EP 6
課金勇者ゼロス来襲。俺の村で「自作自演」の三文芝居はやめろ。
トントントントントン。
早朝のポポロ・コーポの厨房に、小気味良い包丁の音が響き渡る。
タダシは、まな板の上で特産の『たまんネギ』を淀みない手つきで微塵切りにしていた。エロ本を取り上げられて賢者モードに入ったというこのネギは、水分量が多く、刻むだけで甘い香りが広がる。
「タダシざまー、今日の朝ごはんはなんですかぁ?」
「つまみ食いするな。手を洗ってから来い」
背後から忍び寄って茹で卵を掠め取ろうとしたリーザの手の甲を、タダシは菜箸でピシャリと弾いた。
芋ジャージ姿のリーザが「あうっ」と涙目になるが、タダシは容赦しない。料理人にとって、厨房の衛生管理は絶対だ。
「今日は和風ハンバーグだ。ロックバイソンの挽き肉に、このネギを練り込んで肉汁を閉じ込める」
「は、ハンバーグ……! 朝からそんなご馳走が……!」
食堂のテーブルで待機していたキャルルが、ウサギ耳をピンと立てて目を輝かせる。
村長としての激務をこなす彼女にとって、タダシの作る朝食は一日の最大のモチベーションとなっていた。
タダシが手早く肉をこね、フライパンに火を入れようとした、その時。
「――どいてください! この村は絶対中立地帯です! 武装したままの立ち入りは固くお断りしています!」
窓の外、ポポロ村の広場の方から、村の自警団リーダー・マンミアの緊迫した声が聞こえてきた。
ケンタウロス種である彼女は、パイルバンカー式の盾を構え、村の入り口を塞ぐように立ちはだかっていた。
タダシとキャルルが窓から顔を出すと、そこには異様な集団がいた。
重武装の騎士たちを引き連れて先頭に立つのは、けばけばしい装飾が施された黄金の鎧を着た、見目麗しい青年だ。
不自然なほど真っ白な歯と、整いすぎた顔立ち(タダシの目には整形の痕跡がうっすら見えた)。そして彼の周囲には、天界のゴッドチューブ配信用の『次元カメラドローン』が何機も飛び回っている。
「ハハハ! 固いことを言うなよ、ケンタウロスのお嬢さん。俺は怪しい者じゃない。君たちのような可哀想な辺境の民を救済しに来たんだ」
青年は、マンミアを無視してカメラのレンズにバッチリと視線を合わせ、爽やかな笑顔(作り笑い)を浮かべた。
「俺の名はゼロス・ディバイン! 全世界が注目する、最強の『勇者』さ!」
彼こそが、炎上神ワイズと裏で契約を結んでいる『課金勇者』ゼロスだった。
ユニークスキル【マネー】により、莫大な金をシステムに注ぎ込むことでステータスを限界突破させた、作られた英雄。彼はゴッドチューブでの再生数と名声のためだけに、自作自演の悲劇を作っては解決するマッチポンプを繰り返していた。
「村長を出してくれ。近々、この辺りに凶悪な魔王軍の残党が現れるという『予知』があってね。俺が保護してやると言っているんだ」
「予知だと……?」
タダシの横で、キャルルが顔をしかめた。
そんな情報はギルドからも、三大国の軍からも入っていない。
「私が行きます。村長として、あんな無礼な輩をのさばらせておくわけにはいきません」
キャルルは村長の顔になり、足早に広場へと向かった。
タダシは火を止め、エプロンで手を拭きながら、ゆっくりとその後を追う。
「あなたが勇者殿ですか。私はポポロ村村長のキャルル・ムーンハートです。保護のご提案は感謝しますが、当村には優秀な自警団がおりますゆえ、お引き取りを」
広場に出たキャルルが、毅然とした態度でゼロスに相対する。
ゼロスはキャルルのウサギ耳と、その愛らしい容姿を上から下まで舐め回すように見つめ、下劣な笑みを浮かべた。
「へえ、君が村長? こんな小娘がね。強がらなくていいんだぜ。魔獣が来たら、君の細い腕じゃ何もできないだろ?」
ゼロスはカメラを意識しながら、キャルルの肩に馴れ馴れしく手を伸ばそうとした。
「俺の保護下に入れば、安全と――」
パシッ。
ゼロスの手がキャルルに触れる寸前、その手首が横からガシリと掴み止められた。
「……あ?」
「汚ぇ手で、ウチの村長(常連客)に触るな」
低い、地の底から響くような声。
ゼロスが視線を向けると、そこには白いコックコートを着たタダシが立っていた。手には、今しがたまで調理に使っていた愛用の『牛刀』が握られている。
「なんだテメェは! 料理人風情が、この俺に気安く触るな!」
ゼロスは慌てて手を振り払い、タダシを睨みつけた。
「俺を誰だか分かってるのか!? 俺はレベル100を超えた『勇者』だぞ! 莫大な資産(課金)で手に入れた、この神話級の黄金の鎧と聖剣が見えないのか!」
ゼロスがこれ見よがしに腰の聖剣をガチャつかせ、ステータス画面を空中に投影して見せびらかす。
確かに数字だけを見れば、英雄クラスの暴力的な数値が並んでいた。
しかし。
「見えねぇな」
タダシの瞳は、一切の感情を排した絶対零度の冷たさを帯びていた。
プロの料理人が、鮮度の落ちた腐りかけの食材を吟味するような、無機質な目。
「俺の目には、お前はただの『賞味期限切れのクズ肉』にしか見えん」
「なっ、クズ肉だと……!?」
「中身がスッカラカンのステータスだけ張りぼてにして、綺麗に見せかけてるだけの脂身だ。……厨房のゴミ箱にも入れたくねぇ」
その瞬間、タダシの体から【絶対解体調理】の圧倒的な覇気が放たれた。
「ヒッ……!?」
ゼロスは思わず息を呑み、半歩後ずさった。
彼の目には、タダシがただの料理人には見えなかった。自分が巨大なまな板の上に転がされた、ただの『肉の塊』であり、タダシの牛刀が一閃すれば、自分の黄金の鎧ごと三枚におろされる――そんな死の幻覚が、脳裏に強制的に焼き付けられたのだ。
「う、嘘だろ……俺のステータスはレベル100だぞ……どうして俺が、こんな一般人に……!」
足が震え、黄金の鎧の中で冷や汗が滝のように流れ落ちる。
圧倒的な『格(存在の次元)』の違い。金で買っただけの数字など、タダシが厨房で積み上げてきた『本物の包丁の重み』の前では、紙切れ以下の価値しかなかった。
「……仕込みのハンバーグが冷める。三秒以内に俺の村(厨房)から消えろ」
タダシが牛刀の切っ先をスッとゼロスに向けた。
「ひぃぃっ! わ、分かった! 引いてやるよ!」
ゼロスはカメラの前であることをすっかり忘れ、無様な悲鳴を上げて取り巻きの騎士たちと共に後ずさった。
しかし、村の入り口まで逃げたところで、彼は顔を真っ赤にして振り返り、負け惜しみのように叫んだ。
「お、覚えてろよテメェら! すぐに魔王軍の『死蟲機』の大群がここを襲う! その時になって、俺に泣きついてきても遅いからな!!」
「……」
捨て台詞を吐いて逃げ去っていくゼロス一行。
広場に静寂が戻り、マンミアがため息をつきながら警戒を解いた。
「タダシさん、助かりました。しかし、死蟲機の群れが来ると言っていましたが……」
「気にするな。頭のイカれたチンピラの戯言だ」
タダシは牛刀を鞘に納め、何事もなかったかのように振り返った。
「それより、ハンバーグが焼けるぞ。メシの時間だ」
「わぁぁっ! 帰ります! すぐ帰ります!」
キャルルがパァッと顔を輝かせ、タダシの後を小走りで追いかける。
課金勇者など、ポポロ村の朝食の前には取るに足らない存在だった。
――しかし。
ゼロスの吐いた捨て台詞は、決してただの脅しではなかった。
彼と炎上神ワイズの契約により、凶悪な機械生命体『死蟲機』の群れは、すでにポポロ村のすぐそこまで迫っていたのだ。
ゴッドチューブで最高の「炎上動画」を撮るためだけに。
だが、彼らはまだ気づいていない。
狂暴な外殻を持つ死蟲機が、タダシの目には【新鮮な殻付きのエビ】にしか見えないという、致命的な事実に。




