EP 7
死蟲機襲来! ……え、これただの極大海老天じゃないですか?
カーン! カーン! カーン!
ポポロ村の広場に、けたたましい非常警報の鐘の音が鳴り響いた。
普段はのどかな限界集落が、一瞬にして恐慌状態に陥る。
「総員、防衛ラインを展開! 敵は上空、数は……数百! 『死蟲機』の群れです!」
自警団リーダーのマンミアが、愛用のパイルバンカー式シールド『アグニ』を構えながら絶叫した。
空を真っ黒に染め上げて飛来するのは、死蟲王サルバロスの手先である機械生命体『死蟲機』。鋼鉄すら容易く噛み砕く大顎と、銃弾を弾き返す強固な外殻を持った、正真正銘の殺戮兵器だ。
それが、羽音で空気を震わせながら、村の畑や住居を目掛けて一直線に降下してくる。
「くっ……! なぜこんな辺境の村に、死蟲機の大群が……!」
マンミアの額を冷や汗が伝う。
村の武装でも数匹なら対処できるが、数百の群れとなれば話は別だ。村が蹂躙され、更地にされるまで数分もかからないだろう。
村人たちが絶望に顔を歪め、逃げ惑い始めた。
◆ ◆ ◆
時を同じくして、ポポロ村を見下ろす小高い丘の上。
課金勇者ゼロスは、空中に展開したゴッドチューブの配信モニターを見ながら、下劣な笑い声を上げていた。
「ヒャハハハ! いいぞ、もっと逃げ惑え! 絶望しろ!」
この襲撃は、ゼロスが裏で手を回して引き起こしたものだ。
彼の目的はただ一つ。村が死蟲機によって火の海になり、村人たちが絶望のどん底に叩き落とされた瞬間、自分が颯爽と登場して魔物を一掃し、『悲劇から村を救った悲星の勇者』として全世界からスパチャと称賛を浴びること。
「さぁ、配信の視聴者ども! 見ているか、この可哀想な村を! 俺が、俺の課金ステータスが、今からあいつらを救ってやるからな……! まあ、あと三分くらいは悲鳴を楽しまないと絵にならないがな!」
ゼロスは最高の『炎上動画』の台本が完璧に進行していることに、酔いしれていた。
あの生意気な料理人も、今頃は鋼鉄の顎に噛み砕かれて泣き叫んでいるに違いない、と。
◆ ◆ ◆
一方、その頃のポポロ・コーポ厨房前。
「……うるせぇな。換気扇の音が聞こえねぇだろうが」
白いコックコートに前掛け姿の牧野タダシは、両手に巨大な菜箸と愛用の牛刀を持ったまま、不機嫌そうに空を見上げていた。
キャルルとリーザが、タダシの背中にしがみついて震えている。
「タ、タダシ様! 逃げてください! あれは死蟲機です! 外殻は魔法すら弾く、殺戮のための魔物なんです!」
「魔物ねぇ」
タダシは目を細め、急降下してくる鋼鉄の機械昆虫たちをじっくりと観察した。
節くれだった硬そうな装甲。何本も生えた足。そして、先端に向かってシュッと細くなるフォルム。
「……どう見ても『殻付きのエビ』にしか見えねぇんだが」
「えっ?」
キャルルが間の抜けた声を出す。
だが、タダシの目には本気でそうとしか見えていなかった。伊勢海老か、あるいは特大のブラックタイガーか。どちらにせよ、これだけ大量に空から降ってくるなら、仕入れの手間が省けて丁度いい。
「今日のまかないは『極大エビフライ』に決まりだな。キャルル、油の準備だ。温度はきっちり180度に保てよ」
「えっ!? あ、はいっ!」
タダシが牛刀を構えた瞬間、彼の周囲の空気が一変した。
【絶対解体調理】の発動。
世界を切り裂く、料理人の絶対法則が展開される。
「エビの下処理の基本。まずは頭を落とし、殻を剥き、背ワタを取る。……そして、揚げる時に丸まらないよう、腹に隠し包丁を入れる!」
タダシが大地を蹴った。
空を覆い尽くしていた数百の死蟲機に対し、タダシの牛刀が銀色の残像となって虚空に網の目を描く。
――スパーーーーンッ!! ズバババババッ!!
「ギィィィ……!?」
死蟲機たちが、空中でわけもわからず悲鳴のような駆動音を漏らした。
銃弾を弾き返すはずの超硬度外殻(エビの殻)が、まるで薄皮のようにツルリと剥がれ落ちる。
動力源である機械コア(背ワタ)が、ピンポイントで剔出される。
腹部(装甲の継ぎ目)に完璧な等間隔で隠し包丁が入れられ、ピーンと真っ直ぐな姿勢に矯正される。
「な、なんだアレはぁぁっ!?」
防衛ラインで絶望していたマンミアが、目玉を飛び出させて叫んだ。
空を覆っていた恐ろしい機械の群れが、タダシが一閃するたびに、白くてプリプリとした『巨大な剥きエビのむき身』へと次々に変換され、ボトボトと広場に落ちていくのだ。
「よし、下処理完了。次は衣だ」
タダシは流れるような動作で、タローマートで仕入れておいた小麦粉、卵、そしてパン粉の入った巨大なボウルを広場に持ち出した。
落ちてきた『極大エビ(元・死蟲機)』に、バフバフと手際よく衣をつけていく。
「キャルル、油の温度はどうだ!」
「ひゃ、180度です! 魔導ヒーターでバッチリです!」
「上等。いくぞ」
タダシは、衣をまとった特大のエビを、煮えたぎる大鍋の油の中へ次々と投入した。
――ジュワァァァァァァァァァッ!!!
戦場に似つかわしくない、しかし人類が本能的に抗えない『揚げ物の神聖な音』が響き渡った。
パチパチと油が跳ねるたびに、パン粉がキツネ色に色づき、香ばしい匂いがポポロ村全体を包み込んでいく。
「揚がった端から油を切るぞ。リーザ、網を用意しろ!」
「はいれすっ! ジュルリ……っ」
わずか数分の出来事だった。
村を滅ぼすはずだった数百の死蟲機の大群は、一匹残らず『キツネ色に輝くサクサクの極大エビフライ』となって、広場のテーブルの上に山のように積み上げられていた。
「よし、完成だ。『死蟲機の特大フライ定食』。衣がサクサクのうちに食え」
タダシが前掛けで手を拭きながら言うと、呆然としていた村人たち――そしてマンミアたち自警団が、吸い寄せられるようにエビフライの山へと群がった。
「い、いただきます……っ!」
マンミアが、自分の顔ほどもある特大エビフライにかぶりつく。
サクッ! という軽快な音の直後、中から弾けんばかりのプリプリとした身と、魔力由来の濃厚な旨味が溢れ出した。
「お、おいしぃぃぃぃっ!! 何ですかこの弾力! 噛めば噛むほど甘味が広がって……タルタルソースの酸味と完璧に合います!」
「エビ天しゅきぃ……衣がサクサクで、尻尾まで食べられちゃうれすぅ!」
リーザも両手にエビフライを持ち、幸せそうに頬を緩ませている。
死蟲機の身は、タダシのスキルによって旨味が極限まで濃縮されており、食べれば食べるほど闘気と魔力が湧き上がってくる『超バフ食品』へと昇華されていた。
恐怖と絶望に包まれていたポポロ村は、いつの間にか笑顔と咀嚼音が飛び交う『大エビフライ・ランチパーティー』の会場へと変貌していた。
◆ ◆ ◆
「…………は?」
丘の上。
ゴッドチューブの配信モニターを見つめていたゼロスは、口を半開きにしたまま完全にフリーズしていた。
彼が思い描いていた『村の全滅』と『勇者の劇的登場』という悲劇の台本。
それが今、画面の向こうで『サクサクのエビフライ』として村人たちの胃袋に収まっている。
配信のコメント欄は、完全に狂乱状態だった。
『エビフライwwwww』
『ヤバい、めっちゃ美味そう!!』
『死蟲機ってエビだったのかよwww』
『衣のサクサク音がASMRすぎる』
『悲劇の村を救う配信じゃなかったの? ただの超極上メシテロチャンネルじゃん!』
『タダシ神! タダシ神!』
「ふ、ふざけるなァァァァッ!! 俺の完璧な計画が! 俺の悲劇のシナリオがぁぁッ!」
ゼロスは怒りのあまり、持っていた高価な魔導通信石を地面に叩きつけて粉々に踏み砕いた。
莫大な課金と、ワイズとの契約によって仕込んだ最強の盤面が、たった一人の料理人の『昼飯の仕込み』によって台無しにされたのだ。
「あのクソ料理人……絶対に許さねぇ。次は、エビフライになんて出来ない『本物の神話級の絶望』を連れて行ってやるからな……!」
血走った目でポポロ村を睨みつけるゼロス。
しかし、彼がどれだけ強大な『絶望』を用意しようとも、それがタダシの厨房において『メインディッシュ』のランクを上げる結果にしかならないことを、彼はまだ知る由もなかった。
読んでいただきありがとうございます。
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