Chapter3 可逆性加虐か逆か⑤
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ビリビリペンの電流の強化ができたと千堂さんから連絡を受け、私は覚悟を決めた。
なんだかんだで最初に公園で会ったときから二週間強も経っている。個人的にアオからの制裁に備えていたときはこんなに時間がかからなかったので、不思議な気持ちだ。
そもそもこちらから何か仕掛けるというのが初の試みである上に、他人まで巻き込んでいる。不安だ。
(だけど……だからこそ、成功させなきゃ)
梅雨を体現したどんより暗い公園に用がある人間など、そうそういない。ぽつりと屋根付きのベンチに腰掛ける私の姿は、寂しい公園の風景に見合ってしまっているように思う。
「──いや、やっぱ異質だなぁ」
「え?」
心を読まれたのかと思い、はっとして振り返る。当然みたいに傍に立つアオは、濃い紫色の傘を持っている。……持っているというだけで、さしてはいない。折り畳み傘を持っているから別にいらなかったんだけど、とは言わないでおいた。
「独り言。雨の中、セーラー服の女子が公園のベンチに一人……なんか怪談っぽいけど、その正体が花波なんだったら変な感じだなって」
咲海には、今日は帰りが遅くなると伝えている。彩度が低いこの光景からは想像しづらいが、今は午後五時。一度家に帰ってまた外に出るより事が運びやすいだろうと考えたのだ。
アオに差し出された傘をそっと受け取り、傘から視線を外さずに私は言う。
「来てくれるんだね」
「当たり前じゃん、監視役なんだから。というか」
見上げると、私を見下ろす彼と目が合った。
「それを狙ってたんでしょ?」
「………」
図星だが見抜かれても支障はない。これが作戦なのを承知の上であろうと、彼が狙い通りに来てくれたことには変わらない。
「どうして作戦に乗ってくれたの」
問うと、アオはいつもの調子で──嘲笑した。
「俺の狙い通りでもあるから」
「……どういう狙い?」
「こういう」
アオが屋根の保護から抜け、雨に打たれながらゆっくり歩き出す。
──このベンチから例の大きな木までは、実はそんなに距離がない。息を殺して隠れていても、気づかれてしまえば瞬殺である。
千堂さんも例外ではなかった。
アオは不意に瞬間移動らしきもので木まで接近し、千堂さんの首根っこを掴んで引きずってきた。
「みーつっけた♪」
「いだっ、離せ!おい!!」
「影薄いくせに隠れるのは下手とか可哀想ー……」
千堂さんの抵抗も虚しく、アオはそのまま私の目の前まで来た。
「ん、なにこれ。ロープ?」
「あっ……」
千堂さんの視線がアオとぶつかる。ロープが見つかったことに動揺しているのか、アオが本当に悪魔だと気づいたせいで動揺しているのかわからない。
ふーん、と呟きながら、アオがベンチのもとへ戻ってきた。千堂さんは相変わらず引きずられており、周辺の地面が濡れる。
「俺をとっ捕まえようとしてたんだ」
「……失敗に終わったけどね」
「思い切り方は嫌いじゃないけど作戦が甘かったね。あと相手も悪すぎた」
三人もの人間を雨から守るには、この空間は窮屈すぎる。屋根から少しはみ出た千堂さんを気に留めず、アオはベンチの端に座る。
「見てた?」
「ん?」
「私たちの作戦会議、細かい部分まで」
私と千堂さんが公園で会ったのを、アオは二回とも監視していた。しかし、会議中にアオの存在を気にかけるほど近くにもいなかったはずだった。例えば私がスマホに描いた公園の模式図なんかが見える距離ではなかったはずなのだ。静かに作戦のまとめをした声も。
「ううん、全然」
「……あれ?そうなの?」
「見えなかったよ。ただ……ここに来てから気づいただけ。こいつが隠れてる場所に」
「なんで、気づいたんだよ……?」
怯えて尋ねる千堂さんを一瞥し、アオは「気配」と短く返答した。
「それと、他にもヒントはあったよね」
「なに?」
「花波がくれたんじゃん」
不穏な一言のせいで脳内が散らかる。私、何かヘマした?
アオは優越感を隠さず言葉を零した。
「……『千堂透和』って名前を最初に口に出したのは?」
「……あ……」
千堂さんと初めて公園で会った日。自己紹介は本当に簡単に済ませた。苗字だけを名乗って。
その声がもしアオにも聞こえていたのなら、気づかないわけがない。LINEに登録された本名を私が思わず口走ってしまったことに。
「メールアドレスか何か交換してるのかなーって見てて思ってたんだけど、花波がこいつの本名を言ったことで確信しちゃった。あの作戦会議が全てじゃない、見えないところで何か企んでるって」
「………っ」
アオへの仕返しを決めたとき、私は千堂さんに伝えていた。
──一つ、守ってほしい事項があります。
──作戦について本当に大事な部分は、LINEだけで話しましょう。
「もう一つ。最近やたら花波のほうから話しかけてくるなと思ったけど……あれ、時間稼ぎでしょ?」
「……そこまで?」
「千堂が作戦に必要なものを用意する間、万が一にも俺がこいつの様子見に行かないように足止めしてたんだよね〜」
私の努力を褒めるように、あるいは嘲笑うように彼は言った。
「どう?全部正解?」
勝利の笑みで尋ねられ、私は目を合わせずに頷いた。
「今回は……ダメだった」
「『負けた』ってはっきり言いなよ」
「千堂さん、ごめんなさい」
いたたまれない様子で、千堂さんは無言を貫いた。
私は傘を持って立ち上がった。
「……帰ろっか」
「いや、帰さないよ?」
「え」
振り向くと、アオは──相手を完全に手中に収めたときにしか見せない笑みを浮かべていた。




