Chapter2 ストーキングトーキング②
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「花波」
親友の声で我に返り、視界に教室の風景が戻ってくる。そしてその中に彼女がひょこっと割り込んできた。
「大丈夫ー?ヤなこととかあった?」
「え……?」
「顔に出てるよっ、疲れみたいなのが」
夢華が小さく私を指さす。私は思わず自分の頬に触れるが、それで何かわかるはずもない。
「私、そんなに疲れた顔してた?」
「疲れた顔っていうか……ぼーっとすること増えたなぁと思って。あたしだからわかる機微ってやつかもね?」
意図せず深刻げな声色になってしまった私の気持ちを和ませようとしたのか、夢華は少しおどけて言った。
(……『ヤなこと』か)
心当たりがあるどころか、これ以外ないと言えるほどの出来事があった。悪事の証拠を掴まれた──アオを糾弾できる立場ではないしどちらかというと糾弾された側が私なのだが、確かに『ヤなこと』ではある。悪事を暴かれて楽しいはずがない。
「聞いてほしいことあったらいくらでも聞くからさ、あんまり無理しちゃダメだよ?」
「……うん、ありがと」
人間関係は広く浅いタイプ(だと自称している)の夢華の気遣いを一身に受け止められるのは、親友の特権なのかもしれない。その事実に喜びと罪悪感を覚えつつ、心配をかけないように微笑む。それを素直に受け取ってくれたらしい夢華は、深掘りしてこなかった。
──非日常は放課後から始まった。
いつものように二人で並んで廊下を歩いていると、夢華が不意に辺りを見回した。
「……ねぇ、なんか音が聞こえない?」
「音?」
オウム返しをして私も視線を彷徨わせる。言われてみれば、近くに人がいるのだと察せられる物音がする。
「空き教室かな」
「えー、人が使ってるの見たことないけどなぁ……」
そう言いつつ、気になるのを抑えられずに空き教室を覗き込む夢華。彼女と同じ動作で教室内にいる人を確認した私は、無意識に声を出していた。
「二ノ瀬くん……?」
「え?あぁ、安崎さんと火ノ川さんか」
私と夢華を苗字で呼ばれると、なんだか違和感を覚える。特に夢華は親しい友達が多いので、下の名前で呼ばれがちなのだ。
「こんなとこで何してるの?」
チャンスだというように、夢華がすかさず尋ねる。表情にこそ出ていないが。
私も控えめに二ノ瀬くんへと視線を向けると、彼は困った笑みで答えた。
「うーん、楽しい話じゃないんだけど……」
どうやらマイナスな事情によりここに来ているらしい。同じことを考えたのであろう夢華が変わらないトーンで言う。
「相談とかしたい?だったら乗るよ、花波が」
「……んっ、私?」
急に重役を任せられ、私は驚いて彼女を見つめてしまう。
「だってあたし、これから部活だし。話聞いてあげたいのは山々なんだけど、今日は時間なくってさぁ……」
「で、でも今日は面倒だからサボるとか言って──」
「そんな理由でサボるわけないじゃーん。バドミントンは継続が大事なんだよ?次の大会で引退とはいえ」
すごい。スラスラと嘘を吐いている。「一日くらい休んでもいいって!ね、一緒にアイス買い食いしよーよ」とか言ってたのに。
冗談めかして私の肩を叩き、夢華は去ろうとする。私はまだ困惑を隠せない。
そんな私に、二ノ瀬くんの死角から彼女がウィンクした。
(……あれっ、二ノ瀬くんと二人きりにしてくれた?)
遅れて彼女の意図を理解する。冷静にならないとこの程度のことも察知できない自分に呆れるが、それどころではない。
おずおずと二ノ瀬くんに視線を向けると、彼もまた似たような目をしていた。
親友がくれたチャンスを無駄にしたくない。勇気を出して、あのさ、と切り出した。
「相談、あるなら聞こう、か?」
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主にその階を使う学年の生徒の人数が少ないとき、そこに空き教室ができあがる。
つまりただの調整役の教室。そんな場所に用がある人は基本いない。
壁際に机が積まれ、その傍に私と二ノ瀬くんの荷物が置かれている。教壇に座る私たちの間の距離は微妙で、ひと一人がギリギリ入るくらいだ。
(……にしても)
閉まった扉のせいで音の逃げ道もない中、重い話を聞いてしまった。
『──僕、ストーカー被害に遭ってるみたいなんだ』
自分でも受け入れられていないと言いたげな、どこか他人事な話し方だった。
『明らかに数日間、帰るときに女の子にあとをつけられてた。ここ三日くらいは振り返って見なきゃわからない程度の気配だったけど……。だから、ここで適当に過ごして帰る時間をズラそうと思ってたんだ』
絶句する私を安心させる為か、彼はヘラッと笑った。
『初日から人に見つかるとは思わなかったけどね』
たった数秒前に聞いたはずの話なのに、何度も頭の中で再生される。
私はなんて声をかけたらいい……?
「それは……怖かったね」
月並みな言葉しか出てこなかったが、二ノ瀬くんは頷いてくれた。
「私の他には、誰かに言ったの?」
「ううん。相談しようとは何度も思ったんだけど、口に出そうとすると怖くなって……」
「もしかして無理に話させちゃったかな、ごめんね」
「いやいや!少し楽になったからありがたいよ。むしろ暗い話聞かせてごめん」
首を横に振り、ぼんやり思う。その感謝の対象はこの機会を作ってくれた夢華のほうなのではないか。それでも、受け取ってしまった二ノ瀬くんからの感謝は嬉しいと感じてしまう。
「それで、どうするの……?本来なら警察沙汰じゃない?」
彼の私物を盗んでは返却するのを繰り返している私が言えることではないが、事実のはずだ。
二ノ瀬くんは「うーん………」と長めに思案して、言った。
「どうしようかなぁ」
「何も思いつかなかったんだね」
おっとりした性格が垣間見え、姉より若干の頼りなさを感じて小さく笑ってしまう。そういうところが好きなのだけれど。
「大事にはしたくないし……とりあえず、今は念の為三十分くらいここで過ごしてみる。多分ちょうどいい時間だよね」
確かに、三十分なら何かしていれば苦痛でないし、ストーカーもそんなには二ノ瀬くんを待たないだろう。……そう思いたい。
そこで、私は──反応しない自律神経の代わりに脳内だけでドキドキしながら、呟いた。
「……てもいい?」
「え?」
「一緒に、いてもいい?この時間」
二ノ瀬くんが目を丸くする。
「いいの?……もしかして、帰りも?」
「二ノ瀬くんさえよければ……」
彼は明るい顔になって「ありがとう〜!」と安堵の滲んだ声で言った。ニコニコ笑う様子に惚れ直していると、彼が私のほうに身体を寄せてきた。
「だったら、何か明るい話しようよ」
「あっ、明るい……?」
「僕、意外と安崎さんのこと知らないかも。だから質問させて」
私が動揺する間にも、二ノ瀬くんは話を進めていく。忘れていた、彼がおっとりしているからといって油断してはならないのだ──天然なのか、そこそこグイグイ来る。しかもそこに恋愛的な意味があるのか毎回わからない。厄介だが、内気な私にはありがたいかもしれない。




