Chapter2 ストーキングトーキング⑤
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『放課後いつも話している所をストーカーの子に見られちゃった。絶対に誰にも内緒で、場所を体育館裏に変えよう。ゴメンね』
自席の引き出しの中に入っていた手紙には、そう書かれていた。見慣れた薄い筆跡を見て、首を傾げる。
……本人に確認しておくべきだろうか。
夢華が登校してくる前に聞いてしまおうと思い(彼女になら知られてもいいかもしれないが念の為だ)、ロッカーに荷物をしまうついでに教室内の二ノ瀬くんに声をかける。
「ねぇ二ノ瀬くん、今日って……」
そこで言葉を区切り、わかるよね、と言うように視線を送ってみる。すると二ノ瀬くんはこくこくと頷き、
「内緒で、お願い」
やけに神妙にそう言った。
昨日気づいたのだろうか。特に何ともなさそうにしていたはずだったが、ストーカーにバレないよう平然を装っていたのかもしれない。わざわざ手紙を書いたのは……家で一人で対策を考えていたのだろうか。帰っているときにでも言ってくれてよかったのにな。
(……あれ、もしかして……?)
自席に戻って思考をぐるぐる巡らせているうちは、まだ平和だった。
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流れる時間に身を任せていると、たとえそれが不本意であろうと一日はさっさと終わってしまう。
放課後の体育館裏でのことをぼんやり想像し、同時に勉強も進めていった。あまり集中はできなかったけれど内容の半分くらいは頭に入っているので、まぁいいだろう。
いつものように、二ノ瀬くんは先に集合場所へ向かったらしい。あえて時間をズラして私も向かうので、なんだか密会という言葉が似合いそうな気がする。
(そろそろいいかな)
頃合いを見て教室を出る。廊下にいた夢華に手を振り、そこからは一人無言で。気持ちを切り替える感覚が、ちょっと面白い。
そうして約束通り体育館裏に来てみたが──誰もいない。
「…………」
思わず、顔をしかめた。
わかっていた。
だから準備してきていた、はずなのに。
「……っ!?」
急な展開には、結局対応できない。だって誰が予想できるだろう──背後から首を絞められるなんて。
聞き覚えのある声がした。だがそれを聞き取る前に、抵抗も虚しく私の意識はフェードアウトしてしまった。
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多分、記憶喪失ってこんな感覚なんだろう。
周りのものも、自分のことさえも、情報としてうまく脳内に取り込めない。この部屋についてなんとか取り込める情報は、薄暗い茶色だけ。
(……茶色?部屋?)
はっとして起き上がろうとするが、身体が思うように動かない。力が入らないので結局また硬い床に寝転がる。
(何ここ……どこ……?)
混乱から逃れたくて、いっそもう一度眠ってしまおうかと思う。……あぁ、私はさっきまで眠っていたのか。ならここは夢の中なのかもしれない。
だったら何も考えず、このまま──。
「おーい、大丈夫?」
「!」
今度こそはっとして、意識が完全に戻ってきた。首を圧迫されていたときに聞いたのと同じ──アオの声がしたから。
「アオ、なんでっ、うっ」
「無理して動かなくていいって。というか……動くと危ないよ?」
身体を起こせないもどかしさを抱えながらも、とりあえず今の状況を聞いてみる。
「どういうこと……?ねぇ、どういうつもりなの?」
「察しの通りだよ?」
心底楽しそうに、アオは笑う。
「──制裁♪」
「………っ」
少しずつ身体に力を込め、座った体勢になる。首を押さえつつ辺りを観察してみる。積まれて並べられた跳び箱の上で脚を組み、アオは私を嘲笑している。
「ここ、体育館倉庫だよね」
「そう。閉じ込めるなら定番でしょ?」
「閉じ込める……!?」
歩くには頼りない脚を引きずり、どうにか扉へ辿り着く。手を伸ばし開けようとしてみるが、外側で何か邪魔しているのか開かない。
アオ自身はどうやって入ってきたのかと一瞬思ったが、物理的な壁は彼に通用しないのだろうと勝手に結論づけた。
とある考えに辿り着いたので、アオに質問をぶつけておく。
「ねぇ、今何時?」
「え。……五時くらい?」
五時?
私の予想と辻褄が合わない。なぜそんな時間なのだろうか。
「ふふ、内心焦ってる?それとも絶望した?」
「……別に」
扉に手をついて立ち上がる。転びそうな体勢を整えて、頭を回転させる。
「そもそも気づいてたし」
「強がり?」
「違う」
目を細めてこちらを窺うアオは、完全に見下しの表情をしていた。
「手紙の筆跡だよ」
「……筆跡?」
「二ノ瀬くんの筆跡じゃなかった」
私が言い切ると、アオは顔を伏せて短く笑った。そして向けられた瞳は明らかに相手を馬鹿にするものだった。
「適当に言わないでもらえる?あの手紙を書いたのは二ノ瀬本人。俺は用意してない」
「そうだよね。『手紙』は用意してないよね」
「………ん?」
「一部分だけ書き換えたんでしょ?新しい集合場所の部分を」
冷静に指摘する。薄っぺらい笑みを崩さない彼に畳み掛ける。
「筆跡で全部察したよ。手紙自体を書いたのは二ノ瀬くん。その手紙を私が見つける前に書き換えて、体育館裏を指定したのはアオ。もともとは違う場所だったってことだよね」
「……あーあ、筆跡似せたつもりだったのにな」
残念そうにアオが言う。正解だったみたいだ。
「似せたつもりかもしれないけど、初めから無駄だったんだよ」
「なんで?」
「二ノ瀬くんは左利きで、アオは右利きだから」
アオが目を見開いた。珍しくはっとしてくれたらしい。
二ノ瀬くんの利き手を知る機会はアオにもあった。昨日、空き教室で二ノ瀬くんに課題を教えたとき。彼が落としたシャーペンを私が拾い、彼は『左手』でそれを受け取った。筆記に使う道具なのだから、自然と利き手で受け取ってしまうのは当然だ。
「そっか、なるほどねー……。利き手が違えば字の特徴も違ってくるもんね」
「うん。あんな書き換えをする理由があるのもアオ以外考えられないし」
アオは少しだけ思案して、尋ねた。
「蛇足かもしれないけど、興味本位で聞いちゃおうかな。俺が右利きだって断定したのはどうして?」
「ほんとに蛇足だけど、話すね。……私が学校から帰ってくると、アオは大抵本を読んで待ってる……いや、本に『書き込んで』、かな?」
「……!まさか」
私はにやりと笑ってみせる。
「アオが実際にペンを持ってるところを見たわけじゃない。でも推測はできちゃうよね。いつも決まって、アオは自分の左側に本を置いてたんだから」
やってみればわかる。本とペンを持って座り、ふと手を止めて横に置く動作──右利きのひとなら、左手に持っている本をそのまま左側へ置きたくなる。本のほうが重いのだから自然な思考だ。




