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収穫祭の夜

 収穫祭は、年に一度だけ行われる村の祭りだ。


 一年の実りに感謝し、来年も豊作になるよう祈る。この日ばかりは仕事を早めに切り上げ、昼間から料理を食べ、酒を飲む。


 今年も朝から村中が騒がしかった。


 広場にはいつもより多くの料理が並び、大人たちは昼を過ぎる頃にはすっかり出来上がっていた。歌う者、踊る者、普段なら喧嘩ばかりしている二人が肩を組んで笑っている。


 村で一番賑やかな一日だ。


 ただ、一つ問題がある。


 大人たちが酒を飲んでしまうので、子どもの面倒を見る者がいなくなることだ。そのため収穫祭の日だけは、村中の子どもたちが教会へ集められる。


 今年も同じだった。


「今年、多くない?」


「村中の子どもがいるんだから、こんなもんだろ」


 教会の中には、小さな子から僕たちくらいの年齢まで、たくさんの子どもが集まっていた。


 見張りをしているのは、まだ酒を飲めない年上の兄ちゃんたちだ。念のため、今夜は交代で寝ずの番をするらしい。


 僕たち三人は、教会の隅に集まっていた。


「明日、行こうぜ」


「どこに?」


「決まってるだろ。あの場所」


「ああ」


 あの日、偶然見つけた場所。


 見たことのない木の実。たくさんの魔物。そして、普通の魔物よりずっと多くの経験値を持っていた、あの黒い魔物。


 収穫祭の手伝いがあったせいで、結局あれから一度も行けていない。


「明日は朝から行こう」


「今度はもっと奥まで見たいな」


「帰還の玉、忘れるなよ」


「分かってるって」


 そんな話をしているうちに、だんだん眠くなってきた。外から聞こえていた祭りの声も、いつの間にか小さくなっている。


「じゃあ、寝るか」


「うん」


 毛布に横になる。


 明日は、あの場所へ行ける。


 もっと魔物を倒せるかもしれない。もっと経験値を稼げるかもしれない。


 そんなことを考えながら、目を閉じた。


     ◇


「起きろ!」


 大きな声が響いた。


「みんな起きろ! 早く!」


「……ん?」


 目を開けると、教会の中が騒がしかった。泣いている小さな子どももいる。


 見張りをしていた兄ちゃんたちが、眠っている子どもを次々に起こしていた。


「なに……?」


「魔物だ!」


 一瞬で眠気が飛んだ。


「村の外から魔物が来てる! ここも危ない。全員、広場へ避難するぞ!」


「魔物……?」


 隣で寝ていた二人も起き上がる。


 教会の扉が開いた。外から冷たい夜風が吹き込んでくる。


「小さい子から先に! 離れるなよ!」


 僕たちも人の流れに混ざって外へ出た。


 外は暗かった。祭りの明かりが、まだところどころに残っている。


 でも、昼間とはまるで違う。


 笑い声はない。歌も聞こえない。代わりに、遠くから何かが壊れるような音が聞こえた。


「本当に魔物が来たのか……?」


「分からない。とにかく行こう」


 広場なら村の中心だ。


 大人たちもいる。戦える人たちも集まっているはずだ。


 そこまで行けば大丈夫。


 そう思っていた。


 でも、広場へ着いた瞬間、足が止まった。


「……え?」


 大人たちがいた。


 村中の大人が集まっているのではないかと思うほど、大勢いた。昼間まで酒を飲んで騒いでいた人たちだ。


 みんな、完全に酔いがさめていた。


 誰も笑っていない。


 剣。槍。斧。狩りに使う弓。


 戦える者たちは、それぞれ武器を握っていた。


 なのに、誰も戦っていなかった。


「何が……あったんだ?」


 僕が呟く。


 カラン。


 一人の男が剣を落とした。


 次は槍。その次は斧。


 一人、また一人。


 大人たちが順番に武器を手放していく。


「父ちゃん?」


 どこかで子どもの声がした。


「どうして武器を捨てるの?」


 返事はなかった。


 そして、一人の大人が倒れた。


「え?」


 また一人。


 その隣も。


「ちょっと……」


 何が起きている?


 泣いている声が聞こえた。叫び声も聞こえた。


 逃げようとした人もいた。


 でも、大人たちは次々と地面へ倒れていった。


「な、なんだよ……これ……」


 足が震える。


 魔物から逃げてきたはずだった。


 ここへ来れば、大人たちが守ってくれるはずだった。


 なのに。


 どうして。


 そのとき、急に体から力が抜けた。


「……あ」


 足が動かない。


 視界が傾き、地面が近づいてくる。


 どうして僕たちは、ここに集められたんだ?


 そう思ったところで、意識が途切れた。


     ◇


 目を開ける。


「…………」


 何があった?


 頭がぼんやりする。


 体を起こそうとした。


 動かない。


「……え?」


 手も、足も、しびれたように力が入らない。


 目だけを動かした。


 そして、息が止まった。


 大人たちが倒れている。


 誰も動かない。


 さっきまで生きていた人たちが。


「…………」


 死んでいる。


 ようやく分かった。


 あれは倒れたんじゃない。


 殺されたんだ。


「シキ様」


 声がした。


 知らない声だった。


「ここにありました」


 視線だけを動かす。


 そこに、黒いものがいた。


「……あ」


 知っている。


 あれだ。


 あの日、あの場所で僕が倒した魔物。


 間違いない。


 なのに。


「なんで……」


 確かに倒したはずだ。


 経験値だって入った。


 それなのに。


「こちらも、あの日のものです」


 別の誰かが歩いてくる。その腕には、一人の少年が抱えられていた。


「……おい」


 一緒にダンジョンへ行った仲間だった。


「やめろ」


 声を出したつもりだった。でも、ほとんど音にならない。


 少年が黒い魔物の前へ置かれる。


 黒い魔物は剣を持っていた。


 けれど、その姿は強そうには見えなかった。


 剣を持つ手が震えている。重いのか、両手でどうにか持ち上げていた。


「待て……」


 剣が振り下ろされる。


「やめろ!」


 一度。


 少年が悲鳴を上げる。


 それでも黒い魔物は止まらなかった。


 もう一度、剣を持ち上げる。


 そして、また振り下ろす。


「やめろ! やめてくれ!」


 うまく剣を扱えていない。


 振るたびに体勢を崩し、それでも必死に持ち上げる。


 何度も。


 何度も。


 やがて、少年の声が聞こえなくなった。


 黒い魔物の手から剣が落ちる。


「…………」


 肩を震わせている。


 泣いている?


 そう思った。


 でも、顔を見ても感情が分からない。


 黒い魔物はしばらく動かなかった。


 やがて、地面に落ちた剣を拾う。


 次に連れてこられたのは、少女だった。


 あの日、最初に矢を放った少女。


「いやだ……」


 彼女は泣いていた。


「ごめんなさい……」


 誰に謝っているのか分からない。


「ごめんなさい、ごめんなさい……」


 黒い魔物が剣を持ち上げる。


 また手が震えていた。


 一度、振り下ろす。


 少女の悲鳴が響く。


 それでも終わらない。


 もう一度。


 さらにもう一度。


 黒い魔物は何度も剣を振るった。


 やがて、少女も動かなくなった。


「…………」


 そして。


 黒い魔物がこちらを見た。


 剣を持ったまま立っている。


 でも、強そうには見えなかった。


 肩で息をしている。剣を握る手も震えている。


 泣いているようにも見えた。


 怒っているようにも見えた。


 それでも、僕を見ている。


 誰かが僕の体を持ち上げた。


 黒い魔物の前へ運ばれる。


「……どうして」


 やっと声が出た。


「僕たちが……何をしたんだよ」


 返事はない。


 黒い魔物が剣を拾い上げる。


 重そうに、両手で。


 そこで思い出した。


 あの日。


『やめて! 僕は人間だ!』


 あいつは、そう言っていた。


「…………」


 ああ。


 そうか。


 黒い魔物が、震える手で剣を持ち上げる。


 あのとき。


 僕は――。


 目を閉じた。

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