Chapter3 可逆性加虐か逆か③
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あの公園にアオをなんとか呼び出し、縛り上げる──。
要するにそんな内容の作戦になった。これを達成できれば、あとはどうとでもできる。
昼とは思えないどんよりした空を窓越しに眺める休日。自室という安全な場所にいるはずなのに、どうも落ち着かない。
ふわふわのマットを敷いた床にぺたんと座る私を、優しい感触が受け止めている。それでも落ち着かないのはきっと、今スマホに写っているLINEのトーク画面の不穏な作戦会議のせいだろう。
『千堂透和』と表示された名前の欄を意味もなく見つめる。
私が主に作戦を考える代わりに、必要な物のほとんどを千堂さんが用意してくれるらしい。
(大まかなところは決まってきたけど……)
私はアオに監視されているということを忘れてはならない。考えがどこまでバレるかわからないからだ。
ひとまず話を整理できたのでスマホを閉じ、ふとベッドのほうに目を向けて尋ねた。
「いつからいたの?」
「さぁね」
口調だけは無邪気なアオが、またそこに座っていた。傍らには前と違う分厚い本がある。
昨日千堂さんと公園で会ったことは、案の定というべきかアオにバレていた。帰宅したあとに確認され、その場は一旦適当にやり過ごしたのだが……。
「花波さー、やっぱり何か企んでるよね」
……思いっきり怪しまれている。
「まぁ、うん」
「否定しないんだ」
「決定的なところ見られてるんじゃ、否定しても無駄だし」
溜息を吐く。千堂さんと会ったことが知られていなければ当然もっと楽だったけれど、仕方ない。それに、このパターンも想定内だ。
「私たちがどんなことをしようとしてるか、アオには見当ついてる?」
興味本位で聞いてみると、アオは不満げに唇を尖らせた。
「それが全っ然」
「流石にそうだよね、よかった」
「そもそもまだ二日目だしなぁ」
「『まだ』って言うけど」
私は立ち上がり、アオのほうに三歩近づいた。
「わかんないじゃん。私たちがいつ動くか」
「………」
感情を読み取れない顔で、彼が私を見つめ返す。
明日かもしれない。一週間後だったり一ヶ月後である可能性もないとは言えない。もしかしたら今日の夜かも。アオは警戒し続けることになるだろう。
そしてそれは、私が制裁に対して感じてきた圧力と同じものだ。
既に半分ほど仕返しが成功している気がして、ちょっと嬉しくなってしまう。その勢いのまま、私もベッドに腰掛けた。アオの左側に置かれた本を挟んで隣り合う形になる。
「アオって物語読まないよね」
「なに急に……」
「いや、いつも資料みたいな本ばっかりだなって思い出して」
無防備な本を軽く開いてパラパラ捲ってみると、拒絶反応が起きそうなほど詰め込まれた文字列が出てきた。即座に閉じる。
「なにこれ、きも……」
「人間の言語だよ?」
「じゃなくて、字の量が」
でもせめて日本語の本であれよ、と心の中だけで毒づく。こんなの平然と読んでたのか。
「統計とかよりストーリーあるほうが面白くない?」
「面白いっていうかフィクションが苦手なんだよ」
「苦手?」
深く聞く前に「あーいや、まず生きてきた年数が違うから」とアオが笑った。無邪気なほうではなく、挑発する意味のほうである。
「これを理解するには花波は子どもすぎ」
「なっ……!」
「数百年分の知識でギリギリ解読できたんだよ、ほんとに……」
挑発の直後に苦労が垣間見える言い方をされると、怒るに怒れない。
苦労。アオのイメージと合わない言葉だ。
(意外と人間味ある、のかも……?)
しかし、アオのことは未だによくわからない。
表面上は空気が緩んでいるが、仕返しの為に観察は怠らないようにしようと決心した。
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それから三日ほど経ち、作戦もまとまってきたので、私と千堂さんはもう一度公園で会った。メッセージのやり取りでいろいろ伝えてはいるが、細かい調整は直接会ってからしたいと私が提案したのだった。
今度はブランコではなくベンチに並んで座っている。日差しを遮る小さな屋根の下で、私は言う。
「まず……頼んでおいた物を」
「これだろ。はい」
手渡されたビニール袋に入っているのは長いロープとペンと、妙なボタン。頼んだ通りだ。
私はペンとボタンを取り出した。ボタンを押すと、ペンの金属部分がビリッと音を立てた。そう、通称ビリビリペンである。それも特別な。
「操作テストはバッチリみたいだな」
「案外うまくいくものですね」
「いや、頑張ったのはオレだからな!?」
初対面のときの会話が後半に差し掛かった頃、彼は昔からエンジニア志望だったという話を聞いた。小さい頃から物の内部をいじるのが好きだったそうなので、その延長だろう。この能力を買い、ビリビリペンの改造を依頼していたのだ。おかげでボタンによる遠隔操作が可能になった。流れる電気の強化も頼んでいたのだが、それは今夜やってくれるらしい。千堂さん、なかなかすごい。
ありがとうございます、と手短に感謝を伝え、私はペンとボタンをビニール袋に戻した。続いてスマホを開き、描画アプリを立ち上げる。
「今日確かめておきたかったのは、アオを縛り上げるまでの具体的な方法です」
「なぁ、前から気になっていたんだが……普通じゃダメなのか?」
「方法がですか」
千堂さんが頷く。
言っても無駄であろうことはなんとなく想像がつくが、一応警告しておく。
「……アオは悪魔ですよ?」
「まだ言ってんのかよ」
やはり未だに信じていないようだ。
「本当に制裁されたんですよね?で、裏路地で力の差を見せつけられましたよね?」
「頭が真っ白だったから正直あんまり覚えてないんだよ……」
「だったら尚更、千堂さんをそこまでにさせたのは悪魔だと言われれば──」
「だからっ、悪魔とか信じてないんだって」
もどかしい。しかし、彼の視点に立てば無理もないかもしれない。
アオは身分とともに羽根と角も隠していたと言っていた。彼のことだ、正体を見破られない為の工夫も重ねていたのだろう。そんな彼が悪魔だと、もともと人ならざるものの存在を信じていない人に真剣に訴えたところで、きっと徒労に終わる。
話したいことの本命はこれじゃないので、小さく咳払いして「とにかく」と会議を再開した。
「これ、公園の模式図です。出番までここに隠れててもらいたくて」
スマホの画面を覗き込む千堂さんに伝わるよう、私は描画アプリのキャンバスに指を滑らせる。
この公園にはちょうどよく大きな木があるので、模式図のその場所に赤い丸を描く。
「なるほど、じゃあ作戦は完成か」
千堂さんが声を潜めて呟いたので、私も頭の中の整理を始めた。




