愛の力
拳が迫る。
「――っ!」
私は両腕を上げた。
ドンッ!!
「きゃっ!」
重い。
身体が大きく後ろへ飛ばされ、石の舞台を何度も転がった。
『オオーカ選手の猛攻! ピーチ選手、再び吹き飛ばされたぁぁぁっ!』
観客席から大きな歓声が上がる。
「はぁ……はぁ……」
私はゆっくりと立ち上がった。
肩が痛い。
脇腹も痛い。
この大会で、こんなに攻撃を受けたのは初めてだった。
対するオオーカ選手は、まだ余裕を残している。
「どうした」
巨大な身体を淡い光が覆っていた。
「愛の力で勝つんじゃなかったのか?」
「もちろんです!」
そう答えたものの。
正直、困っていた。
何度もオオーカ選手を吹き飛ばした。
でも、そのたびに舞台を囲う結界が受け止めてしまう。
私がやっているのは、相手を遠くへ飛ばすための攻撃だ。
今までは、それでよかった。
舞台から出せば勝ちだったから。
でも、今は違う。
「来い!」
「はい!」
地面を蹴る。
オオーカ選手の拳をかわし、その懐へ飛び込んだ。
「えいっ!」
両手で胸を押す。
ドンッ!!
巨体が宙を飛んだ。
そのまま舞台の外へ――。
ドォンッ!!
行かない。
また結界だった。
半透明の壁が大きく揺れ、オオーカ選手の身体を受け止める。
オオーカ選手は舞台へ着地すると、何事もなかったかのように肩を回した。
「惜しいな。これで三度目だ」
「むむ……」
「この結界がなければ、とっくに勝負は終わっていただろう」
オオーカ選手は拳を構える。
「だが――それがどうした」
その目が鋭くなる。
「相手を倒すつもりもない。ただ遠くへ飛ばすだけ」
「…………」
「そんな戦いをなめた拳に、勝利があると思うか?」
胸に刺さる言葉だった。
「場外という勝ち方を封じられただけで、お前の拳は何もできなくなった」
地面が鳴る。
巨体が一気に迫ってきた。
「わっ!」
一撃目をかわす。
二撃目。
両腕で受け止めた。
ズンッ!
「くっ……!」
腕が痺れる。
さらに三撃目。
「きゃっ!」
今度は避けられなかった。
再び身体が舞台を転がる。
『強い! やはりオオーカ選手は強い!』
実況の声が響く。
『ここまでほぼ無傷で勝ち上がってきたピーチ選手が、完全に攻め込まれています!』
「ピーチ!」
「頑張れー!」
「ピーーチ!」
観客席から声が聞こえる。
私の名前を呼んでくれている。
「…………」
なんだか。
嬉しかった。
最初にこの舞台へ出た時は、みんな変なものを見るような顔をしていた。
長い自己紹介をした時なんて、会場が静かになっていたくらいだ。
それなのに。
今は、こんなにもたくさんの人が私を応援してくれている。
私はゆっくりと立ち上がった。
「まだやるか?」
「はい!」
「そうか」
オオーカ選手が笑う。
「なら来い!」
再び拳を構えた。
その向こうに、半透明の壁が見える。
「…………」
あの壁。
あれがあるから、勝てない。
だから私は、どうやってオオーカ選手を倒せばいいのかばかり考えていた。
もっと強く殴る?
もっと強く押す?
戦えなくなるまで傷つける?
でも。
違う。
私は、そんなことをするために強くなりたかったんじゃない。
あの日。
もっと強くなろうと思った。
みんなを守れるくらい。
みんなの愛を守れるくらい。
もっと。
もっと強く。
「……そうか」
小さく声が漏れた。
「何だ?」
「分かりました!」
「何がだ」
私は走り出した。
「来るか!」
オオーカ選手もこちらへ向かってくる。
巨大な拳が振り抜かれた。
「っ!」
肩をかすめる。
痛い。
でも、止まらない。
そのまま横をすり抜ける。
「どこへ行く!」
目の前には結界。
私は拳を強く握った。
オオーカ選手を倒さなくていい。
人を傷つけなくてもいい。
だったら。
「邪魔なものを――」
大きく振りかぶる。
「壊せばいいんです!」
全力で拳を叩き込んだ。
「愛の力――フルマックスですっ!!」
ドンッ!!
闘技場そのものが揺れた。
「…………」
一瞬。
誰も声を出さなかった。
私の拳の先。
半透明の壁に、小さな亀裂が入っている。
ピシッ。
「あ」
そこから亀裂が広がった。
ピシッ。
ピシピシピシッ――!
「なっ……」
オオーカ選手の表情が変わる。
「馬鹿な!」
次の瞬間。
パァンッ!!
結界が砕け散った。
無数の光の欠片となって、空へ舞い上がっていく。
『こ……』
実況役の声が震える。
『壊したぁぁぁぁぁっ!!』
歓声が爆発した。
『ピーチ選手! オオーカ選手の結界を、正面から破壊しましたぁぁぁぁっ!』
「うおおおおおおっ!」
「ピーーチ!」
「ピーーチ!」
私は振り返る。
「これで」
オオーカ選手を見る。
「場外にできます!」
「…………」
オオーカ選手は、砕けた結界をしばらく見ていた。
やがて。
「ははっ」
笑った。
「そう来たか」
そして、もう一度拳を構える。
「だが!」
全身を覆う魔力が、さらに強くなる。
「結界を壊しただけで、勝ったつもりになるな!」
「もちろんです!」
同時に地面を蹴った。
「おおおおおおっ!」
オオーカ選手が大きく拳を振りかぶる。
私も拳を握った。
今度は避けない。
真正面から行く。
「愛の力です!」
二つの拳がぶつかった。
ドォンッ!!
巨大な音とともに、衝撃が舞台を駆け抜ける。
オオーカ選手の大きな拳。
私の小さな拳。
大きさだけなら、比べるまでもない。
それでも。
押されなかった。
「なっ……!」
「くっ……!」
拳と拳。
力と力。
大きな拳と小さな拳が、真正面から拮抗する。
『止まったぁぁぁぁっ!』
実況の声が響く。
『オオーカ選手の拳を! ピーチ選手が真正面から受け止めています!』
「おおおおおおっ!」
オオーカ選手がさらに力を込める。
「負けませんっ!」
私も拳へ力を込めた。
足元の石に亀裂が走る。
そして。
バンッ!!
互いの拳が弾かれた。
「ぐっ!」
「きゃっ!」
オオーカ選手が後ろへ下がる。
私も弾かれ、靴が石の上を滑った。
数歩。
お互いに距離が開く。
「…………」
オオーカ選手が、自分の拳を見る。
それから。
ゆっくりと笑った。
「いい拳だ」
「ありがとうございます!」
「だが、まだだ!」
「はい!」
もう一度。
二人同時に地面を蹴った。
オオーカ選手の拳が来る。
私は身体を横へずらし、その腕をかわした。
そして懐へ潜り込む。
「今度は――」
一歩。
深く踏み込んだ。
両手を胸へ当てる。
「私の番です!」
「――っ!」
押す。
ドンッ!!
オオーカ選手の巨大な身体が宙へ浮いた。
『飛んだぁぁぁっ!』
「ぐおおおおおっ!」
今度は。
止める壁がない。
巨体がそのまま舞台の外へ飛んでいく。
オオーカ選手は空中で身体をひねった。
どうにか舞台へ戻ろうとする。
だが。
届かない。
ドォンッ!!
舞台の外へ、両足が着いた。
「…………」
一瞬。
闘技場が静まり返った。
オオーカ選手は、自分の足元を見る。
舞台の外。
完全な場外だった。
「……ふっ」
やがて。
小さく笑う。
「負けたか」
その瞬間。
『場外ぉぉぉぉぉっ!!』
実況役の声が爆発した。
『勝者――!』
一拍。
『ピーチ選手ぅぅぅぅぅぅぅっ!!』
「うおおおおおおおおおっ!!」
闘技場が揺れる。
「ピーーチ!」
「ピーーチ!」
「ピーーチ!」
私の名前が聞こえる。
「やったぁ!」
思わず両手を上げた。
でも。
すぐに舞台の端へ走る。
「オオーカ選手!」
下を覗き込んだ。
「大丈夫ですかー!」
「ああ」
オオーカ選手は立ち上がり、身体についた土を払った。
「完敗だ」
「でも、すごく強かったです!」
「負かした相手が言うな」
「本当ですよ!」
「……そうか」
オオーカ選手は苦笑した。
そして。
「決勝も勝て」
「はい!」
決勝。
そうだ。
本当にここまで来た。
ユウト君。
約束。
守れましたよ。
「あっ!」
大事なことを忘れていた。
舞台の端へ走り、置いていたステッキを拾い上げる。
くるり。
ひらひらとした服が大きく広がった。
ステッキを天へ掲げる。
「愛の勝利です!」
ドンッ!
背後で桃色と白の光が爆発した。
大きな花。
無数の星。
きらきらと舞い落ちる光の粒。
「ピーーチ!」
「ピーーチ!」
「ピーーチ!」
みんなが笑っている。
みんなが、私の名前を呼んでくれている。
私は満面の笑顔で。
いつもの決めポーズを取った。




