Chapter2 ストーキングトーキング⑥
「そっかぁー……全部筒抜けだったんだ。伏線回収ってやつ?」
「……あぁ、うん。知らないけど」
「で、よかったの?」
挑発的にアオが問いかけた。
「ここまでわかってて、なんで罠に掛かってくれたの?これも作戦のうち?」
「まぁね。仕返しする回数は多いほうがいいし、早く終わらせて二ノ瀬くんを探したかったんだけど……」
閉鎖空間の言いしれぬ圧迫感を忌々しく思いながら、倉庫全体に視線を巡らせた。制服のスカートのポケットに手を突っ込み、まさぐる。
「こんな所に連れて来られるなんて想定外だった。正直ムカついてる」
「褒め言葉かな、ありがと」
「……だけど、まだ五時なんだったらよかった。急いでここを出て、それで……」
ポケットを探索する右手の動きが、止まった。
……おかしい。用意していた物がない。
「えっ……?」
動揺する私を見て、堪えきれずにアオが笑い声を漏らす。とても、とても嫌な予感がした。
「ねぇ花波、探してるのってこれ?」
「あっ……!」
アオが見せつけるように手に持つそれは、私が学校にいつも置いている私物の鋏だった。机の中から敢えて持ってきていたもの。刃を包むカバーの部分を持って左右に揺らし、アオは愉快そうに言う。
「体育館裏からここまで花波を運んでくるとき、ポケットに入ってるのに気づいちゃったんだよねぇ。危険物だから回収した」
所詮は夏服のスカートのポケット。薄い布の上からでは、特徴的な鋏の形など簡単に捉えることができてしまう。
「返しっ……てくれるわけないか」
「お、前回の件で学んだね」
鋏は諦め、伸ばしかけた手を引っ込める。
それで、とアオが跳び箱から降りた。
「──これで何しようとしてたの?」
私とアオの顔の距離をぐっと縮められる。底知れない怪しいものを感じ取って、言葉を発せなくなってしまった。
素直に答えれば、私はどうなる……?
痺れを切らしたのか、アオは考える仕草で私より先に口を開いた。
「体育館裏で俺に何を言われても、鋏で脅して早くその場を乗り切る為……とか?」
「………」
「倉庫に連れて来られることは予想してなかったんだよね?花波に事前に与えられていた情報も少なかったはず。だったら、なるべくいろんなパターンに対応できる手段を持っておくのが賢明」
アオが楽しそうに私の顔を覗き込む。
「違う?」
「………合ってる」
悔しいが認めざるを得ない。完璧に考えを読まれていた。
ふぅん、と呟いて、アオが鋏に視線をやる。
「悪人の分際で俺を脅そうとするなんて、いい度胸じゃん」
「……バレたら意味ない」
「ま、そうだね。でも花波の一生懸命な抵抗に免じて、罰はちゃんと与えてあげるよ」
わざとらしい矛盾にツッコむ余裕もなく、私は「それって」と僅かに震えた声を出した。
「この時間帯と関係してるの?」
「時間帯?」
「不思議だと思ったんだ、なんかおかしいって」
先ほど違和感を覚えたのは、今の五時という時刻だった。そもそもこの制裁は、ここから出してもらうことの引き換えに、私に証拠の動画を晒させるものなのだと思った。
だがそれなら、もっと遅い時間に閉じ込めるべきなのだ。今は運動部が活動中。扉を隔てた向こうにも、体育館の奥のほうではあるがバスケ部の生徒たちがいる。練習試合に夢中だろうから扉を叩いて気づいてもらえるかは微妙だが、備品を片付けるときには必ずここを開ける。そのタイミングで私は普通に出られるのだ。
「一夜をここで過ごすか、証拠の動画を晒すか……の二択だったら、まだわからなくもない。でもなんで、人がいる時間帯を選んだの?」
予想できない『可能性』に怯えながら、私はもう一度尋ねる。
「今から与えられる罰と、関係してるの?」
「……あははっ、察しがいいなぁ」
鋏を持つのと逆の手で、アオが指を鳴らす。小気味よい音の直後に私が感じたのは、そう、紛れもなく──尿意?
「えっ、ん?何、何したの?」
「さっきの花波みたいに首を絞められたとき人体に起こること、知ってるかな?失神したり、身体が痙攣してうまく動かせなくなったり、あとは」
アオが人差し指を口元に当て、内緒のポーズをとる。
「人によっては失禁しちゃうこともあるんだよね」
「そ、それだって時間差では来ないでしょ」
「普通はね。でも俺は『悪魔』だよ?」
過去の自分の発言を思い出す。
──取るに足らない悪人だったから、制裁も単純に済ませたんだよね?
──それとも……私のこと怖い?単純な制裁じゃ勝てない気がする?
前回の制裁で、アオは少しくらいは私のことを認めてくれたようだった。
じゃあ今の私は『取るに足らない』だろうか。
単純な制裁から、特別な力を使う制裁にシフトしただろうか。
(……挑発しすぎた……!)
アオが言いたいことはわかる。尿意が来るタイミングを魔法めいたものでズラした、それだけ。
その先も察することは容易だ。
「人がいる時間帯を選んだのは、この為だったんだね」
「そう。タイムリミットも絶妙だし、夜になっても帰れないなんてことはない。あぁ、でも」
アオは先ほどまで座っていた高い跳び箱に寄りかかり、私を見据えた。
「このままじゃ醜態晒しちゃうかもね?」
「……っ………」
改めて、ルール確認だ。
密室状態の体育館倉庫の中、失禁しそうになっている状況からスタート。あと一時間程度で多くの部活が片付けに入り、この倉庫に生徒が立ち入る。この調子だと、その頃には多分、私は耐えられずに無様な姿を晒すことになる。
だが、それを回避する方法が一つだけ用意されている。
「あ、これ渡しておくから。好きなときに使って?」
アオに手渡された、私のスマホとUSBメモリ。家から持ってきていたのか。
私が流れ作業のように近くの棚へ置くと、彼は面白がる口調で言った。
「やっぱり抵抗するんだ」
「する。してみせる」
用意された方法に縋ってやるものか。
私は、絶対に第三の突破口を見つけ出す。




