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学校

 朝。


 目を覚ますと、最初にすることは決まっている。


 僕はベッドの上で体を起こし、両手を合わせた。


「今日も一日を過ごせることに、シキ様、感謝します」


 これでよし。


 ベッドから降りて、急いで制服に着替える。窓の外は、もうすっかり明るくなっていた。


「……まずい」


 少し寝坊したかもしれない。


 鞄を持って部屋を出る。


「おはよう!」


「おはよう。って、遅いわよ」


 食卓では、母さんが朝ごはんを並べていた。


「学校、遅刻するわよ。急いで食べてしまいなさい」


「ごめんなさい。朝のお祈りに時間がかかっちゃって」


 僕がそう言うと、母さんは少しだけ笑った。


「それなら仕方ないわね」


「でしょ?」


「でも、明日はもう少し早く起きなさい」


「はーい」


 椅子に座る。


 今日の朝ごはんは、焼いたパンと卵、それに野菜の入ったスープだった。すぐに食べたくなったけれど、その前に。


 僕と母さんは、もう一度両手を合わせる。


「この恵みを分けてくださり、ありがとうございます。シキ様」


「ありがとうございます。シキ様」


 祈りを終えてから、パンを手に取った。


「いただきます!」


「急ぎなさいって言ったけど、喉につまらせないでよ」


「分かってるって」


 パンを口に詰め込みながら、スープを飲む。


「だから言ったそばから……」


 母さんが呆れたように笑った。


 いつもと変わらない朝だった。


     ◇


「遅い!」


 家を出ると、幼馴染が待っていた。


「ごめん!」


「また寝坊?」


「違うよ。お祈りしてた」


「なら仕方ないか」


「母さんと同じこと言ってる」


「だって仕方ないでしょ」


 二人で笑いながら学校へ向かう。


 道には、同じ制服を着た子どもたちが何人も歩いていた。パン屋からは焼きたてのパンの匂いがする。


 通りでは店を開ける準備をしている人たちがいて、兵士のお兄さんがいつものように道の端に立っていた。


「おはようございます!」


「おう、おはよう。今日も勉強頑張れよ」


「はーい!」


 僕たちは兵士に手を振って、そのまま学校へ向かった。


 いつもの街。


 いつもの朝。


 でも、今日は少しだけ違う。


 教室へ入ると、いつも以上に騒がしかった。


「お前、どっちにする?」


「俺は軍務職かな」


「えー、絶対生産職のほうがいいって!」


「でも軍人ってかっこいいじゃん」


「私は生産職!」


 教室のあちこちで、同じ話をしている。今日が特別な日だからだ。


「ねえ、どっちにする?」


 隣に来た幼馴染が聞いてきた。


「まだ決めてない」


「えー! 今日なのに?」


「今日決めるわけじゃないだろ」


「そうだけどさ」


 そう言おうとしたところで、教室の扉が開いた。


 先生が入ってくる。


「はい、みなさん。席についてください」


 騒いでいたみんなが、それぞれの席へ戻っていく。


 先生は教壇の前に立った。


「それでは授業を始めます」


 僕たちは姿勢を正した。


「今日は進路についてのお話をする予定ですが、その前に歴史の復習をしましょう」


 先生が黒板に大きく文字を書く。


『私たちの始まり』


「皆さん。私たちの祖先が、もともとこの土地で暮らしていたわけではないことは知っていますね?」


「はい!」


 教室中から声が上がる。


「では、私たちの祖先は、どこで暮らしていたのでしょう?」


 何人もの手が上がった。


「はい。では、あなた」


「今とは別の国です!」


「そうですね」


 先生は笑顔でうなずいた。


「私たちの祖先は、かつて別の国で暮らしていました。そこで畑を耕し、物を作り、家族と一緒に生活していました」


 先生は黒板に、簡単な家と畑の絵を描いた。


「では、その国で祖先たちは何をしようとしたのでしょう?」


 今度は僕の隣に座っている子が手を挙げた。


「国を、もっと良くしようとしました」


「その通りです」


 先生が大きくうなずく。


「貧しい人を減らし、みんなが安心して暮らせる国にしようとしました。間違っていることを正そうとしたのです」


「でも、追い出されたんですよね?」


 前の席の子が言った。


「ええ」


 先生の表情が少しだけ真剣になる。


「祖先たちの考えを嫌った人たちがいました。自分たちの立場を守るために、祖先たちを悪者にしたのです」


「悪いことをしてないのに?」


「そうです」


 教室が少し静かになった。


「祖先たちは、国を裏切ろうとしていると言われました。土地を奪われ、家を奪われ、そして国を追われました」


「ひどい……」


 どこかから声が聞こえる。


 先生は静かにうなずいた。


「それは、祖先たちに与えられた大きな試練でした」


 先生は黒板に『試練』と書いた。


「住む場所がない。食べる物も少ない。いつ外敵に襲われるかも分からない。たくさんの人が苦しみました」


 そこで先生が僕たちを見回した。


「では、そのとき祖先たちを救ってくださった方は?」


 今度は誰も手を挙げなかった。その必要がなかったからだ。


「シキ様です!」


 教室中の声が重なった。


「はい。その通りです」


 先生は嬉しそうに笑う。


 黒板の中央に、大きく名前を書く。


『シキ様』


「大きな試練を与えられた私たちの中で、最も大きな使命を与えられた方。それがシキ様です」


 みんな静かに先生の話を聞いている。


「行き場を失った祖先たちに、シキ様はこの土地を与えてくださいました」


 先生が一本ずつ指を立てていく。


「食べ物を与えてくださった」


 二本目。


「外敵から守ってくださった」


 三本目。


「住む場所を作ってくださった」


 四本目。


「そして、私たちが安心して暮らせる国を作ってくださった」


 窓の外を見る。


 きれいな道。並んだ家。店。学校。


 僕にとっては、生まれたときからそこにあるものだ。


「今、私たちがこうして学校で勉強できるのも、毎日ご飯を食べられるのも、安心して眠ることができるのも、シキ様と祖先たちがこの国を作ってくださったからです」


 先生がこちらを見る。


「では、私たちは何のために勉強し、働くのでしょう?」


 また何人もの手が上がった。


 一人の少年が指される。


「この国をもっと豊かにするためです」


「そうですね。他には?」


「シキ様に恩返しするため!」


「それも大切ですね」


 先生はまた別の生徒を指した。


「そして、いつか――」


 その子は一度言葉を止めた。


「祖先たちの故郷を取り戻すためです」


「はい」


 先生がうなずく。


「とても大切なことです」


 黒板に、新しく文字が書かれる。


『故郷を取り戻す』


「ただし、間違えてはいけません」


 先生が振り返った。


「これは復讐ではありません」


 みんなが先生を見る。


「私たちは、誰かを苦しめるために故郷へ戻るのではありません。祖先から不当に奪われたものを、本来あるべき場所へ戻すためです」


 僕はノートにその言葉を書き写す。


 何度も聞いた話だった。だから、特に難しいところはない。


「私たちは今も試練の途中にいます」


 先生が言った。


「ですが、一人一人が自分の役目を果たせば、いつの日か必ずその試練を終えることができます」


 先生は教室全体を見回す。


「では最後に。私たちに与えられた使命は?」


 みんなが声をそろえる。


「国を豊かにし、シキ様とともに祖先の故郷を取り戻すことです!」


「よくできました」


 先生は満足そうにうなずいた。


 僕もみんなと同じようにノートへ最後の一文を書き込んだ。


 当たり前のことだった。


 小さい頃から、何度も教えてもらっている。


「では、ここから今日の本題に入りましょう」


 先生は黒板の端に書いてあった文字を消し、新しく二つの言葉を書いた。


『軍務職』


『生産職』


「皆さんも、これからこの国を支える一人になります」


 教室の空気が少し変わった。


 さっきまで歴史の話だったのに、今度は自分たちの話だ。


「軍務職は、この国を守るために戦う仕事です。兵士として訓練を受け、必要であれば外敵とも戦います」


 先生が次に『生産職』を指す。


「生産職は、食料や衣服、道具、建物、武器などを作り、この国を支える仕事です」


 何人かが小声で話し始めた。


「やっぱり軍務職かな」


「私は生産職がいいな」


「武器を作るのも生産職?」


「もちろんです」


 先生が答える。


「軍務職だけで国は成り立ちません。生産職だけでも同じです。どちらも、この国にとって大切な役目です」


 僕は黒板に書かれた二つの文字を見る。


 軍務職。


 生産職。


 どちらにするか、まだ決めていなかった。


「今日は家に帰って、よく考えてください」


 先生が教室を見回す。


「家族と相談しても構いません。自分が何をしたいのか、自分には何ができるのか。それを考えて――」


 先生は黒板を軽く叩いた。


「明日までに、軍務職と生産職のどちらに進むか決めてきてください」


「えー!」


 教室のあちこちから声が上がった。


「明日まで!?」


「まだ決めてないよ!」


「だから今日、しっかり考えるんです」


 先生は笑った。


「皆さんがこの国のために、どちらの道を選ぶのか。楽しみにしています」


 僕はもう一度、黒板を見る。


『軍務職』


『生産職』


 明日までに。


 僕も、どちらかを選ばなくてはいけない。

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