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3つの光

 ちらちらと、まぶしい。


「……ん」


 閉じたまぶたの向こうで、何かが光っている。


 朝か。


 そう思って目を開けた。


「……え?」


 赤。


 青。


 緑。


 三つの小さな光が、僕の周りを飛び回っていた。


「な、なんだ?」


 体を起こすと、三つの光も僕の動きに合わせるように少しだけ離れた。


 虫ではない。火でもない。


 拳より少し小さいくらいの光の塊が、ふわふわと空中に浮かんでいる。


「昨日まで、こんなのいなかったよな……?」


 赤い光が僕の顔の前まで飛んできた。


「うわっ!」


 思わずのけぞる。


 すると赤い光も驚いたように後ろへ下がった。


「……驚かせるつもりじゃなかった?」


 声が聞こえたわけではない。


 ただ、なぜかそう言っているような気がした。


 赤い光が小さく上下に揺れる。


『ごめん』


 たぶん、そんな感じだ。


「いや、僕が勝手に驚いただけだけど」


 青い光が僕の周りをゆっくり一周する。


 緑の光は頭の上をくるくる回っている。


『怖くないよ』


『大丈夫』


 ……とでも言っているのだろうか。


「お前たち、僕の言ってること分かる?」


 三つの光が一斉に上下へ揺れた。


「分かるんだ」


 今度は嬉しそうに飛び回る。


 気づけば、僕も笑っていた。


 昨日の夜。


 誰かと話したいと思った。


 友達がほしいと思った。


「もしかして、僕がそう思ったから来てくれたのかな」


 三つの光が僕の周りを飛び回る。


 そこだけは、よく分からないらしい。


「まあ、いいか」


 ここがどこなのかすら分かっていないのだ。


 分からないことが一つ増えたくらい、今さらだった。


「今日は一緒に行く?」


 三つの光が勢いよく動いた。


『行く!』


 僕の頭の中では、三人分の声が重なった。


 もちろん、本当に聞こえたわけじゃない。


 僕が勝手にそう思っただけだ。


「よし。じゃあ行こう」


 僕は立ち上がった。


 昨日までとは違う一日が始まった。


     ◇


「ここが川」


 三つの光を連れて、いつもの川まで歩く。


「それで、向こうにある赤い実が食べられるやつ。黄色いのも大丈夫だった」


 赤い光が、赤い実の周りをぐるぐる飛び回った。


「食べてみたいの?」


 赤が激しく上下に動く。


『食べたい!』


「でも、お前どうやって食べるんだよ」


 赤の動きが止まった。


『……分からない』


「分からないのかよ」


 思わず笑ってしまう。


 今までなら、頭の中で考えて終わっていたことだ。


 声に出したって、誰も反応してくれなかった。


 でも今は違う。


「じゃあ、僕が食べるから見てろよ」


 赤い実を取って、口に入れる。


「うん。やっぱりうまい」


 三つの光が僕の周りを楽しそうに飛び回った。


 ただそれだけなのに、昨日まで食べていた木の実より少しだけ美味しく感じた。


     ◇


 それから僕たちは、毎日一緒に周囲を歩いた。


 僕が歩けば、三つの光もついてくる。


 川沿いを歩いた。


 丘にも登った。


 今まで行ったことのない場所にも行った。


「この木の実、色やばくない?」


 目の前にあるのは、紫と黒を混ぜたような色の実だった。


 今までなら絶対に食べなかったと思う。


 赤と緑が、実の周りを飛び始める。


『食べてみよう』


『食べてみよう』


「お前ら、絶対面白がってるだろ」


 二つがさらに激しく動く。


 青だけは少し離れた場所にいた。


「青はやめとけって思ってる?」


 青がゆっくり上下に揺れる。


『やめたほうがいい』


「やっぱり青だけまともだな」


 少し悩んだ。


 でも、赤と緑が期待するように目の前を飛び回っている。


「……ちょっとだけだからな」


 一口かじる。


「…………」


 三つの光が止まった。


「……にっが!」


 慌てて吐き出した。


 赤と緑が激しく飛び回る。


『あはははは!』


 頭の中で勝手に笑い声をつける。


「お前ら!」


 追いかける。


 二つの光は逃げる。


 青まで少し遅れてついていく。


「待て!」


 もちろん追いつけない。


 それでも僕は笑っていた。


     ◇


 別の日。


「今日はこれを作ろう」


 拾ってきた木の枝を削る。


 剣だ。


 もちろん本物ではない。


 長めの枝を、それっぽい形にしただけだ。


「見ろ!」


 構える。


 三つの光が僕の前に並んだ。


「とうっ!」


 振る。


 ぶんっ、と空気を切る音がした。


 赤い光が僕の周りをゆっくり一周する。


『弱そう』


「……弱そうって思っただろ」


 赤が勢いよく上下に動く。


「やっぱりな!」


 もう一回。


「はっ!」


 ぶんっ。


 今度は勢い余って足を滑らせた。


「うわっ!」


 草の上に転がる。


 三つの光が寄ってくる。


「心配してくれた?」


 一瞬そう思った。


 でも、三つとも妙に楽しそうに動いている。


『だいじょうぶ?』


『転んだ』


『また転んだ』


「絶対笑ってるだろ、お前ら……」


 僕も笑った。


     ◇


 川の水も、もう警戒しなくなった。


 両手ですくって飲む。


 そのうち、それすら面倒になって、川辺に膝をついてそのまま口を近づける。


「んー!」


 冷たい水を一気に飲む。


 顔を上げた。


「うまい!」


 三つの光が飛び跳ねるように動く。


「お前らも飲めたらいいのにな」


 三つとも、あまり興味がなさそうだった。


『いらない』


「やっぱり必要ないのか」


 僕と同じなのかもしれない。


 いや、僕だって本当はいらない。


 腹は減らない。


 喉も渇かない。


 それでも食べるし、飲む。


 楽しいからだ。


 三つの光と一緒なら、今までやろうと思わなかったことまでやってみたくなった。


     ◇


 巨木の根元も、少しずつ変わっていった。


 拾った枝を並べた。


 石を集めた。


 寝床に乾いた草を増やした。


 ある日、僕は巨木の隙間に小さな場所を三つ作った。


 乾いた葉を丸く敷いて、周囲を小石で囲む。


「どう?」


 三つの光が近づいてくる。


「僕だけ寝床があって、お前らにはないのも変だろ」


 そもそも、こいつらが眠るのかどうかも知らない。


 それでも三つの光は、それぞれの小さな寝床の上を嬉しそうに飛び回った。


『僕の』


『私の』


『ここがいい』


 声も性別も分からないので、そこは僕の適当なアフレコだ。


「気に入ったならよかった」


 それから数日後。


 川辺を歩いていると、赤い石を見つけた。


「あ」


 丸くて、小さくて、きれいな赤色をしている。


「これ、お前に似てるな」


 赤い光の前へ持っていく。


 赤は石の周りを何度も飛んだ。


『似てる!』


「だろ?」


 持って帰り、赤の寝床に置いた。


 その次の日には、青っぽい石を見つけた。


「これは青だな」


 さらに何日かして、緑色のきれいな石も見つけた。


「よし。これで三つ」


 赤。


 青。


 緑。


 三つの寝床に、それぞれ自分によく似た色の石が置かれている。


 三つの光はかなり気に入ったらしく、それぞれ自分の石の周りを飛び回っていた。


「いいな、お前ら。自分そっくりの石があって」


 三つがこちらを見る。


 少しして、赤が僕の周りを回った。


 続いて青と緑もやってくる。


『じゃあ、君のは?』


 僕の頭の中で、そんな声がした。


「僕の?」


 辺りに転がっている石を見回す。


 赤でもない。


 青でもない。


 緑でもない。


 そもそも。


「僕は人間なんだから、僕そっくりの石なんてないだろ」


 三つの光が一斉に揺れた。


『ないね』


「お前らが聞いたんだろ!」


 三つが楽しそうに飛び回る。


『人間色の石を探そう』


「人間色ってなんだよ」


『肌色?』


「それなら、その辺にありそうだな!」


 僕が笑うと、三つの光も楽しそうに動き回った。


「まあ、僕のはいらないよ。お前ら三つがあればいい」


 三つの石を見る。


 その横を、それぞれの色の光が飛んでいる。


 なんとなく、それだけで十分な気がした。


     ◇


 何日経ったのか。


 もう、よく分からない。


 朝になれば三つの光と出かけた。


 知らない木の実を探した。


 川で水を飲んだ。


 木の枝を剣にして遊んだ。


 石を積み上げて、どこまで高くできるか試した。


 動物を追いかけた。


 川へ枝を流して、どれが一番早く進むか競争した。


 丘の上まで走って、先に着いた三つの光へ、


「飛ぶのは禁止だろ!」


 と文句を言った。


『そんなルール聞いてない』


 そう言っていることにした。


 雨の日には、巨木の隙間にみんなで隠れた。


「今日は出られないな」


 三つの光が少し残念そうに揺れる。


『暇』


『暇』


『話して』


「僕しか喋ってないけどな」


 それでも、ちゃんと聞いてくれている。


 そう感じた。


 僕はたくさん話した。


 覚えている昔の世界のこと。


 車。


 テレビ。


 ゲーム。


 食べ物。


 自分がそれをどこで知ったのかは思い出せない。


 それでも、知っていることを思いつくまま話した。


「海っていう、すごく大きな水の場所があるんだ」


 三つの光が興味深そうに近寄ってくる。


「この川なんかとは比べものにならないくらい大きいらしい」


 緑が高く飛び上がった。


『見たい』


「見てみたい?」


 三つとも激しく動いた。


『見たい!』


「僕も見たいな」


 いつか。


 ここを離れて。


 四人で見に行ってもいいかもしれない。


 そんなことを考えるようになった。


     ◇


 夜。


 いつもの巨木の隙間で横になる。


「今日も楽しかったな」


 すぐそばには三つの小さな寝床がある。


 赤い石。


 青い石。


 緑の石。


 その上を三つの光がゆっくり漂っていた。


「おやすみ」


 三つの光が静かに瞬く。


『おやすみ』


 もちろん、声なんて聞こえていない。


 全部、僕が勝手にそう思っているだけだ。


 それでも。


 きっと今は、そう言ってくれた。


 僕は目を閉じる。


 少し前まで。


 夜になると、この場所はあんなに静かだった。


 川の音しか聞こえなくて。


 誰かに話しかけても、返事なんてなかった。


 今は違う。


 目を閉じても分かる。


 赤がいる。


 青がいる。


 緑がいる。


 すぐそばにいる。


 それだけで安心できた。


 もう、寂しくなかった

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