Chapter3 可逆性加虐か逆か②
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住宅街には、基本的に公園がある。たとえ私が住んでいるような小さな所であっても。
幼少期にその公園でよく遊んでいたという思い出話を聞かされても、私はあまり思い出せない。それに昔話は好きではないのだ。だが帰宅時に通るとき、意味もなく公園へ視線を向けてしまう。それは過去の私を楽しませてくれた感謝があるから……かもしれない。
ストーカー騒動から数日経ち、二ノ瀬くんの被害も聞かなくなった頃。例に漏れず、今日も私は学校帰りにそこを通っていた。
実際、ありがたいものだろう。今公園を利用しているのは、元気があり余る子どもたちや、ブランコで項垂れるスーツ姿の社会人──。
「……ん?」
思わず立ち止まる。
子どもに混じってれっきとした大人が見えたような。
立ち止まった理由はそれだけではない。あの人を、知っている気がする。
私が公園の外にいるとはいえ、ブランコまでの距離はそんなに遠くもない。ゆっくり近づいてその人を見つめていると、相手に気づかれ目が合った。
顔を見てわかったわけではないが、私の中でふと記憶が取り出された。
「スーツの人……?」
「え?」
「あのときの、あの人ですよね?」
「つまり誰だよ」
冷静にツッコミを入れられた。
砂の地面に足を踏み入れ、私は彼のすぐ傍に立った。ブランコに座ったままの彼が、どこか不健康そうな顔を上げる。
そこで気づいた。私は彼のことを知っているようでほとんど知らない。衝動的に声をかけてしまったが、どうしようか。
「あの、ほら……前、アオに制裁されてた」
「制裁?」
眉をひそめた彼だったが、心当たりがあった様子ではっとした。
「み、見てたのか?悪事を会社に晒されたところを」
「そっちじゃなくて、裏路地で倒れてたのを見たんです」
そう、彼は『スーツの人』──と勝手に呼ばせてもらっていた悪人。私がアオと初めて会ったあのとき、アオに気絶させられていたあの人である。そのときは控えめなひとつ結びの髪のせいか性別がわからなかったが、声を聞いて男性だと判断がついた。
あぁ、と安堵の声を出す彼は、記憶の中で不衛生な地面に倒れ込んでいた人と一致した。
「制裁の現場は見てないですけど、悪事は横領でしたっけ」
「た、頼むから誰にも言わないでくれよ……?企業イメージを守る為に、解雇にはなったけど一応見逃されたんだ。横領のことが公になったらオレはいよいよ詰む……」
だから捕まっていないのか。今は就活中だろうか、と見当をつけてみる。
「……というか、お前。アオってあの悪魔みたいな奴のことか?」
私を見上げる彼は、苛立ちを少し滲ませた声で尋ねてきた。
「悪魔みたいというか、彼は悪魔ですよ。比喩じゃなく」
「は……?本物の悪魔だっていうのかよ。そういうのは信じてないんだ」
それは私もだったんだけどな。
ぼんやり考えたことを口に出す前に、彼は真剣な顔つきで言った。
「それより……あいつのこと知ってるのか」
「知ってます。私も悪人だって言われた者なので」
「ん……?面と向かって言われたのか?じゃあ、もう制裁とやらを……」
「されてません」
普段は悪魔であることに気づかれないように制裁対象に近づく、というアオの話を思い出す。私は彼の隣のブランコに座った。
「回避しているんです」
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私は無痛無汗症の中学生で、悪人。アオと特殊な出会いをしたために制裁の前に彼の身分を知ることができたので、『制裁を回避する』という人生を賭けたイタチごっこの真っ最中……。そんな内容を掻い摘んで話した。
「既に二回も回避してるのか?只者じゃないな」
……証拠の動画を掴まれていることは内緒にしている。シンプルに言いたくないからだ。
彼は姿勢を正し、私を見つめた。
「だったら……協力してくれないか」
「というと」
「制裁ってやつの仕返しがしたいんだ。オレが会社を解雇されたのもあいつのせいだし、次の就職先も見つからないし……」
……自分のせいでは?
しかしここで反論しても無駄なので、話を進めることにする。
「私も同じことを考えていたんです。いつも受け身の体勢じゃなく、こっちからも仕掛けてやろうかなと」
無意識にこの流れを求めて私は彼に話しかけてしまったのかもしれない、と納得した。狙われ続けるのはストレスだし、できることなら積極的に動いてイタチごっこを終わらせたい。
彼は「利害は一致したな」とにやりと笑った。なんだか無理している感じがする。
「オレは千堂だ。今年で二十四」
「安崎です」
二十四歳って……若いのに何やらかしているんだ。いや私が言えることでもないし、何歳だろうと横領はダメだけれど。
「それと、オレのほうからは言いづらいことだが……連絡先を交換しておいてもいいか?」
「いいですけど、なぜ?」
「アオって奴のせいでどうしても疑心暗鬼になるんだよ」
千堂さんは憂鬱そうに溜息を吐いた。
「あいつがオレの話を聞いてくれてたのもここだったんだ」
「話ですか」
「仕事がうまくいかなくて落ち込んだとき、オレはよくここに座って一人の時間を過ごしてたんだ。今と違って夜だったから子どももいなかったしな」
逆に今は、就活がうまくいっていないから来てしまったのだろう。
「そんなとき、お前みたいに隣に座って愚痴を聞いてくれたのがあいつだった。子ども相手に情けないのはわかってたけど、あいつは……包容力があったから、つい」
どこが??
「じゃあそれ全部演技ですね」
「そうだって後から思い知ったよ。あるときオレがうっかり横領がバレるような言い方をしてしまって、そのときはあいつも受け止めてくれたけど」
力ない笑みで「まぁ、このザマだよな」と彼が言う。アオは千堂さんを自爆に誘導していたということだろうか。そんなこと可能なのか?
「だから、あいつみたいにオレの前から消え去れないように連絡先を聞いておきたいってわけだ。疑うみたいで悪いんだが」
「別に気にしません。私がその立場なら同じことをしますし」
スマホを取り出しながら、私は千堂さんのほうをちらっと見る。
「……ちなみに、『オレのほうからは言いづらい』というのはどういう意味ですか?」
「成人男性が年端もいかない女子と絡んでると、何かと問題になるんだよ」
「あぁ……」
確かにこの状況はあまりクラスメイトなどには見られたくない。誤解を招きそうだ。
LINEを交換したところで、私はふと気になって尋ねた。
「私がブロックしたらどうするんです」
「LINEを?流石にそれくらいの権利はあるだろ」
拍子抜けした。対する千堂さんはなんてことなさげに言う。
「束縛したいわけじゃないんだよ。実際……怖い、だろ。妙な男と、妙な理由で連絡先なんか交換して」
言葉の後半には罪悪感が滲んでいた。
(まぁ急展開だなとは思ったけど……怖いとまではいかないのにな)
声をかけたのは私なのに、気を遣わせてしまっているらしい。これも年齢差のせいだろうか。
私は千堂さんから目を逸らした。
「そういう気遣いができるんなら、横領とかしないでください」
「痛いところを突くなよ……」
肩を落とす千堂さん。
利己的な部分はありそうだが、私も同じなのでそこは差し引くとして。彼はそこまで極悪でもなさそうだ。ただ、優しさも中途半端な気がする。
脳内で分析し、私は「それと」と彼に近づいて囁いた。
「一つ、守ってほしい事項があります──」




