Chapter2 ストーキングトーキング③
✾
家に帰ると、焼いた卵の匂いがした。
「おかえり〜、花波」
「ただいま」
長い髪を後ろで一つにまとめた今の咲海は、料理のとき限定の姿だ。
彼女にバレないように紙をゴミ箱へ捨てたつもりだったが──。
「……あら、アイス食べてきたの?」
「うっ……ごめん、つい」
流石の観察眼である。この紙が先ほどまで包んでいたチョコアイスは、既に私の胃の中だ。もともとは夢華と一緒にアイスを食べようと言っていたはずだったが、奇しくも二ノ瀬くんにも同じお誘いをされたのだった。
思わず目を逸らす私を咎めることなく、咲海は笑った。
「ふふ、いいのよ〜。買い食いって青春だものね」
「ちゃんとご飯は食べるから……!」
「わかってる〜」
本当に何も気にしていなさそうで安心していると、彼女は何気ない質問というように尋ねてきた。
「そういえば、ちょっと前からわたしのUSBメモリが見つからないんだけど知らない?」
「えっ……知らない」
知っている。アオが回収した、証拠の動画入りのものだろう。USBメモリにデータを入れたのは咲海だと言っていたから、あれは彼女のものだと考えるのが自然だ。
「そっか〜。まぁ新しいスマホには無事にデータを入れられたし、もうなくしても困らないけれど」
よかった。めちゃめちゃ大事なものだったらどうしようかと思った。
申し訳ない気持ちを抱えつつ一旦自室に入ると、やっぱり彼はいた。
「おかえり」
「誰の家だと思ってんの……」
小さく抗議するが、実はアオが部屋にいる光景にも慣れてきていた。たった一週間程度で、すっかり同居人のようになってしまったわけだ。ウザったいが、彼には生活費がかからない(食事も必ずしも摂らなくていいらしい)のでまだマシか。
なんとなくアオのほうに目をやり、私はぽつりと呟いた。
「また本が変わってる」
「よく見てるね」
相変わらずベッドに腰掛けているアオのすぐ左隣に、大学の図書館にでもありそうな本とペンが置いてある。私の帰りを待つ間に読んでいたのだろう。書き込みまでしていたのか。
ここ数日でわかったことだが、アオは意外と勤勉らしい。私を観察する名目でよく部屋に邪魔している彼には、それでも退屈なときがあるようで、暇潰しにこういう本を読んでいる。それも、なかなかのハイペースで。
表紙を覗き込もうとする私に気づき、アオが本を手に取って見せてくれる。彼に「心理学」と短く解説されたその本は、私には到底読めそうもないことが表紙から察せられた。
「問題集?」
「違うよ、学生じゃないし。マークしてただけ」
「マークも主に学生がやることだと思うけど……。ねぇ、なんでこんな難しそうなの読めるの?」
「え、……好きだから?」
珍しく言葉に詰まるアオに、私は「好きって?」とさらに尋ねてみる。
アオは観念したように僅かに息を吐いてから答えた。
「……だからさ、本読んだりして新しい知識を得るのが好きなんだよ」
「そうなんだ、やっぱり意外だな」
「まぁね。そう思われるように振る舞ってるから」
勉強机に付属した椅子に私が座るタイミングで、アオがそんな意味深長な発言をした。聞き返す前に、花波さ、と遮られてしまう。
「二ノ瀬のストーカーしてるでしょ」
「え?」
三秒前の意味深発言を忘れてしまうほどには、インパクトの強い言葉が飛んできた。なんの脈絡もなかったのに、なぜ急にそんなことを?声にならない疑問が生まれて困惑する私と対照的に、アオは余裕ありげに笑っている。
追い詰められた獲物の立場に勝手にされているが、私は毅然として返答した。
「してないよ」
「ほんと?」
「本当。……わかってるくせに」
冤罪をかけられたことへの不満を含んだ声色で言うと、アオは興をそがれたとでも言いたげな視線を向けてきた。
「ふーん、残念」
「残念ってなに……」
「だって、花波がまた自ら罪を重くしてくれたのかなって期待したんだよ?そいつにストーカーがいるって判明してさ」
「仮にも制裁が仕事なんだからそういうこと言っちゃダメじゃないの!?」
ついツッコむと、無垢な笑い声が返ってきた。こういう素振りは普通の悪戯っ子みたいなのだけれど。
「でも窃盗は続けるんでしょ?あの制裁のときに我慢できても、いつかはまたやってたって言ってたし」
「……わかんない」
アオの期待通りになるのが嫌なので否定したかったが、曖昧にしてしまう。多分窃盗はやめられない。なのに否定したら、後から揶揄われるのも目に見えている。
私が課題をする準備に取り掛かりだしたタイミングで、アオは「まぁいいけどね」と言いながら背伸びした。
「どっちにしろ、罪は重なっていくんだし」
「……え?」
「やばっ、話しすぎた。じゃあね」
またもや衝撃が強めな謎の発言──『二度あることは三度ある』を初めて目の当たりにした。しかも彼はすぐに消えてしまった。地獄とここを行き来できると前にも言っていたが、謎だけ残して去っていくことにその能力を使うのはやめてほしい。
結局しばらく課題に集中できず、アオの言葉の意味を考えるのをやっと中断できたのは、一階に下りて咲海の特製オムライスに意識が向いたときだった。




