仲間
その日も、いつもと変わらない一日だった。
「今日は向こうに行ってみるか」
僕が指を差すと、赤、青、緑の三つの光が勢いよく飛び出した。
「だから先に行くなって!」
三つを追いかけて走る。
もう何日、こうして過ごしたのか分からない。
朝になれば一緒に出かけて、木の実を探したり、川沿いを歩いたり、動物を追いかけたりする。
夜になれば、あの巨木へ帰る。
そんな毎日が、いつの間にか当たり前になっていた。
「今日は何か新しいもの見つかるかな」
赤が僕の前を飛ぶ。
『絶対見つける!』
「昨日もそう言って何もなかっただろ」
僕が勝手に声を当てると、赤が不満そうに揺れた。
青と緑がその周りを飛び回る。
「ほら、二人も笑ってるぞ」
そんなことを話しながら歩いていたときだった。
「……ん?」
遠くに何か見えた。
動物ではない。
草原の中を、三つの影が動いている。
足を止め、目を凝らした。
二本の足。
二本の腕。
服を着ている。
そして、何かを背負っている。
「人……?」
胸が高鳴った。
「人だ!」
三つの光が僕の周りに集まってくる。
「いた! 本当にいたんだ!」
思わず走り出した。
この世界に来てから、初めて見る人間だった。
話ができるかもしれない。
ここがどこなのか教えてもらえるかもしれない。
もしかしたら、街まで連れていってくれるかもしれない。
「おーい!」
手を上げる。
三人もこちらに気づいたようだった。
「よかった……」
もう一度、大きく手を振る。
その瞬間。
ひゅっ、と風を切る音がした。
「え?」
肩に強い衝撃が走った。
「っ……!」
体が後ろへよろめく。
何が起きたのか分からなかった。
肩を見る。
一本の矢が刺さっている。
「なん……」
もう一本。
今度は足だった。
「痛っ!」
その場に倒れる。
「な、なんで……?」
顔を上げる。
三人のうち一人が弓を構えていた。
そしてもう一人。
剣を持った少年が、こちらへ走ってくる。
◇
「……なんだ、ここ」
少年は呆然と辺りを見回した。
ついさっきまで、自分たちはいつものダンジョンにいたはずだった。
村から一番近い、小さなダンジョン。
それも最も浅い階層だ。
三人だけでも十分に探索できる。
今日も少し魔物を倒して、経験値を稼ぐ。
そのつもりだった。
ところが途中で罠を踏んだ。
床が光ったと思った次の瞬間、三人はこの草原に立っていた。
「転移罠……だよな?」
「たぶん」
少女が答える。
三人とも、まず腰につけた小さな玉を確認した。
帰還の玉。
砕けば、ダンジョンの入口まで戻ることができる。
「使う?」
少年は周囲を見る。
青々とした草。
透き通った川。
果実をつけた木々。
遠くには、見たこともない魔物が歩いている。
今のところ、危険そうなものは見当たらない。
「いや……ちょっと待とう」
「大丈夫?」
「危なくなったら使えばいいだろ。せっかくだし、少しだけ見ていこうぜ」
三人は慎重に進み始めた。
すぐに、自分たちがとんでもない場所へ来たのではないかと思い始める。
「これ、見たことある?」
「ない」
「こっちの実も?」
「知らないな」
知らない植物ばかりだった。
しかも、そこら中に生えている。
見たことのない魔物も多い。
一匹捕まえてみたが、それほど強くない。
何匹か狩ってみる。
「これ、持って帰ったら売れるんじゃない?」
少女が言った。
「だよな」
少年も同じことを考えていた。
もし、ここへもう一度来られるなら。
食べ物。
素材。
経験値。
いくらでも手に入るかもしれない。
「もしかしたらさ」
もう一人の少年が声を小さくする。
「ここ、俺たちしか知らないんじゃない?」
三人の顔が明るくなった。
毎日ここへ来られれば、今よりずっと生活が楽になる。
兄や姉たちより高いレベルにだってなれるかもしれない。
少年は少し先へ進んだ。
そのときだった。
「……待って」
少女が足を止める。
「どうした?」
「あれ」
指差した先。
草原の向こうに、黒いものがいた。
二本足で立っている。
一見すると、人間にも見える。
だが。
それを見た瞬間、背筋が冷たくなった。
理由は分からない。
ただ、本能のような何かが告げている。
――あれは違う。
人間じゃない。
魔物だ。
その魔物が、こちらへ走り始めた。
「来る!」
少女が反射的に弓を引いた。
矢が飛ぶ。
一発目が肩に当たる。
もう一発。
今度は足。
魔物が倒れた。
「行く!」
少年は剣を抜き、走り出した。
◇
「痛い……」
肩と足が熱い。
何が起きているのか分からない。
向こうから、剣を持った少年が走ってくる。
「待って!」
僕は必死に声を上げた。
「やめて! 僕は人間だ!」
少年は止まらない。
「話を――」
少年が、すぐ目の前まで来た。
剣が振り上げられる。
「やめてくれ!」
赤、青、緑が飛び出した。
三つの光が僕を守るように、少年の周りを飛び回る。
少年が一瞬だけ驚いた。
でも。
「邪魔だ!」
剣が振られた。
パキッ。
小さな音がした。
「…………え?」
赤い光から、小さな破片が落ちる。
続いて青。
緑。
三つの光が、少しずつ崩れていく。
「なんで……」
声が出なかった。
何が起きているのか。
どうしてこんなことをされているのか。
何一つ分からない。
三つの光が消えていく。
「やめ……」
目の前で、少年がもう一度剣を振り上げた。
どうして。
僕たちは。
何もしてないのに。
そう思ったところで。
目の前が真っ暗になった。
◇
「……おお!」
少年は自分の手を見る。
「すごいぞ。あいつ、弱かったくせに経験値かなり高くないか?」
「どのくらい?」
「ゴブリン三体分くらいある」
「本当に?」
三人とも驚いた。
あれだけ簡単に倒せた魔物から、これほど経験値が入るとは思わなかった。
「ここに毎日来られたら……」
少年は笑う。
「兄ちゃんたちのレベルだって超えられるかもしれない」
「でも、今日はもう帰ろう」
少女が帰還の玉を取り出した。
「そうだな。経験値も貯まったし」
経験値を得ても、その場ですぐに強くなるわけではない。
教会で祝福を受け、蓄えた経験値をレベルへ変えてもらう必要がある。
「一回レベルを上げて、それからまた来ようぜ」
「この場所、大人たちに教える?」
その言葉に、三人は少し考えた。
「まだいいんじゃない?」
「なんで?」
「もっと調べてから教えたほうが驚くだろ」
それもそうだ。
村の誰も知らない場所を、自分たちだけが見つけた。
その事実が、少し誇らしかった。
「明日も来たいけどなあ」
「無理だろ。収穫祭があるんだから」
「ああ……手伝わないと怒られるな」
「じゃあ、収穫祭が終わってから」
三人はそう約束した。
一人ずつ帰還の玉を砕く。
光に包まれ、三人の姿は草原から消えた。
◇
「ただいまー!」
少年は家の扉を開けた。
返事がない。
「母さん?」
奥の寝室へ向かう。
そこには、痩せた母親が横になっていた。
「……またダンジョンへ行ってきたの?」
「うん」
「もう……」
母は困ったように笑った。
「私があなたくらいの頃は、毎日村の手伝いをしていたのよ」
「分かってるよ」
「危ないことをしなくてもいいのに」
「大丈夫だって」
少年は笑った。
本当なら、自分だって村で働いていたかもしれない。
畑を手伝って。
家畜の世話をして。
普通に暮らしていたかもしれない。
でも。
父はいない。
母は病気になった。
薬にも金がかかる。
自分が何とかしなければならない。
「俺、強くなるから」
「……え?」
「なんでもない」
少年は今日見つけた場所を思い出す。
きれいな草原。
たくさんの魔物。
見たことのない木の実。
そして。
弱いのに、多くの経験値をくれた魔物。
あそこに通えば。
もっとレベルを上げられる。
冒険者になれる。
金を稼げる。
母さんの薬だって買える。
「もう少しだから」
少年は小さく呟いた。
今日見つけた秘密の場所。
そこへまた行けば。
きっと。
今よりずっと良い生活が待っている。
少年は、そんな明るい未来を思い浮かべて笑った。




