せてきた。
「撮影者が何を見たか、だよね?」
「………」
これは……。
私というより。
「……は!?」
同じく画面を見せられた千堂さんが声を上げる。
私というより、彼のほうがマズいのでは。
「成人男性と女子中学生が密会……」
「そんなんじゃねぇよ!!」
写真の内容を捻じ曲げて実況するアオと、反論する千堂さん。だがそんなふうに受け取られても仕方ない写真だった。
公園のベンチで並んで座る私と千堂さんの後ろ姿。私が制服姿ではないのがせめてもの救いだけれど、千堂さんの顔は横を向いている。つまり、顔がわかってしまう。
スマホを取り上げようとする千堂さんを、アオはあの薄紫色のダイヤモンドみたいなリングを出現させて拘束した。お互い鬱陶しそうにしている。
「さて、ここからやっと本題。俺は今から、一人の人間が社会的に死ぬ決定的証拠を晒そうとしているわけだけど」
私と千堂さんが息を呑む。
「──どっちがいい?千堂のと、花波の」
やはりそういう話になるか。
私の悪事を捉えた証拠の動画のことは千堂さんに明かしていないため、彼は汗を流しながらもきょとんとしている。
アオも丁寧に説明してあげる気はないらしく、判断を求める相手は私のようだ。
ジップロックの中に、USBメモリがチラつく。先ほどはスマホに隠れて見えなかった。
「素直に罪を認める?それとも、保身の為に自ら他人に手を下してみる?好きなほう選んでいいけど、後者の場合は」
アオが僅かに目を眇めた。
「その事実が一生、花波に付き纏うよ」
「………」
少しの沈黙のあと、私は口を開く。返事をする前に確かめたいことがあった。
「スマホは誰のものなの?」
「……今は関係ないよね」
「関係ないなら教えてくれてもいいでしょ」
迷う仕草を見せてから、アオは人差し指を口元で立て「極秘ルートから手に入れた、とだけ」と笑った。……明らかに誤魔化している。
「わかった、もういいよそれで」
諦めて呟き、改めて二人を見つめる。
期待の視線と懇願の視線が交わって、私を射抜くように捉えている。居心地が悪い。
私はスカートのポケットに手を入れ、声を雨の音に紛れ込ませた。
「私の、答えは……」
ビリッ。
そのままボタンを押す。
二人分の体を包んでいた雨水が電気を容赦なく通し、私に向けられていた二人分の視線が消えた。
「どっちも晒すの、やだ」
「……!」
通常なら考えられないほどの勢いで体が跳ね上がり、それによって砂に倒れたアオを覗き込む。そして意識的ににこっとしてみた。
屋根に守られた砂の上で無事なのは、ここを動かず雨に触れなかった私だけだ。濡れた砂に入っている上に体まで雨に濡れた彼らは感電を免れられない。
アオは悪魔だからか意識を保てているようだが、千堂さんは気を失ってしまった。この人が気絶しているのを見るのは二回目か、とぼんやり思う。でも電流の強さから考えて、すぐに目を覚ますはずだ。「千堂さん、ごめんなさい」とまた小さく言い、アオに向き直る。
「かな……み、おまえっ……」
「喋んなくていい」
千堂さんが持ったままのロープを彼の手から引き抜き、まだ動けずにいるアオの手首を縛るのに使う。アオは時折言葉を発しようとするが、痙攣に邪魔されているせいで何も伝わってこない。
ロープで手首を縛るなんて経験は今までなかったので手こずっていると、アオはまともに話せる程度まで回復していた。
「……こいつ……巻き込んでよかったの?」
「うん。当初の作戦が失敗したら感電に巻き込むしかないと思ってた」
「だから作戦の主導権は花波にあったんだ」
「そうだよ」
なるべく作戦がアオにバレないよう気を配っていたが、恐らく隠し通せないだろうと直感でわかっていた。
だから、第二の策を用意していたのだ。
「ね、作戦、甘くなかったでしょ?」
「……はぁ。相手が悪すぎる」
呆れの感情に不満が少し混ざった声色で、アオは言った。視界の奥で千堂さんの体が小さく動くのが見える。
……紆余曲折の後に作戦の最終目標を達成できたが、どうしようか。証拠の破棄を命じたらちゃんとやってくれるのかな。
話す前に考えを巡らせていると、
唐突に、新たな地獄が訪れた。
「うわっ、センパ〜イ!何やってんですかぁ〜!」
甘い声と共に現れた少女は、私と同じくらいの年齢に見えた。でも違うのは明白だ。彼女もアオと同じ悪魔の角と羽根を持っているから。
アオが、今まで私が見てきたどのタイミングよりも激しく動揺したのがわかった。
「コガネ……っ!?」
「はぁい、コガネちゃんです♡ざこざこなセンパイのピンチを嗅ぎつけて、飛んできましたぁ〜」
コガネと呼ばれた彼女が、顔に影を落としてにやりと笑った。アオの羽根の片方を乱雑に掴む。
「もちろん……もっと追い詰めてやる為ですよ?『痛覚過敏』のセンパイをねっ♡」
──痛覚過敏?
何のことなのか尋ねようとして、それを聞くまでもないことに気づいた。
縛られたままのアオが、ひどく怯えていたから。




