Chapter2 ストーキングトーキング①
あれから数日経って新しいスマホを手に入れた私は、基本設定を終えてすぐ例の動画を確かめた。
USBメモリをスマホに挿してから開いたフォトアプリには、確かに証拠の動画が入っていた。
私は深い溜息を吐く。
「……バッチリ撮られてるじゃん」
「そう言ったでしょー」
私の隣に並んでベッドに腰掛け、画面を一緒に見ていたアオが得意げに言った。
ハッタリでないのはなんとなくわかっていたので驚いたりはしないが、動画をしっかり見てしまったことで絶望感が押し寄せてきた。
「角度的に……二ノ瀬くんの後ろの席から撮ったの?」
「うん、空席だったからちょうどよかった。目立たないように固定すれば、あとは回収するだけだったし」
アオの言う通り、あの日のあの席の主は学校を休んでいた。だから窃盗の難易度も下がったと思ったのだが、裏目に出てしまったらしい。
不意に、アオが今思い出したというふうに尋ねてきた。
「そういえば、ずっと不思議だったんだけど。俺が証拠を掴んだ日、花波は朝から察してたんだよね?俺がそろそろ動くって」
「うん。なんとなくだったけど」
「で、あそこまで推測できてたんなら、撮影される可能性も考えてたよね。なのになんで盗んじゃったの?」
一瞬だけ言葉に詰まる。私のリスキーな行動に疑問を覚えるのはご尤もだ。すぐに平常心を取り戻し、目を逸らしたまま答えた。
「スマホはどうせ取り戻せないし、だったら一回証拠を掴ませてスマホごと壊したほうがいいかなって」
「なかなかぶっ飛んでるねぇ」
「合理的だよ。パスワードだって勝手に変更してたでしょ?」
アオが僅かに目を見開く。
「なんでわかったの」
「私がアオの立場ならそうするから」
悪人である私の退路は、完全に塞ぐべきだったはずだ。パスワードを変更してターゲットが絶対に開けないようにすれば、スマホをずっと管理できる。ならそうしない手はない。
「……それに、あの日だけ我慢できても、いつかはまたやってた。そこを撮影されたら一緒だし、それなら早めに処理しようと思ってさ」
「へぇぇ……中毒的な?」
「かもね」
自分で言っていて複雑な気持ちになる。
私はいつからこんな不純な趣味を持つような人間になったのだろう。
自己嫌悪を誤魔化すついでに、私は口を開いた。
「私からも聞きたいことがあるんだ」
「おー、言ってみなよ」
「お姉ちゃんがバックアップを忘れてたのは本当に偶然?」
アオは不思議そうに、でも興味ありげに「というと?」と聞き返した。
私は無意識のうちに真剣な表情になり、続ける。
「偶然の出来事がアオの勝因になってるのが、なんか変だなって思ってた。そこまで計算して動いてたのか聞きたいの」
「なるほど。鋭くていい質問だね」
「……で、どうなの?」
咲海がそう動くように仕向けたりしていたのなら──内容によっては措置を考えなければならない。
ところが、答えは単純なものだった。
「計算だったら面白かったんだけど、実はあれ偶然なんだよ」
「……本当?」
「疑い深いなぁ、ほんとだって」
警戒する私とは反対に、アオはからかうような軽さで言った。
「そもそも俺は花波のおねーちゃんと意思疎通できないんだよ?そんな中であいつのドジを見越して行動なんて、流石に無理だって」
アオの言葉は理に適っているが、もしそうならば私にとっては面倒だ。
「……偶然だろうが関係ないんだね。利用できるものは全部利用するんだ……」
「露骨に嫌そうな顔だなー」
事前に考えてから行動したいタイプの私とは正反対だ。利用するものをその場で決めて活用できるのなら、認めたくないが強い。頭の回転が早いのだろう。
アオが期待を含んだ息を吐く。
「これからどんな展開で花波を制裁……というか脅迫できるのか、すごく楽しみ」
「脅迫……って、何するの。人質とるのはやめてよ?」
「さぁ、俺もこういうパターンは初めてだからわかんないよ。あそこまで頑張って対抗してくれたの、花波だけだから」
下に見られたような気がして、「不名誉」と短く返す。結局敵わなかった以上、何を言われても悪い意味に聞こえてしまう。
アオが私の顔を覗き込んだ。
「もしかして今あしらわれた……?」
「そうかもね」
「冷たいなー……皮肉じゃなくて本当にすごいと思ってるんだけど。念入りに準備してたとはいえ、スマホごと水没は想定外だったし」
「やっぱり念入りにしてたんだ」
「……まぁ、ね。出会った直後にあんな強者感出されたら、多少は警戒する」
私はスマホから顔を上げる。
「強者感?」
「ただのマセガキなら無理でしょ、普通。明らかに人間じゃない怪しい奴をあそこまで挑発するなんて」
アオがそんなふうに言うなんて意外だった。心から舐められていると思っていたから。
「じゃあ……制裁のとき、多少は本気出してたの?」
「否定はできない。USBは偶然見つけた奥の手だったし」
なら私の負けが確定したときに散々煽ってきたのは何だったのか。その疑問は、口には出せなかった。答えを聞くのが怖いから。彼が本気を出さないと勝てない存在だと、自分を認めたいから。
私は、うまくやれていたのだろうか?
結果的に負けてしまったとはいえ、次は勝つと宣言した以上そう思い込むしかない。
だけどさ、とアオは含み笑いで言う。
「相手が強いほど燃えるよねー。いつか無様に落ちぶれてくれるの、待ってるから」
「………」
「しかもこの間の制裁のとき、自分がこれまで通りに生きていけなくなることより、勝負に負けたことに悔しがってたでしょ?」
「……そんなこと……」
言いかけて、やめた。否定しきれないと思ったからだ。
もちろん周囲の信頼をなくすのは嫌だけれど、もっと嫌なのは多分──。
「花波の無駄に高いプライド、徹底的に砕いてあげる。覚悟しててね」
「……そっか」
彼ならできるのだろう。人間を打ちのめすことなんて容易なのだろう。
でも屈したくない。
これは正しいことではないかもしれないけれど、いい。もともと正義ではなくプライドの為に動いているのだ。
ほんの少し自信を欠いたことを悟られないよう気をつけながら、どこか上機嫌なアオに言う。
「さっきまでの話と関係ないけど、お姉ちゃんのことをアオが『おねーちゃん』って呼ぶのやめてくれる?」
「え、なんでよー」
「なんか不愉快」
私はUSBメモリをスマホから抜き、ベッドから立ち上がった。




