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武闘大会

 武闘大会当日。


 王都の中央にある巨大な闘技場は、朝から異様な熱気に包まれていた。


 石造りの巨大な円形闘技場。


 何層にも重なった観客席が、中央の舞台を囲んでいる。


 王都でも最大級の建造物であり、その規模は一つの街区に匹敵するほどだった。


 そして今日は、その観客席がほとんど埋まっている。


「うおおおおおおおおっ!」


 地面が震えるような歓声。


 空へ向かって放たれた空砲が、何発も続けて響く。


 その音が消えるより早く、今度は男の声が闘技場全体へ響き渡った。


『皆様、お待たせいたしました!』


 実況役の男が手にした魔道具に声を吹き込む。


 拡声の魔法によって、その声は巨大な闘技場の隅々まで届いていた。


『今年も、この日がやってまいりました! 年に一度の王国武闘大会!』


 再び大歓声が上がる。


『国内はもちろん! 今年は国外からも参加者が集まっております! 総勢百名! 最後まで勝ち残るのは、果たして誰なのか!』


 観客席から次々と声が飛ぶ。


『そして皆様、昨年の王者を覚えているでしょうか!』


 あちこちから名前が叫ばれる。


『もちろん今年は参加しておりません! 昨年の優勝によって賞金と名声を手にし、現在はとある貴族の専属護衛として働いております!』


 会場から拍手が起こる。


 武闘大会で結果を残せば、人生そのものが変わる。


 賞金だけではない。


 騎士団。


 貴族。


 大商会。


 腕の立つ者を求めている人間たちも、この大会を見ている。


『つまり! 今年は新たな王者が必ず誕生します!』


 実況役が大きく腕を振り上げた。


『それでは――選手入場です!』


 巨大な門が開く。


 百人の参加者が、一斉に闘技場へ姿を現した。


「うおおおおおっ!」


 歓声がさらに大きくなる。


 騎士。


 冒険者。


 傭兵。


 武術家。


 大剣を背負った男。


 二本の短剣を腰に下げた女。


 全身を鎧で覆った騎士。


 杖だけを持った老人。


 古今東西。


 さまざまな土地から集まった者たちが、中央へ進んでいく。


『今年も実に個性豊かな選手が集まりました!』


 実況役が参加者たちを見渡す。


『しかし! やはり今年、最も注目されているのはこの男でしょう!』


 一人の巨漢が前へ出た。


『オオーカ選手!』


 歓声が爆発した。


 身長二百二十六センチ。


 体重百八十キロ。


 周囲の参加者と並ぶと、頭一つどころではない。


 腕は普通の男の胴ほどもありそうだった。


 肩幅も異常に広い。


 一歩歩くだけでも、周囲の選手が小さく見える。


『前回大会、準優勝! 昨年はあと一歩のところで王座を逃しました!』


「オオーカ!」


「今年こそ優勝しろ!」


「今度はお前だ!」


 観客席から名前が飛ぶ。


 オオーカは太い腕を上げ、それに応えた。


『そして昨年の大会後! オオーカ選手にも複数の貴族から仕官の誘いがあったと言われています!』


 会場が少しざわめく。


『しかし――すべて辞退!』


 さらに歓声が上がった。


『理由はただ一つ!』


 実況役が声を張る。


『「今の自分の強さには、まだ納得できない」!』


「うおおおおおお!」


『金でも地位でもない! 求めるのはただ強さ! 昨年の敗北から一年、さらに鍛え上げてこの舞台へ戻ってきました!』


 オオーカは何も言わない。


 ただ中央に立ち、腕を組んでいる。


 その姿だけで、今年こそ優勝するという意思が伝わってくるようだった。


『今年こそ王座を掴むのか! 大注目のオオーカ選手です!』


 割れんばかりの歓声が響く。


『そして今年、もう一人注目したい選手がいます!』


 実況役の声が変わる。


『なんと、国外からの参加者です!』


 ざわめき。


『最近、我が国との交流が始まった北の街より参戦!』


 参加者の中から、一人の少女が前へ出る。


 桃色の髪。


 ひらひらとした服。


 手には、可愛らしい杖。


『ピーチ選手!』


「…………」


 一瞬。


 観客席の反応が遅れた。


 それから、ざわざわと声が広がっていく。


「……あれが?」


「騎士なのか?」


「ずいぶん小さいな」


「祭りの衣装じゃないのか?」


 ピーチはそんな声など気にした様子もない。


 杖を高く掲げ、満面の笑顔で観客席へ手を振った。


『ずいぶんと特徴的な姿ですが、北の街を代表しての参加です! どのような戦いを見せてくれるのでしょうか!』


 ぱちぱちと拍手が起こる。


 オオーカの時と比べれば、かなり小さい。


 それでもピーチは楽しそうだった。


     ◇


『それではここで、第一王子テル殿下よりお言葉をいただきます!』


 貴賓席から、金髪の青年が立ち上がる。


 第一王子テル。


 その隣には、もう一人。


 鮮やかな赤い髪の女性が立っていた。


 アルティナだ。


 昨日の前夜祭とは違い、今日は少し動きやすそうな服装をしている。


 テルが立ち上がると、アルティナも一緒に立った。


 そして。


「…………」


 なぜか観客席へ向かって笑顔で手を振り始めた。


 それに気づいた観客たちから、歓声が上がる。


「北の使者だ!」


「赤い髪の人だ!」


 アルティナはさらに手を振る。


 テルが一瞬だけ横を見る。


 だが、止める理由もないと思ったのか、そのまま前を向いた。


 会場が少しずつ静かになる。


 テルの前には、声を広げるための魔道具が置かれていた。


「本日は、この大会のために各地から多くの者が集まってくれたことを嬉しく思う」


 その声が闘技場全体へ響く。


「この武闘大会は、年に一度。我が国の戦士たちの力を示すために行われている」


 テルは百人の参加者を見渡した。


「もちろん、国を支えているのは戦士だけではない」


 農地を耕す者。


 物を作る者。


 商いをする者。


 家族を守る者。


「この国で暮らすすべての者、その一人一人の力が、この国を支えている」


 観客席が静かにその言葉を聞いている。


「そして、もしこの国に外敵が現れた時には」


 テルは中央に並ぶ参加者たちへ視線を向けた。


「今日ここに立つ者たちが、きっと皆を守るために力を振るってくれるだろう」


 一瞬。


 参加者たちの表情が変わった。


 胸を張る者。


 武器を握り直す者。


 小さく笑う者。


 その横では、アルティナが相変わらず観客へ手を振っている。


「だが、今日ここに立つ理由は人それぞれだと思う」


 賞金のため。


 名誉のため。


 腕試しのため。


 仕官するため。


 それぞれ違う。


「皆、それぞれの思いを持って、この場所まで来たはずだ」


 テルは少し間を置いた。


「その思いを胸に、今日一日、精一杯戦ってほしい」


 一瞬の静寂。


 そして。


「おおおおおおおおおっ!」


 百人の参加者が、一斉に雄叫びを上げた。


 それにつられるように、観客席からも歓声が上がる。


 アルティナも楽しそうに拍手している。


 武闘大会が始まった。


     ◇


 選手控室。


 ユウトは一人、腰掛けていた。


 手には一本の剣。


 鞘から少しだけ抜き、刃を見る。


「…………」


 この一週間。


 ほとんど毎日、剣を振った。


 踊り子が参加費だけでなく、宿代や食事代まで出してくれたおかげで、金の心配をせずに訓練へ集中できた。


 朝起きて。


 走って。


 剣を振る。


 休んで。


 また剣を振る。


 祖父から教わったことを、一つずつ思い出した。


「じいちゃん……」


 ユウトは剣の柄を握る。


 祖父が打った剣。


 刃だけを見れば、新品と言われても信じる者がいるかもしれない。


 欠けはなく。


 錆もない。


 祖父が大切に手入れしてきた剣を、ユウトも同じように手入れしてきた。


 だが。


 柄だけは違った。


 黒ずんでいる。


 祖父が握り。


 その後、ユウトが握った。


 何度も。


 何度も。


 使い続けた証だった。


 ユウトは柄を強く握る。


「……よし」


 緊張はしている。


 それでも、不思議と怖くはなかった。


 ここからだ。


 ここで勝つ。


 金貨百枚を手に入れる。


 そして。


 勇者として名を上げる。


 その時。


『次の試合に出場する選手を発表します!』


 闘技場から実況の声が響いてくる。


 何人かの名前が呼ばれる。


 ユウトは立ち上がった。


『――ユウト選手!』


「来た」


 剣を鞘へ戻す。


 祖父のお古の防具を確かめる。


 背中には、自分では読むことのできない文字。


 あの踊り子の芸名が、特殊なインクで大きく書かれている。


「……これだけはちょっと恥ずかしいけど」


 今さら仕方がない。


 ユウトは控室の出口へ向かった。


 眩しい光が差し込んでいる。


 その向こうから聞こえるのは、大勢の観客の声。


 剣の柄に手を置く。


「行こう」


 ユウトは初めて。


 武闘大会の舞台へ足を踏み出した。

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