愛の戦士
試合を終え、控室へ戻る。
まだ歓声が背中から聞こえていた。
勝った。
そう思うと、今さらになって少し嬉しくなってくる。
そんなことを考えながら通路を歩いていると、次の選手とすれ違った。
「あっ」
向こうから声をかけてきた。
「さっきの人だ!」
桃色の髪。
ひらひらとした服。
開会式で紹介されていた選手だ。
北の街からやって来た、ピーチ選手。
「ユウト君、だよね?」
「はい」
僕もそれほど大きい方ではない。
でも、彼女もかなり小柄だった。
体つきも細い。
鎧も着ていない。
それどころか、身につけているのは飾りの多い、ひらひらとした服だ。
どう見ても戦闘向きには見えない。
剣も槍も持っていない。
しいて武器らしいものを探すなら、手に持った小さなステッキくらいだ。
けれど。
それも人と戦うための武器には見えなかった。
「すごかったね!」
「見てたんですか?」
「うん!」
ピーチ選手は嬉しそうに何度も頷いた。
「すっごく綺麗な剣筋だった!」
「ありがとうございます」
「あなたが生きてきた時間が、そのまま剣に出てるみたいだった」
「……時間?」
「うん。それにね」
ピーチ選手が胸の前で両手を組む。
「愛にあふれてた!」
「…………愛?」
「そう!」
何を言われているのか分からない。
ピーチ選手は真剣だった。
「相手をちゃんと見てたでしょう?」
「まあ……」
「自分だけじゃなくて、相手のことも見て、考えて、それから剣を振ってた」
満面の笑顔になる。
「だから、あなたの戦いは愛にあふれてたわ!」
「はあ……」
褒められている。
たぶん。
その時。
ピーチ選手が僕の横を通り過ぎるようにして、背中を見た。
「あれ?」
「どうしました?」
「その鎧、なんて書いてあるの?」
「これですか?」
自分では背中が見えない。
でも、何のことかは分かった。
「この大会に参加するために、お金を出してくれたスポンサーの名前が書いてあるんです」
「スポンサー……」
「はい。踊り子の人で」
ピーチ選手の表情が、ほんの少しだけ変わった。
「そうですか」
それだけ言って。
彼女は少し寂しそうに目を逸らした。
「……?」
何だろう。
さっきまであんなに楽しそうだったのに。
「知ってる人なんですか?」
「ううん」
ピーチ選手は首を横に振る。
そして、すぐにいつもの笑顔へ戻った。
「何でもないよ」
「そうですか」
それ以上は聞かなかった。
でも。
少しだけ気になった。
あの踊り子さん。
いったい、どういう人なんだろう。
「あ、そうだ」
ピーチ選手が何かを思い出し、服の中を探る。
小さな瓶を一本取り出した。
「これ、あげる」
「何ですか?」
「回復薬」
「え?」
「控室にたくさん置いてあるから大丈夫!」
そうなのか。
僕は瓶を受け取った。
「ありがとうございます」
「うん!」
栓を抜き、そのまま飲む。
少し苦い。
でも。
「……おお」
すぐに体が軽くなった。
頬に残っていた傷へ触れる。
ない。
さっきまで痛んでいた腕も、ほとんど気にならなくなっている。
これなら。
次も戦えそうだ。
「すごいな、これ」
「でしょ?」
「助かりました。ありがとうございます」
「どういたしまして!」
ピーチ選手は笑った。
僕と彼女は、トーナメント表では反対側にいる。
もし戦うことになるなら。
かなり先だ。
「じゃあ」
僕は言った。
「決勝で会えたらいいですね」
ピーチ選手が一瞬、目を丸くする。
それから。
とても嬉しそうに笑った。
「うん!」
「応援してます」
「私も応援してる!」
これから自分の試合なのに。
他人を応援している場合なのだろうか。
そう思った。
でも。
どうしてか。
僕も彼女を応援したくなっていた。
「じゃあ、決勝で!」
ピーチ選手はステッキを掲げる。
「はい」
彼女はそのまま、闘技場へ続く通路を歩いていった。
◇
『さあ! 続いて第一回戦、第二試合!』
実況の声が響き渡る。
『まず登場するのは、今年初めて我が国の武闘大会に参加する国外選手!』
巨大な門から、桃色の少女が姿を現す。
『北の街からやってきた――ピーチ選手です!』
ピーチは舞台の中央まで進む。
そして。
突然、ステッキを天高く掲げた。
「みなさーん!」
拡声の魔法が、その声を拾う。
「愛、足りてますかー!」
「…………」
会場が静かになった。
ピーチは気にしない。
くるりと一回転。
戦いに向いているとは到底思えない、ひらひらとした服が大きく広がる。
「泣いている人には笑顔を!」
右手を突き出す。
「怒っている人には優しさを!」
左手を胸に当てる。
「そして!」
ステッキを両手で持ち、頭上へ掲げる。
「この世界すべてに、いっぱいの愛を!」
くるり。
さらに一回転。
「北の街から愛を届けにやって来ました!」
ステッキの先端が桃色に光る。
「愛と笑顔の戦士!」
片足を上げ。
胸の前でステッキを構える。
「ピーチちゃん! ただいま参上です!」
その瞬間。
ピーチがステッキを振り下ろした。
ドンッ!
背後で桃色と白の光が一斉に弾ける。
小さな星。
花びら。
きらきらと輝く光の粒。
まるで爆発したように広がり、ピーチの背後を派手に彩った。
もちろん、熱も衝撃もない。
完全に演出のためだけの魔法だった。
「…………」
闘技場が完全に静まり返る。
光の粒だけが、ゆっくり消えていく。
そして。
どこからか拍手が聞こえた。
ぱち。
ぱちぱち。
少しずつ増えていく。
最後には、それなりに大きな拍手になった。
『え、えー……』
実況役も少し困っている。
『非常に個性的な自己紹介、ありがとうございます!』
観客席から笑い声が上がった。
『対するは――剣の道一筋二十年!』
反対側の門が開く。
『ブモ選手!』
現れたのは、大柄な男だった。
厚い胸板。
太い腕。
腰には大きな剣。
ピーチと並べば、体格差は歴然だった。
『これまで数々の大会に出場してきた実力者! 果たして北の街の少女を相手に、どのような戦いを見せるのか!』
ブモは剣を抜く。
対するピーチは、手に持っていたステッキを見た。
「あ、これは置いておこう」
舞台の端まで歩いていき、そっと石の上へ置く。
そして。
何も持たずに中央へ戻ってきた。
『……ピーチ選手、まさかの素手です!』
観客席がざわつく。
ブモも怪訝そうに眉を寄せた。
「本当にそれでいいのか?」
「はい!」
ピーチは笑顔で答える。
「大丈夫です!」
ひらひらとした服。
細い腕。
小柄な体。
どう見ても、大剣を持つ男と戦う姿には見えない。
『両者、構えて!』
ブモが腰を落とす。
ピーチは。
何もしない。
ただ笑って立っている。
『それでは――』
一拍。
『試合開始!』
その瞬間。
ドンッ!!
闘技場全体に、大きな音が響いた。
舞台の上から土煙が一気に巻き上がる。
「…………え?」
何が起きたのか。
一瞬、誰にも分からなかった。
風に流され、土煙が少しずつ晴れていく。
舞台の中央。
そこにいるのは。
ピーチだけ。
ブモ選手がいない。
少し遅れて。
観客の誰かが、舞台の外を指差した。
「あそこだ!」
全員の視線が向く。
ブモ選手は。
舞台の外。
結界の手前に設けられた石壁へ、背中からめり込んでいた。
「…………」
静寂。
ピーチは舞台の端から顔を出す。
「大丈夫ですかー?」
ブモ選手は答えない。
どうやら気を失っているらしい。
『…………』
実況役も言葉を失っていた。
だが。
勝敗は明らかだった。
『しょ、勝者――』
声が裏返る。
『ピーチ選手ぅぅぅぅぅっ!!』
「うおおおおおおおおっ!?」
歓声というより。
悲鳴に近い声が、闘技場を揺らした。
その瞬間。
ピーチが舞台の端へ置いていたステッキを拾い上げる。
くるりと一回転。
ひらひらとした服が大きく広がった。
片足を引き。
片手を腰へ。
ステッキを高く掲げる。
「愛の勝利です!」
同時に。
ステッキの先端が強く光った。
ドンッ!
ピーチの背後で、再び桃色と白の光が爆発する。
今度は先ほどよりも派手だった。
大きな桃色の花。
無数の星。
きらきらと舞い落ちる光の粒。
その中心で。
ピーチは満面の笑顔のまま、完璧な決めポーズを取っていた。




