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王国の使者

 カイが拘束されてから、2週間が経った。


 王国の交易船は、今も港につながれたままだった。


 船員たちは事情聴取を受け、積荷も調査を理由に留め置かれている。船長のカイについても、釈放の知らせはない。


 そんな港に、1隻の船が姿を現した。


 カイの交易船よりも、ひと回り小さい。


 よく手入れされた木造船で、船首には王国の旗が掲げられていた。


 見張り台の兵士が、港の係員を呼んだ。


「王国の船だ! 入港を求めている!」


 しかし、港から入港の許可は下りなかった。


 王国の船は沖合に錨を下ろし、しばらくして小舟を下ろした。


 数人の従者を伴い、小舟で岸へ降り立ったのは、青い髪の男だった。


「王国の使者、ブルーと申します。都市国家の執政官にお取り次ぎ願いたい」


 差し出された書状には、王国の印が押されていた。


 係員は書状を受け取り、男の顔を見直した。


「ブルー……もしや、10年前に?」


「ええ。最初の貿易交渉で、こちらへ伺いました」


 王国が国を開いたばかりの頃、都市国家を訪れた使者。


 当時の交渉を知る役人なら、その名を覚えていても不思議ではなかった。


「今回は、どのようなご用件で?」


「交易船からの定時連絡が途絶えましたので、状況を確認しに参りました」


 ブルーは港の奥へ目を向けた。


 岸壁には、見慣れた王国の交易船が停泊している。


 積荷を降ろす人夫の姿はなく、船の周囲には兵士が立っていた。


「……船は、あそこにあるのですね」


 係員は返答に迷った。


「船長に何かあったのですか?」


「詳しいことは、私の口からは……」


「分かりました。では、事情を伺える場所へ案内していただけますか」


 ブルーはそれ以上問い詰めなかった。


 ただ、係留された船から目を離すまでには、少し時間がかかった。


     ◇


 ブルーの到着を受け、都市国家では急遽、会談の場が設けられた。


 長机の一方に座るのは、都市国家の執政官。


 その左右には、軍事代表、ダンジョン代表、商人の代表者が並んでいる。


 都市国家の執政官は、この3人の代表によって選ばれる。


 軍事、ダンジョン、商業。


 それぞれの代表が都市国家の重要な分野を担い、執政官は国全体の方針を決める立場にあった。


 現在の執政官は、かつて商人として都市国家を支えていた人物である。


 10年前、王国との最初の貿易交渉にも参加していた。


 そのときの使者が、再び目の前に座っている。


「お久しぶりです。あの時は大変お世話になりました」


 ブルーは、4人へ静かに頭を下げた。


「こちらこそ。再びお会いできてうれしく思います」


 執政官が応じた。


「しかし、今回は穏やかな話ではなさそうですな」


「はい。交易船からの連絡が途絶えました。何が起きたのか、確認させていただきたいのです」


 執政官は表情を引き締めた。


「……王国の船、カイ殿の話ですな」


「はい」


 同席する役人が書類を開いた。


「こちらから、これまでの経緯をご説明いたします」


 役人は、港で行われた検査と禁制品の発見、カイの拘束について説明を始めた。


 ブルーは途中で口を挟まず、最後まで聞いていた。


「……つまり、我が国の交易船から、都市国家で禁じられている花が見つかったと」


「そのとおりです」


「そして、船長カイは現在も拘束されている」


「調査が終わっておりませんので」


 ブルーは執政官を見た。


「すでに2週間が経っています」


「こちらでも重大な問題として扱っており、調査を進めております」


「であれば、なぜ王国へ連絡がなかったのです?」


 執政官が答える前に、商人の代表者が口を開いた。


「事が事ですからな。船長に外部と連絡を取らせれば、証拠が失われるおそれもあります」


 その手には、宝石の指輪がいくつも光っていた。


 ブルーは商人の代表者へ顔を向けた。


「王国への正式な連絡も、ですか?」


「調査の途中で余計な混乱を招きたくなかったのですよ」


「……なるほど」


 ブルーはそれ以上言わず、手元の書類に目を戻した。


「では、発見された花について確認させてください。今回の正式な積荷には含まれておりませんね」


「取引記録には載っていなかったようです」


 答えたのは、ダンジョン代表だった。


「ただし、現物が船内から見つかっています。その点は無視できません」


 彼は机の上の資料を指した。


「あの違法な花によって、何人もの冒険者が引退に追い込まれています。出どころを明らかにしなければ、被害はさらに広がるでしょう」


「その点については、我々も協力いたします」


 ブルーは頷いた。


「花が発見されたのは、入港後の検査中と伺いました。船内に入った人員の記録はありますか?」


「あるはずです」


「積荷を降ろした者も含めて、確認されたのでしょうか」


 ダンジョン代表は隣の役人へ目を向けた。


「その記録は?」


「現在、照合を進めております」


「……まだ終わっていないのか」


 ブルーが、独り言のようにぽつりとつぶやいた。


 役人は小さく頭を下げた。


「関係者が多く、確認に時間がかかっておりまして……」


 ブルーは少し間を置いてから、口を開いた。


「花が船内にあったことと、それを王国から運んだことは、別の話です。どの段階で船内に入ったのか、確かめていただきたい」


「そこは我々も調べる必要があると考えています」


 ダンジョン代表は答えた。


「私としては、船長の責任を問うこと以上に、流通経路そのものを明らかにしたい」


 商人の代表者が軽く息を吐いた。


「だが、現に王国の船から見つかったのだ。その責任を曖昧にするわけにはいくまい」


「責任の所在を決めるためにも、調査が必要だと言っている」


「船長を自由にして、証拠を隠されては困るだろう。調査が終わるまでは、身柄を押さえておく必要がある」


 ダンジョン代表は、商人の代表者を見た。


「その調査が、進んでいないのではないか」


 2人の間に、短い沈黙が落ちた。


     ◇


「我々にも、守るべき国の秩序があります」


 今度は軍事代表が口を開いた。


「交易船であろうと、禁制品が発見された以上、船長を無条件で帰すわけにはいきません」


「無条件で帰せとは申し上げていません」


 ブルーは答えた。


「まず、船長との面会を希望します。本人がどのような説明をしているのか、直接確認したい」


「取り調べに影響が出る可能性がある」


 軍事代表が即座に返す。


「王国の使者と船長が会えば、口裏を合わせることも考えられますからな」


 ブルーの表情は変わらなかった。


「では、都市国家の役人に同席していただいて構いません。会話の内容も記録してください」


 執政官が頷いた。


「その形であれば、面会を認めることはできるでしょう」


「執政官」


 商人の代表者が声を上げた。


「まだ調査中ですぞ」


「だからこそ、王国側の説明も必要でしょう。こちらが一方的に船長を拘束し続けてよい話ではありません」


 執政官はブルーに向き直った。


「面会の手配はいたします。ただ、船長の身柄については、もう少しお時間をいただきたい」


「承知しました」


 ブルーは静かに頭を下げた。


「では、次に船と積荷についても確認したい。積荷の中には、都市国家の商人から注文を受けた品が多数あります。長く留め置けば、双方に損失が出るでしょう」


「まさに、その話です」


 商人の代表者が身を乗り出した。


「この件で、我々の商人たちも困っておりましてな」


「それは承知しています」


「10年にわたり、我々は王国との取引を続けてきた。今後も良好な関係を望んでいます。しかし、今回のようなことが起これば、これまでと同じ条件で取引を続けるのは難しい」


 ブルーは商人の代表者を見た。


「……今回の件と、取引条件にどのような関係が?」


「再発防止ですよ。荷の検査方法も、こちらからの買い付けも、見直す必要があるでしょう」


「調査結果が出る前に、その話をするのですか?」


「結果が出てからでは遅いこともある」


 商人の代表者は、机の上に置かれた書類を指で押した。


「王国にも、我々の要求を受け入れていただきたいのです」


 ブルーは書類を受け取った。


 そこには、今後の交易に関する条件の見直しと、今回の事件に伴う損失の補償について記されていた。


 しばらく目を通した後、彼は書類を机へ戻した。


「これは、今回の調査とは別の交渉と考えてよろしいですね」


「関係のない話ではありませんぞ」


「禁制品を誰が運んだのか、まだ分かっていないのでしょう」


 ブルーの声が、わずかに強くなった。


「ですから、その花がこの国へ持ち込まれた経緯を調べるため、我々も協力すると申し上げているのです」


 商人の代表者の指が、机を一度叩いた。


「王国の船から見つかった。それが事実ではありませんか」


「ええ。そこは否定しておりません」


 ブルーは商人の代表者を見据えた。


「ですが、船から見つかったというだけで、王国が運んだと決めつけられては困ります」


 先ほどまでの穏やかな声とは違っていた。


 ブルーは一度息を整え、4人を順に見た。


「まずは事実を明らかにしていただきたい。そのために必要な協力は惜しみません」


 執政官は口を開いた。


「取引条件については、調査の結果も踏まえて改めて協議しましょう。まずは船長との面会と、積荷の記録の確認を進めたい」


 ダンジョン代表も頷く。


「花の出どころを調べるため、こちらの記録も洗い直すべきです」


 軍事代表は腕を組んだまま、答えなかった。


 商人の代表者も、しばらく黙っていた。


 やがて執政官が、会談をいったん区切ることを告げた。


     ◇


 会議室を出たブルーは、従者から港の状況を聞いた。


 交易船は引き続き留め置かれ、船員たちの行動も制限されているという。


「船長への面会は?」


「役所から、後ほど案内を出すとのことです」


「そうですか」


 ブルーは窓の外を見た。


 港の外には、彼を乗せてきた船が錨を下ろしていた。


 入港は許可されておらず、従者たちを送り届けた小舟だけが岸壁に引き上げられている。


 一方、港の内側にはカイの交易船があった。


 同じ王国の旗を掲げた2隻の船。


 片方は入港を許されず、もう片方は出航を許されていない。


「取引条件の見直し、ですか……」


 従者が顔を上げた。


「いかがなさいますか」


「まずはカイに会います。何が起きたのか、本人の話を聞きましょう」


「承知しました」


 ブルーは手元の書類を閉じた。


 商人の代表者が差し出した要求書は、まだ従者の手にある。


 調査は終わっていない。


 船長の身柄も戻っていない。


 その段階で、王国に新たな取引条件が提示された。


 ブルーは、10年前の交渉を思い出していた。


 当時は、王国から差し出す品の多くを受け入れられないと言われた。


 それが今では、さらに多くを求められている。


 顔を合わせた相手は、あの頃とさほど変わっていない。


 けれど、10年という月日は、同じ人間が口にする要求さえ変えてしまうらしい。


「……人というのは、どうしようもないものですね」


 ブルーは、港の外に浮かぶ王国の船を見つめていた。

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