EP 5
神様、聖獣、元魔将。訳ありだらけの『ポポロ・コーポ』寮長に就任しました。
「タダシ様、ここが私の家……兼、ポポロ村の独身寮『ポポロ・コーポ』です!」
キャルルが自慢げに両腕を広げた先には、木造三階建ての、いかにも昭和の香りが漂うアパートが建っていた。
家賃は光熱費込みで月三万円。人間、獣人、エルフ、魔族、そして神族までが一つ屋根の下で暮らす、アナステシア世界において最もカオスな集合住宅である。
「なるほど、悪くない。で、俺が今日からここの『まかない兼寮長』ってわけか」
「はい! ぜひお願いします! リーザちゃんも今日からここに住みますし!」
「よろしくお願いしまずぅ! タダシざまのご飯がないと、私、また雑草を食べることに……!」
芋ジャージ姿のリーザが、タダシのコックコートの裾を必死に握りしめている。
タダシは小さく溜息をつき、コーポの入り口である共同食堂の扉を開けた。
「とりあえず、厨房を見せ――」
ガラッ。
タダシの言葉は、途中でピタリと止まった。
共同食堂の中は、地獄だった。
テーブルの上には、食べかけのカップ麺の容器がピラミッドのように積み上げられている。
床にはスナック菓子の空き袋が散乱し、流し台には三日は洗われていないであろう食器が山積み。
そして、コタツの中で芋ジャージを着た女性が、片手に缶ビール、もう片手に魔導通信石を持ちながら、ゴロリと寝転がっていた。
「あー、月人くんどちゃくそ尊い……課金しよ……あっ、キャルルおかえりー。ご飯できたー?」
「ルチアナ様! また共有スペースをこんなに散らかして!」
キャルルが怒るのも無理はない。
この堕落しきったジャージ女こそ、アナステシア世界を創造した女神ルチアナその人である。
「むにゃ……って、あれ?」
ルチアナがスマホから目を離し、キャルルの隣に立つタダシを見た瞬間、ピシッと動きが止まった。
「あ、あれ!? 君、終電の電車で隣に座ってた社畜のお兄さんじゃん! なんでここに!?」
「……やっぱりお前か」
タダシの額に、青筋がピキッと浮かんだ。
仕事帰りの自分に「人生やり直してみる?」と声をかけ、勝手に異世界へ飛ばした元凶。まさかこんな限界集落のアパートで、空き缶とカップ麺に囲まれているとは。
「うっわ、ルチアナまた散らかしてんのかよ。俺の景品置く場所ねーだろ」
そこへ、パチンコ屋の景品が入った大きな紙袋を抱えたイケメンの青年――狼王フェンリルが帰ってきた。彼はタバコを吹かしながら、足でカップ麺の容器をどける。
「ちょっと! 静かにしてくれない!? こっちは書類仕事で三日徹夜なのよ! エナジードリンクどこ!?」
さらに奥の部屋からは、目の下に深いクマを作った絶世の美女――不死鳥フレアがフラフラと現れた。
神々、聖獣。
世界を揺るがす力を持つはずの彼らは、この『ポポロ・コーポ』において、ただの【食生活が破綻したダメ大人たち】へと成り下がっていた。
「…………」
タダシは、黙ってエプロンの紐をギュッと結び直した。
異世界に飛ばされた怒りなど、今の彼にはどうでもよかった。
それよりも、料理人としての『魂』が、この惨状を絶対に許さなかった。
「おい、そこの神サマとケダモノども」
タダシの底冷えする声が、食堂に響き渡った。
ルチアナたちがビクッと肩を震わせる。
「食生活が乱れすぎだ。厨房をゴミ捨て場にして、自分の体までゴミ箱にする気か」
「えっ、あ、いや、仕事が忙しくて……」
「言い訳は聞かん」
タダシは目にも留まらぬ速さでシンクの洗い物を片付け、ゴミを分別し、あっという間に厨房をピカピカに磨き上げた。
その神がかった手際に、神々がポカンと口を開ける。
「今から俺がメシを作る。お前らはそこに座って、行儀よく待ってろ。いいな?」
「「「は、はい……」」」
タダシの『料理人の覇気』に気圧され、女神も聖獣も正座でテーブルについた。
タダシは冷蔵庫(魔導冷機)を開け、中にある数少ない食材と、先ほど解体したデス・ボアの肉を取り出す。
手始めに、米麦草を研ぎ、土鍋でふっくらと炊き上げる。
続いて、デス・ボアのバラ肉と月見大根を取り出し、特製の出汁と醤油草で一気に煮込む。タダシの【絶対解体調理】の応用である【時間短縮】スキルにより、通常なら数時間かかる煮込みが数分で完了する。肉は箸で切れるほどトロトロになり、大根には旨味が極限まで染み込んだ。
さらに、太陽芋をすり潰して作ったポテトサラダと、フライパンで鮮やかに巻き上げた『出汁巻き玉子』を小鉢に添える。
「よし、できたぞ」
タダシがお盆に乗せて運んできたのは、見た目にも美しい【究極の和定食】だった。
「「「…………っ!!」」」
テーブルに並べられた瞬間、神々の顔色が変わった。
ツヤツヤと輝く白米。立ち上る出汁の暴力的なまでの香り。デス・ボアと月見大根の琥珀色の煮物は、見ているだけで脳髄を痺れさせる。
「食え。冷めるぞ」
タダシの合図とともに、全員が一斉に箸を伸ばした。
「はぐっ……!? な、なにこれぇぇぇ!」
ルチアナが、出汁巻き玉子を口に入れた瞬間、大粒の涙をボロボロと流した。
ジャンクフードで荒れ果てていた女神の胃袋に、優しい出汁の風味がじんわりと染み渡る。
「うまっ……!! 嘘だろ、この大根、口の中で溶けやがった……!」
フェンリルが、デス・ボアの豚バラ大根を白米に乗せ、猛然と掻き込んでいる。ギャンブルで荒んだ心が、完璧な家庭の味によって浄化されていく。
「あぁ……細胞が……私の死にかけていた細胞が、蘇っていくわ……」
フレアに至っては、ポテトサラダを食べただけで全身から不死鳥のオーラ(超回復バフ)を立ち昇らせ、三日間の徹夜の疲労を完全にリセットさせていた。
キャルルとリーザも、当然のように山盛りのご飯をおかわりしている。
食堂には、ただひたすらに「咀嚼音」と「美味い」という嗚咽だけが響き渡った。
「ごちそうさまでしたぁぁっ!!」
五分後。
全員の食器がピカピカに空になっていた。
ルチアナはタダシの足元にすがりつき、顔を擦り付けている。
「タダシお兄さん! 異世界に勝手に飛ばしてごめんなさい! だから、だから一生私のためにご飯を作ってください! もうカップ麺の生活には戻れないのぉぉ!」
「俺はてめぇ専属のコックじゃねぇ。だが……」
タダシは腕を組み、空になった皿を見下ろしてフッと笑った。
「美味そうに食う奴に、メシを出し惜しみする気はない。今日から俺が、このコーポの『まかない寮長』だ」
「「「うおおおおおっ!! 寮長バンザイ!!」」」
神様、聖獣、村長、そしてアイドル。
この瞬間、アナステシア世界における最高峰の権力者たちの【胃袋】は、一人の社畜料理人によって完全に支配されたのだった。
◆ ◆ ◆
その夜。
コーポの寮長室で、タダシは明日の仕込みの献立を考えていた。
「(まあ、騒がしいが悪い連中じゃなさそうだ。食材も面白いし、悪くない職場だな)」
タダシが安らかな眠りについた、その頃。
ポポロ村の境界線に、不穏な影が迫っていた。
「ここが、あの小賢しい料理人のいる村か」
月明かりに照らされた、けばけばしい黄金の鎧。
炎上神ワイズと契約を交わした『課金勇者』ゼロスが、取り巻きの兵士たちを引き連れ、薄ら笑いを浮かべていた。
「ワイズ様の指示通り、ここで最高の『悲劇の生配信』を撮らせてもらうぜ。あの料理人は、俺の引き立て役として泣き叫んでもらおうか」
ゼロスは自身のステータス画面――課金によって不当に底上げされた『レベル100』の数字を見て、下劣な笑い声を上げた。
翌朝。
タダシの厨房を荒らす『最悪の不法侵入者』が、ポポロ村に乗り込んでくることを、タダシはまだ知らない。
だが、それが勇者であろうが何であろうが、タダシのまな板の上に乗れば、等しく『三枚おろし』にされる運命にあるのだ。
読んでいただきありがとうございます。
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