Chapter2 ストーキングトーキング⑦
(この空間で利用できるものは……)
体育関連の物が揃う倉庫を、ぐるっと眺める。どの学校とも変わらなそうな、一般的な倉庫だ。
ちなみに一応扉を叩くことはしてみたのだが、生徒たちに気づかれる前に私の脆弱な腕が内出血を起こしてしまい、やめた。
ということで周りのものに頼るしかないのだが、中でも一際気になるのは窓である。
アオが座り直した跳び箱のすぐ横に、小窓がある。人が通れるかと問われるとすぐには肯定しがたいが、あるのとないのとでは使える手段も変わってくるはずだ。
窓を観察するついでに、同じく私を観察しているアオを睨みつけておく。
「見世物じゃないんだけど」
「……ん、違うの?」
覚えておけよ。
舌打ちして窓へ近づく。薄暗い倉庫には眩しすぎる光が差し込んでいるが、手は届かない。……比喩ではない、本当に身長が届かないのだ。しかも窓の手前に並んだ跳び箱が邪魔である。
「窓からは脱出できないか……」
「花波ってちっちゃいから届かないよね」
「一回黙ってて」
いちいち口を挟んでくるのが面倒だ。突き放してみたが、アオは楽しげな表情のままである。
(身長だってクラスでは真ん中くらいだし、アオともそこまで……そこまで変わんないじゃん……)
閑話休題、こんなことを考えている場合ではなかった。
とにかく判明したのは、窓からの脱出は難しいということだ。
棚に預けていたスマホを手に取り、開いてみる。5時14分と表示された画面を切り替え、右上に目をやり──気づいたことがあった。
「ねぇアオ」
「黙らせた後に話しかけてくるの何なの?」
「……例の動画。晒す先はクラスLINEだって言ってたよね」
確認の意図がわからなかったらしく、アオは首を傾げながらも肯定した。
「確かに言った。……別に、知り合い全員に悪事が知れ渡る方法ならなんでもいいんだけどね」
「その為にはインターネットがないとダメなはず」
私はスマホ画面の右上を指差し、アオに見せた。
「圏外だってさ。この場合はどうするの?動画を晒す引き換えにここから出すって条件は成立しなくない?」
「あぁー、そういうことか。体育館倉庫って物が多いから、ネットが遮断されちゃうんだ」
納得した様子のアオが「LINEを開くことはできる?」と尋ねてきた。言われた通り開くと、家族や友達の名前の一覧が出てくる。送受信履歴は見られるようだ。
「動画を添付して送信ボタンを押した後にここから出れば、ネットが繋がって問題なく送信されるよね?」
「……なるほど」
「そんな確認してくるってことは、もう諦めちゃったの?」
アオと一緒に見ていたスマホ画面を私のほうへ引き寄せ、「違う」となるべく毅然として返す。だが、以前二ノ瀬くんのストーカー容疑を否定したときほど声が凛としなかった。
(……単純に気になっただけだ。それだけ)
自分に言い聞かせ、また周囲の観察に取り掛かる。
(扉を破るには力が足りない……そうだ、梃子になるものはないかな)
距離さえ取れれば、弱い力でも扉をこじ開けられる。倉庫を見回して目に入るのは数々のボールやマット、高跳び棒、箱に入れられた握力計……そんなものも倉庫にあるのか。
探索を続ける中、あることを思い出す。
(……外側のストッパー。どうなってるんだろう)
ストッパーになっている物がただ重いだけの物なら、梃子は通用する。だけどもし扉の可動範囲を全て塞いでいたら、いくら力を加えても扉は動かない。重みのある物体を変形させられるほどの力があれば別だったのだが。
(それに、多分……あまり下手に力を使えない)
魔法めいたものにより背負わされたハンデが、私の身体能力と頭の回転を鈍くする。どうしても意識はそちらへ向かってしまう。
というか梃子になる物が見つからない。よく考えれば、扉の隙間に入れられる物なんて普通は体育館倉庫にない。
打開策が全然見つからず、私は焦り始めた。
(ダメだ……冷静になれ)
それを悟られないようアオに視線を向けないようにしながら、考え続ける。
(扉に何かするのは無理だ……窓も届かないし……)
あれっ──、詰み?
無意識のうちに、私は固まっていた。ダメかも。そう思ってしまったから。
一度休みたくて、スマホを置いた棚に寄りかかりそのまま座り込む。アオが私の険しい表情に気づき、跳び箱の上から見下ろした。
「負けを認められずにいろいろ試してみたけど徒労だったって顔してるね」
私は腕の内出血に手を添えて黙りこくる。
「で、終わり?万策尽きちゃった?」
いつの間にかアオが目の前にいて、私は顔を上げた。彼の声に滲む快楽が憎らしい。
「もっと足掻いてくれてもいいんだよ?それで判断を誤って『手遅れ』になってくれても」
それはそれで制裁自体は成立するのだろう。用意された選択肢に救いなど初めからないのだ。
スマホに手を伸ばす私を、アオが小さく笑って眺めている。
「これで花波の負けかなぁー。今も前も、頑張って対抗してくれてたのにねぇ」
彼が言葉を放つ間も、私はスマホの操作をやめない。それでも視界の端で、彼の笑みに影が落ちたことがわかった。
「──全部、無駄になってくれたね」
そこまで聞き届けて、何の前触れもなく私は立ち上がった。アオと向かい合う。
「饒舌、なんだね」
「ん?」
「うるさいんだよね。他人が考えてるときにさ」
意外そうに見開かれた彼の目は、ほんの少しの輝きを帯びたように感じた。
「……へぇ、まだ諦めてなかったんだ」
「まぁね」
正直なところ随分しんどくなってきたが、態度には微塵も出さない。私は、冷静な振りは得意だったはずだ。




