↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/47

勝率100%

都市国家の一室に、4人の代表が集まっていた。


長机の上。


執政官の目の前には、1通の手紙が置かれている。


つい先ほど届いた、王国からの書状だった。


その内容は短い。


王国は、都市国家に対して宣戦を布告する。


――こうなってしまったか。


執政官は、机に置かれた手紙と、向かいに座る3人を見ながら心の中でつぶやいた。


軍事代表。


商人の代表。


そして、冒険者の代表。


この都市国家では、軍事、商業、冒険者。


それぞれの分野を代表する者が、国の運営に大きく関わっている。


そして、彼らの意見を取りまとめ、国としての最終的な方針を決めるのが執政官の役目だった。


3者の意見が一致すれば、それを国の方針としてまとめる。


2対1に分かれれば、双方の話を聞き、必要であれば仲裁する。


執政官自身も、もとは商会に勤めていた人間だった。


長年、商業を通じて都市国家を支えてきた。


その仕事ぶりと人柄を評価され、多くの者から推薦されて現在の役職に就いている。


だからこそ、目の前にいる3人が何を考えているのかも、ある程度は分かっていた。


戦争をしたい軍人。


戦争によって新たな利益を得たい商人。


そして、戦場で報酬を得たい冒険者。


理由はそれぞれ違う。


だが、3者とも王国との戦争には前向きだった。


今回の戦争は、彼ら3者が望んだ結果とも言えた。


     ◇


「戦力だがな」


軍事代表が、分厚い書類を机の中央へ投げるように置いた。


大きな男だった。


太い腕。


分厚い胸板。


顔には立派な髭を蓄えている。


若い頃から戦場で名を上げ、個人の武力によって今の地位まで成り上がった男だ。


戦いをこよなく愛している。


互角の相手と命を削り合うような戦いも好きなら、圧倒的な力で弱い相手を叩き潰すのも好きだった。


「まぁ、部下どもに分析させたんだがよ」


軍事代表は腕を組んだ。


「絶対に勝つ。そういうことだな」


「絶対に?」


執政官が聞き返す。


「ああ」


軍事代表は豪快に笑った。


「100%だ」


執政官は眉をわずかに動かした。


「……そんなことがあるのか?」


「あるから言ってんだろうが」


軍事代表は書類を執政官の前へ押し出した。


そこには、王国の海上戦力についての分析が細かく記されていた。


主に参考とされているのは、これまで都市国家へ出入りしていたカイの交易船。


そして先日、ブルーを乗せて現れた使者の船だった。


船体の大きさ。


速度。


確認できた装備。


魔法への耐性。


それらと、都市国家が保有する軍船との比較が並んでいる。


「見りゃ分かるだろ」


軍事代表が太い指で資料を叩く。


「あの程度の船を何隻並べようが、この港をどうこうできるような戦力にはならねえ」


「しかし」


執政官は資料から顔を上げた。


「あの船は、魔物が出る海域を越えてきている」


「だから何だ?」


「我々の知らない何かを持っている可能性はないのか?」


「ねえよ」


即答だった。


「あの使者の船を見ただろうが」


軍事代表は鼻を鳴らした。


「魔法への耐性だって大したことはなかった。こっちの攻撃をまともに食らって、そのまま沈んだじゃねえか」


「では、どうやってあの海域を?」


「特別な航海ルートでも知ってるんだろ」


軍事代表は面倒そうに答えた。


「それ以外に考えようがねえ」


「……その航路については?」


「最後まで吐かなかったな」


そう言って、男は楽しそうに口元を歪める。


「まあ、どうでもいい話だ」


椅子にもたれ、髭を撫でる。


「海から来るなら海で潰す。陸に上がってきたら陸で叩き潰す」


そして、豪快に笑った。


「そんだけの話だろうが!」


     ◇


執政官は、隣に座る商人の代表へ視線を移した。


丸々と太った男だった。


顔には脂が浮き、首元にはいくつもの宝石が並んでいる。


両手の指にも複数の指輪。


手を動かすたびに、宝石がじゃらじゃらと音を立てた。


都市国家で最も大きな商会の代表でもある。


金が好き。


儲かる話は、もっと好き。


今回の戦争も、彼にとっては大きな商機だった。


男の前には、何枚もの紙が綺麗に並べられている。


その1枚に書かれていたのは、戦争に必要となる物資の在庫数だった。


食料。


武器。


防具。


薬。


それぞれについて、現在の備蓄量と保管場所まで細かく記されている。


「……ずいぶんと準備がいいな」


執政官が言った。


「ぐふふ。当然でございますよ」


商人は宝石のついた指で紙を撫でた。


「必要になってから集め始めたのでは、商売人として失格でございますからねぇ」


必要な物資の輸入は、すでに終わっている。


しかも、目の前にある表は、ここ数日で急いで作ったようなものではなかった。


数字は細かく整理され、仕入れ先から保管場所まで記録されている。


少なくとも、年単位で準備されてきたものだろう。


そして、その隣には別の紙が置かれていた。


「ぐふふ……」


商人が小さく笑う。


そこに書かれているのは、戦争に勝った後の話だった。


王国へ要求する賠償金額。


今後の輸入品の交換比率。


王国から仕入れる商品の価格。


戦争は、まだ始まってすらいない。


それなのに、すでに勝利した後の利益まで計算されている。


「気が早くないか?」


執政官が尋ねる。


「おや?」


商人は嬉しそうに目を細めた。


「勝利が見えているのであれば、先の準備をしておくのが商人というものでございましょう?」


「……そうか」


「ええ」


商人の指が、賠償金の欄をゆっくりとなぞる。


「王国には、我々の市場で高く売れる商品がいくつもございますからなぁ」


口元が緩む。


「戦争で使った分など、すぐに取り戻せるでしょう」


     ◇


執政官は、最後に冒険者の代表へ目を向けた。


筋肉質な女性だった。


背筋はまっすぐ伸び、椅子に座っているだけでも、鍛え抜かれた体であることが分かる。


かつては、この都市国家でも名を馳せた冒険者だった。


数々の魔物を倒し、深い階層まで潜った実績を持っている。


しかし、大きな怪我を負ったことで第一線を退いた。


それでも過去の功績を知る者は多く、今も多くの冒険者から一目置かれている。


その信頼によって、現在は冒険者たちをまとめる代表を務めていた。


都市国家のダンジョンは、以前ほど活気がない。


きっかけとなったのは、ある有名な冒険者パーティの全滅だった。


深層を攻略していた名の知れた一団が、誰1人として戻らなかった。


その話は瞬く間に広がった。


それ以来、深い階層まで潜ろうとする者は目に見えて減っている。


冒険者にも成長の限界がある。


ある程度まで強くなれば、それ以上の危険を冒してまで深い階層へ向かう者は多くない。


最前線で攻略を続ける一握りの者たちを除けば、安全に稼ぐ道を選ぶのは当然だった。


そうなれば、同じ階層。


同じ魔物。


同じ素材。


持ち帰られる物も自然と似通ってくる。


同じ素材の供給が増えれば、買い取り価格は下がる。


危険な戦闘を避ければ、防具もなかなか傷まない。


より強い武器へ買い替える必要もない。


薬の消費も減る。


冒険に関係する商品の需要そのものが、以前より落ちていた。


昔ほど羽振りのいい冒険者も多くない。


だが、戦争になれば話は変わる。


少しでも戦場で活躍するため、レベルを上げようと危険な階層へ潜る者も出てくるだろう。


武器は消耗する。


防具は壊れる。


薬も使われる。


ダンジョンから持ち帰られた素材も、戦争のために大量に消費される。


そうなれば、下がっていた価格も再び上がる。


「あたしら冒険者にも、参加したいって奴がかなりいるよ」


女が口を開いた。


「傭兵としてね」


軍事代表の目が輝いた。


「ほう! 戦いてえ奴がいるのか!」


「そりゃいるさ」


冒険者の代表は笑う。


「せっかくダンジョンで鍛えたんだ。久しぶりに外で力を試したいって連中もいる」


「いいじゃねえか!」


軍事代表が太い手で机を叩いた。


「戦える奴なら大歓迎だ!」


「もちろん、私どもとしても歓迎いたしますよ」


商人も笑顔で話へ入る。


冒険者の代表は、その笑顔をじっと見た。


「……あんた」


「はい?」


「報酬を少なく済ませようなんて、考えてないだろうね?」


「おやおや」


商人は大げさに両手を広げる。


「まさか。そのようなことをするはずがございませんよぉ」


じゃらり。


指輪が音を立てた。


「都市国家の冒険者は、世界でも有数の実力者ばかり。働きに見合った額は、きっちりとお支払いいたしますとも」


「本当だろうね」


「もちろんでございます」


商人はさらに笑みを深くする。


「それどころか、勝利した暁には追加の報酬までご用意いたしましょう」


「へえ」


「我々には、今の時点でも十分な蓄えがございます」


男は、戦後の利益が並んだ紙へちらりと目を向ける。


「それに――」


口元が大きく緩んだ。


「勝てば、それ以上のものが王国から入ってくるのでございますからねぇ」


「……本当に金のことしか考えてないね、あんた」


「ぐふふ。それが商人というものでございましょう?」


     ◇


「ところで」


執政官が口を開いた。


3人が彼を見る。


「先日の一件だが……あそこまでやる必要があったのか?」


「ほう?」


商人がゆっくり首を傾げた。


「何のお話でございましょう?」


執政官は、机の端に置かれた号外へ視線を移した。


「各国にも、それぞれ情報網がある」


「ええ」


「帝国などは、この国の動きをかなり細かく把握しているだろう」


執政官は商人を見る。


「あまりに一方へ寄った話を広めれば、かえって不信を招くことになる」


「ぐふふ……」


商人は腹を揺らして笑った。


「執政官殿は、相変わらずお堅いことで」


「何が言いたい?」


「私は、何も嘘など申しておりませんよぉ」


商人は指を1本立てる。


「違法な花は、王国の船から見つかった」


もう1本。


「その船長は、その後、自ら命を絶った」


さらに指を立てる。


「そして王国の使者が乗ってきた船は、我々の制止を振り切って逃げようとした」


男は満足そうに並べた指を眺めた。


「これだけ揃っていて、王国に何の責任もないと考える方が不自然ではございませんかねぇ?」


「王国から花が持ち込まれたと確定したわけではない」


「裁判になれば、おのずと結果は出たことでございましょう」


商人はねっとりと笑う。


「ですが、その前に船長本人がお亡くなりになった」


両手を軽く広げる。


「いやぁ、残念なことでございます」


「……」


「それに、執政官殿」


商人は号外を指先で、とん、と叩いた。


「民というものは、難しい話より、分かりやすい話を好むものなのでございますよ」


執政官は何も答えなかった。


――しかし、思っていたよりも……。


そこまで考えて、その先を飲み込んだ。


早く進みすぎた。


そう思っていた。


だが、今さら口にしたところで時間は戻らない。


目の前には、すでに王国からの宣戦布告が置かれている。


     ◇


「まぁ、難しい話はそのくらいにしとけ!」


軍事代表が豪快に笑った。


「向こうが戦うって言ってんだ! なら戦えばいい!」


そして、冒険者の代表を見る。


「傭兵を使うのは構わねえ。ただし、戦場じゃ軍の指揮に従ってもらうぞ」


「ああ。それでいいよ」


女は迷わず頷いた。


「好き勝手に暴れるのと、戦争は違うからね」


「分かってるじゃねえか!」


軍事代表は嬉しそうに笑う。


「強え奴がどれだけいるか、楽しみになってきたぜ」


「敵が弱くても文句言うんじゃないよ」


「馬鹿言え!」


男は髭を撫でた。


「強え奴との戦いは楽しい!」


そして、口元を吊り上げる。


「弱え奴を叩き潰すのも楽しい!」


「……あんたらしいね」


冒険者の代表は呆れたように笑った。


商人も立ち上がる。


「軍には勝利を」


じゃらり、と宝石が鳴った。


「冒険者には名誉と報酬を」


そして、自分の胸に手を当てる。


「我々商人には、大きな利益を」


「おい!」


軍事代表が笑う。


「そこは繁栄って言っとけ!」


「おや。これは失礼」


商人は悪びれる様子もなく笑った。


「では、都市国家にさらなる繁栄を」


軍事代表が太い手を机の中央へ伸ばした。


冒険者の代表が、その上へ手を重ねる。


商人も続いた。


「都市国家の繁栄のために!」


3人の声が重なった。


執政官は、その様子を椅子に座ったまま見ていた。


誰も負けるとは思っていない。


軍には、圧倒的な戦力差がある。


商人には、その先の利益が見えている。


冒険者には、再び力を振るう場所がある。


そして3人の代表が同じ方針を望んでいる以上、執政官が理由もなくそれを覆すことはできない。


それが、この国の仕組みだった。


だが――。


違法な花を王国が持ち込んだという確かな証拠は、まだない。


王国の使者であるブルーを襲ったのはこちらの民だった。


王国の船を沈めたのもこちらだ。


いつの間にか、実際に起きたことと、民に伝わっている話の間には大きな隔たりが生まれていた。


そして何より、王国について分かっていないことが多すぎる。


10年間、魔物の出る海を越えて交易を続けてきた方法。


長い鎖国を終えながら、都市国家との関わりをほとんど持とうとしなかった理由。


それらを何ひとつ明らかにしないまま――。


勝率100%。


そんな数字だけを信じて、戦争へ進んでいいのだろうか。


だが、王国からはすでに宣戦布告が届いている。


今になって自分だけが反対すれば、国を守ることより王国を庇ったと受け取られるかもしれない。


まして、軍事、商業、冒険者。


この国を支える3者すべてが、戦いを望んでいる。


執政官は、机の上の書状へ目を落とした。


止めるだけの根拠がない。


だが、進んでいいという確信もない。


その間で、彼の心だけが揺れていた。


少し遅れて。


執政官は静かに頷いた。


「……都市国家の繁栄のために」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。