北の街
それから一か月。
「メメメ伯が帰還されました!」
その報告を受け、テル王子と公爵はすぐに彼を呼んだ。
二人が待つ部屋へ、メメメ伯が入ってくる。
「ただいま戻りました」
「ご苦労だった」
公爵が椅子を勧める。
「まず聞こう」
テル王子が身を乗り出した。
「本当に街はあったのか?」
「はい」
メメメ伯は迷わず答えた。
「噂は事実でした」
「どれほどの規模だ?」
「申し訳ありません。それについては、正確には分かりません」
王子が眉を寄せる。
「一か月も滞在したのにか?」
「はい。自由に見ることのできる場所が限られていましたので」
「詳しく話してくれ」
メメメ伯がうなずく。
「私が確認できた範囲では、あの街は三つの層に分かれています」
「三つ?」
「はい。外側から第三層、第二層、第一層と呼ばれていました」
メメメ伯は机の上に紙を置き、三つの円を描いた。
「最も外側が第三層です。王国の商人を含め、外から来た者が自由に出入りできるのは基本的にここまででした」
「何がある?」
「市場、宿、倉庫。それから工房が多くあります。金属加工、織物、木工など、私が確認できただけでもかなりの数です」
「外との交易を受け持つ場所ということか」
「そのように見えました」
「第二層は?」
公爵が尋ねる。
「主に住民が暮らす区域だそうです」
「住宅街か」
「はい。ただし、私は自由に出入りできませんでした。第三層から確認できた範囲と、先方から聞いた話を合わせたものです」
公爵が三つの円を見る。
「そして中心が第一層」
「はい」
「そこには?」
「限られた者しか入ることを許されていないそうです」
「壁で区切られているのか?」
「はい」
「どの程度の壁だ?」
メメメ伯は少し考えた。
「私の目測になりますが、十メートルはあったかと」
「十メートル?」
テル王子が聞き返す。
「それが三重に?」
「少なくとも、私が見た限りでは」
王子と公爵が顔を見合わせる。
「十メートルの壁を三重……」
公爵が低い声で呟く。
「それだけでも相当な人手と資材が必要だ」
「はい」
「そんな規模の街を」
テル王子は机の上の図を見つめた。
「我々は今まで見落としていたのか?」
「信じがたいことではあります」
「人口は?」
「分かりません」
「軍の規模は?」
「それも分かりません」
「国の広さは?」
「確認できませんでした」
王子が額に手を当てる。
「分からないことばかりだな」
「申し訳ありません」
「いや」
王子は首を振った。
「そこまで徹底して情報を出していないということだろう」
公爵がメメメ伯を見る。
「一か月の間、ずっと第三層に?」
「大半はそこで過ごしました」
「第一層には入れなかったのか?」
「最初は」
メメメ伯が答える。
「到着した際、私は王国の伯爵であることと、王国から調査のために来たことを伝えました」
「それでも第三層まで?」
「はい。ただし、追い返されることはありませんでした」
「対応は?」
「非常に丁寧でした。宿も用意されましたし、食事にも困りませんでした」
「しかし中へは入れない」
「はい」
「それでどうした?」
「手紙を書きました」
「誰に?」
「先方の責任者です」
テル王子が身を乗り出す。
「どんなやり取りをした?」
「報告しろ」
「承知しました」
メメメ伯は少し考え、話し始める。
「最初の手紙では、王国が北の街の存在を最近知ったこと。商人たちを親切に扱っていただいたことへの礼。そして、王国として敵意がないことを伝えました」
「返事は?」
「訪問を歓迎する、と。ただし、外部の者をすぐに内部へ通すことはできないとのことでした」
「当然ではあるな」
「私もそう判断しました」
メメメ伯は続ける。
「そこで二通目では、すぐに条約や領土について話をする意図はないこと。まず互いについて知る機会を持ちたいと伝えました」
「向こうからは?」
「王国について、いくつか質問が返ってきました」
「どんな?」
「人口。主要な産業。周辺国との関係。それから、王国が北へ領土を広げる意思があるか」
公爵の表情がわずかに険しくなる。
「そこまで聞かれたか」
「はい」
「どう答えた?」
「現在、北へ侵攻する計画はない。少なくとも私の知る限りでは、と」
テル王子がうなずく。
「問題ない」
「こちらからも、王国の商人が今後訪れることを認めてもらえるか尋ねました」
「返事は?」
「歓迎するとのことでした」
「条件は?」
「第三層より内側へ許可なく入らないこと。街の中で武器を抜かないこと。住民に危害を加えないこと」
「それだけか?」
「私が伝えられた範囲では、その三つです」
公爵が腕を組む。
「随分と単純だな」
「分かりやすくするためでしょう」
「それで、書簡を交わし続けた?」
「はい」
メメメ伯がうなずく。
「何度かやり取りをした後、到着から二十日ほど経った頃です」
「何かあったのか?」
「第一層へ招待されました」
「第一層に?」
公爵が身を乗り出す。
「第二層ではなく、一番内側へ?」
「はい」
「案内されたのか」
「第三層から先は、先方の者が付きました」
「第二層はどうだった?」
「住宅が多く並んでいました」
メメメ伯は紙の第二層を指す。
「道はよく整備されており、家々もかなり整っていました。小さな店もありましたが、第三層のような商売中心の区域ではありません」
「住民の生活のための場所ということか」
「そのようです」
「そして第一層」
テル王子が言う。
「はい」
メメメ伯の指が、一番内側の円へ移る。
「第一層へ入るには、さらに大きな門を通りました」
「中は?」
「第二層とは雰囲気がまるで違います。住宅は少なく、道も広い。役所と思われる建物や、兵士が出入りしている施設が多くありました」
「中心には?」
公爵が尋ねる。
「城がありました」
「城?」
「はい」
「どれほどの?」
メメメ伯は一度、窓の外へ視線を向けた。
「外から見た限りですが、こちらの王城とほぼ同じ規模かと」
「……我が城と?」
テル王子の表情が変わる。
「はい」
部屋が静かになった。
三重の壁。
十メートル近い城壁。
外との交易を担う第三層。
住民が暮らす第二層。
そして第一層の中心には、この王国の王城に匹敵する城がある。
「そんなものが北にあって」
テル王子が呟く。
「なぜ今まで誰も気づかなかった」
「森の奥深くという場所もあるのでしょうが……」
公爵も首をかしげる。
「それだけで説明できる規模ではないな」
「私も同感です」
「城の中には入ったのか?」
「はい。ただし、入れたのは一部だけです」
「そこで誰に会った?」
「外交を任されているという人物に」
「王ではないのか?」
「少なくとも、王とは名乗りませんでした」
「どんな人物だ?」
「青色の髪をした青年です」
「名前は?」
「ブルー、と名乗りました」
テル王子が眉を上げる。
「ブルー?」
「はい」
「一人だったのか?」
「いいえ。二人、そばに控えていました。護衛だと思われます」
「どんな者だ?」
「かなり対照的な二人でした」
一人は海。
大柄な男で、日に焼けた肌に乱れた青い髪。
服装は貴族や兵士というより、船乗りに近い。
「もっと言えば、海賊のような格好でした」
「城の中で?」
「はい。腰には酒瓶まで下げていました」
公爵が苦笑する。
「武器は?」
「大きな斧です。かなり使い込まれていました」
「もう一人は?」
「空と呼ばれていました」
「どんな者だ?」
「少年です。青い髪で、かなりラフな格好をしていました。長い杖を持っていました」
「魔術師か?」
「おそらくは。ただ、本人に確認したわけではありません」
「強そうだったか?」
その質問に、メメメ伯は少しだけ間を置いた。
「はい」
「お前がそう言うなら、相当だな」
「特に海は、立っているだけでも分かります。空は……隙だらけに見えるのですが、あれで本当に隙があるのかは分かりません」
元Sランク冒険者の言葉に、王子と公爵が黙る。
「それで、ブルーとは何を話した?」
「主に今後の国交についてです」
「向こうは何を望んでいる?」
「王国との関係を築きたいと。外の国について知りたい。それから、自分たちの品を王国でも扱ってほしいとのことでした」
「では、まず交易と人の往来から?」
「そのようです」
メメメ伯が懐へ手を入れる。
「そして、帰り際にこちらを預かりました」
一通の封書だった。
「ブルーからか?」
「はい」
テル王子が封を開く。
公爵も隣から内容を見る。
王国から使者が訪れたことへの感謝。
商人たちを通じて品が行き来し始めたことを喜ばしく思っていること。
今後も敵対することなく、良好な関係を築きたいこと。
そして。
「……今後の窓口として、メメメ伯を引き続き遣わしてほしい」
「はい」
「ずいぶん気に入られたな」
「ありがたいことです」
メメメ伯は穏やかに笑った。
テル王子は手紙を机の上へ置く。
「警戒は続ける。ただ、今の段階でこちらから扉を閉ざす必要もないだろう」
「私もそう考えます」
公爵が答えた。
「メメメ伯」
「はい」
「しばらく、お前には忙しくしてもらうことになりそうだ」
「覚悟しておきます」
メメメ伯が笑った。
こうして王国は、北の国との外交に本格的に踏み出すことになった。




