Chapter2 ストーキングトーキング⑧
「……アオは、知ってるかな。体育館倉庫の窓には強化ガラスが使われてることが多いんだよ」
「狙いは窓か……。それで、強化ガラスが何?」
徐に、箱の中から握力計を一つ取り出す。
「強化ガラスの弱点は、隅」
そして完璧な軌道で──ぶん投げる。
ガラス全体に一気にヒビが入り、そこを高跳び棒で突くといとも簡単に細かく散った。夕日を反射しようと必死な無数の惑星みたいに、破片はキラキラしている。
「……は……?」
「握力計、強化ガラスを割るには最適だよね。硬くて、九十度くらいには尖ってる部分があって、重みもある」
「いやちょっと待って、花波ってそんなに力あったっけ」
「え、ないけど」
きょとんとして答える。
「か弱い女の子だけど、知識と運動神経でゴリ押ししてみました」
「……ふざける余裕が出てきたとこに水を差すようだけど、まだ終わってないからね?」
私の行動に戸惑ってはいるものの、アオは的確に指摘を入れる。
「ガラスの破片の鋭さはそこまででもなさそうだけど、そもそも花波の身長じゃ窓に届かないでしょ?」
「うん。だから初めからわかってる、窓から脱出するのは無理」
だったら、と口を開きかけたアオを、次の行動で制する。
投擲二発目。今度はスマホだ。
「……それは、どういうつもり?」
「ふふふっ、教えてあげよっか」
完全に勝ちを確信した私は、自然と笑顔になっていた。
「さっきスマホを触ってたとき、学校内で使う連絡用アプリに送信したんだ。体育館倉庫から出られなくなったから助けてくださいって。あとは、アオが言ってた方法を使おうと思って」
「──ネットに繋ぐ為に、窓を壊して無理矢理スマホを外に出した……?」
「その通り。ヒントをくれたのは他でもないアオだった」
学校で使うことを前提としたアプリなら、生徒は微妙だが先生は必ず気づく。生徒が学校のパソコンから何かを発信するパターンも珍しくないし、そのアカウントをスマホと連携させている生徒も多数派──もちろん私もその一人だ。
「学校側としても、生徒が体育館倉庫に閉じ込められるなんて緊急事態。きっとすぐに誰か来てくれる」
「……突飛だなぁ、ほんとに」
アオはなんだか呆れている。なんだろうと思っていると、彼は無惨に砕けた窓に視線を移した。
「窓はこのままでいいの?緊急とはいえ、何も責められないってことは──」
「あぁ、それならいい考えがあるんだ」
私はポケットから小型鋏を取り出し、アオの首元に突きつけた。
「ねぇ。アオなら直せるでしょ?」
「え……?」
アオに奪われてしまった鋏は、跳び箱の上に確かに置いてある。
だが私は、事前に準備していた鋏が一つだったなんて言っていない。
「小型の鋏って形だけじゃわかりにくいもんね。カバーまで付けちゃえば円柱状になるし。ポケットの外からじゃ、これが鋏だなんて女子力低いアオには想像もできなかったよね」
「女子力を誇った覚えがないんだけど」
「まぁとにかくさ」
身体に迫る限界を隠し通す為に、私はとびきりの笑顔を作った。
「さっさと直して」
「………」
アオは小さく笑って、小型鋏を指で弾いた。鋏はそれに耐えられず大袈裟な音を立てて床に落ちる。
「あっ……やっぱりダメ?」
「そんなのが脅しになるわけないってわかってたんでしょ?」
もちろんだ。わかっていたからこそ、小型鋏を突きつけてここから出すよう命じることをしなかった。
でも、とアオは跳び箱に寄りかかった。
「面白いもの見せてもらったお礼に、特別に直してあげようかな」
私は小型鋏を拾いながら「見世物じゃないってば」と不満を口にした。
✾
あのヘルプに対し最初に行動を起こしてくれたのは、意外にも二ノ瀬くんだった。いや意外というと失礼かもしれないが、なんとなく先生が来てくれると思っていたので驚いた。
無事に脱出できても気を抜かず、彼に断ってお手洗いを済ませて、やっと安心できた。涙は病気のせいでほとんど出なかったが、涙声にはしっかりなってしまった。後から振り返れば甘えているみたいで気持ち悪いけれど、そのときは本当に安心しきっていたので仕方ない。さらに、それを受け止めてくれるのが二ノ瀬くんとなれば尚更。
ちなみに、二ノ瀬くんは集合場所に現れない私を心配してずっと待ってくれていたらしい。そわそわしていたところでヘルプを受信し、飛んできてくれたそうだ。
……私、人を見る目は結構あるのかもな。
帰り道で二ノ瀬くんと並んでアイスを食べながら、頭の片隅で思った。
✾
あーあ、してやられちゃったな。
倉庫の棚に置かれたままだったUSBメモリを回収し、外に投げ出されたスマホを拾う。窓の修復を含めあらゆる面倒事の後処理を押し付けられた気がするが、容認することにした。
一人の少女を相手になぜここまで手こずるのか──俺には到底わからない。
これまでどんなに手を抜いても成功してきた制裁が、彼女にだけは通用しない。
不思議だが、同時に楽しんでもいる。
きっと彼女は簡単には屈しない。だからこそ、制裁が成功したとき──。
(……めっちゃくちゃ面白くなるんだろうな)
思わず笑みが零れる。
体育館裏から姿を消すまでの俺を、こっそり見ている影がいるとも知らず。
「──ふぅん……ダッサ♡」




