Chapter3 可逆性加虐か逆か④
「実行日は次の雨の日。まず安崎がなんとかあいつをここに呼び出して、タイミングを見計らって砂に電気を流す」
砂は電気を通さない絶縁体だが、雨に濡れていれば話は別だ。電気は一瞬で水を駆け抜ける。
「その為に使うのがこれですね」
私は先ほどのペンを指差す。ペンの金属部分を砂に埋めておけば、ボタンを押すだけで砂に電気を流せる仕組みが出来上がる。電流の威力も上がっているため、未だに弱点が不明なアオにも多少は効くだろう。
「弱らせている間に、千堂さんにロープで仕留めてもらいます。多少危ない目に遭うかもしれませんけど大丈夫ですか」
私が千堂に視線を向けると、彼は力強く頷いた……つもりだろうが、やはり頼りない。それでも全力は尽くしてくれるだろう。ここは千堂さんの実力を信じることにした。
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「ねぇ、悪魔って結局なんなの」
「哲学トークでもしたくなった?」
その日の夜、寝る準備を終えて部屋に来てからのこと。私はふわふわマットの上に座り、ミニテーブルに頬杖をついて尋ねてみた。アオはベッドの上で苦笑している。
哲学というより宗教学じゃ、と思いつつ、私は素直に説明した。
「……千堂さんが、アオが悪魔だってこと信じてないから。でも本当だって説得するには情報が足りないよなーって」
「なるほど、その流れはもちろん聞いてたけど」
だよね、知ってた。だからこそ変に隠さなかったのだ。
千堂さんはこっちが信じられないくらいに悪魔の存在を信じていない。私がおかしいのかと思ってしまいそうだ。アオは千堂さんを気絶させたときにさえ特別な力を使わなかったのだろうか……。
「わざわざ説得してあげんの?」
「ううん、単純に私が気になっただけ」
「花波らしいな」
ベッドから下りたアオがテーブル越しに目の前へ来る。……とことん話してくれるモード?
「具体的に質問してくれたら答えるよ」
「具体的に、か」
私は悪魔に関するどんな情報を求めているのだろう。よく考えれば、生物学的な内容には興味がない。
たっぷり十秒考え込み、作り上げた疑問文をそのままぶつけた。
「人間との違いはなんなの?」
「舐めてる?」
不満を丸出しにされる。だが別に本気で怒っているわけでもないようだ。
「舐めてないけど、聞き方悪かったかな……えっと、人間に勝ってるところは?」
「悪化してる」
どうしろと。
また新たな言葉を探そうとする私を、アオが「いいよ、答えるから」と制した。
「俺が人間より上だっていう振る舞いをしてきたのは認めてるよ。聞きたいのはその理由でしょ?」
「そう、それ」
完璧な言語化をしてみせた後、アオは考える仕草で目線を逸らした。
「いろいろありすぎるけど一つ挙げるなら……悪じゃないから、かな」
「名前負けじゃん」
「『悪』を制裁する『魔』ってことでどう?」
「絶対違う……」
くすくす笑うアオにつられ、私も苦笑いする。じゃあ、と彼が人差し指を立てた。
「別の切り口から解説しよっか?そもそも、こっち世界の『悪』の概念を定めたのは人間だよね」
「そう来る?」
「そう来ちゃうよー、だって神に近いのは俺らだし」
アオの口から神の話が出るのは意外だが、思い返してみると初対面のときにも言っていた。
「神に依頼されて動いてる……って話をしてたっけ」
「そうそう。会ったことないし実体があるのかすら知らないけど」
「ふぅん……」
怪しい。でも逆にそっちのほうが現実味があるかもしれない。悪魔は人間より上位の存在らしいが、神は悪魔よりもっとずっと上位であるはずだ。少なくともアオを見ている限りは。
「言ってしまえば、俺らは神の倫理観に従ってるんだよ。正式に仕事として『制裁』をしてる、超高潔な存在ってこと。……こんな説明でいい?」
私は頷けないまま、アオを見つめた。彼もこちらの言葉を促すように見つめ返してくる。しばらくその状態でお互い固まり、やがて私が口を開いた。
「そういうの、大義名分っていうんじゃないの?」
「……へぇ?」
「人が一番苦しむ方法で追い詰めて人生を台無しにして遊ぶのって、十分悪だと思うけどな」
責める口調にならないよう、なるべく淡々と言った。対するアオはにやりと笑う。
「相手が悪人でも?」
「……悪人でも」
「自分を守りたいだけだよね、それ」
「そうだけど」
堂々と言ってみせる。
「不適切な加害から身を守るのは悪いことじゃないでしょ。実際にそれで、千堂透和さんっていう一人の人間は大切なものを失った」
「因果応報だよー?逆に不適切だって思うのはなんで?」
「神様への忠誠心がアオから感じられない」
一瞬、アオが言葉に詰まった。そして諦念を笑みに滲ませ「バレてたか」と呟いた。
「そういえば前に言っちゃったもんね、半分仕事で半分娯楽だって」
「そんなんだとアオもいつか辞めさせられそう……」
「千堂と一緒にしてる?……まぁ一回危なかったことはあったけどさ」
「え」
予想外の返答に、私は目を見開いた。
「何やらかしたの?」
「人間の依頼引き受けちゃったんだよ」
ケロッとしているが、あまり大きな問題にはならなかったのだろうか。……でも辞めさせられそうになったんだよね?
「人が、アオに……誰かを制裁してほしいって依頼を?」
「うん。ルール違反だったけど放っておけなくて、つい」
「なんで依頼受けてあげたの」
「……さぁ?」
意味ありげな微笑を見て、多分話してくれる気はないのだろうなと察する。悪魔のことを探ることができたと思ったのに、核心は結局お預けにされたのだった。




