EP 4
天使のゴッドチューブ配信? 俺の仕込みの邪魔をするなら、神のカメラも三枚におろすぞ。
「ふぅ……食った食った。まさか異世界に来て初日に、こんなに包丁を振るうことになるとはな」
限界集落ポポロ村の広場。
タダシは空になった大鍋を前に、満足げな息を吐いていた。
その傍らでは、ウサギ耳の村長キャルルと、芋ジャージ姿の自称アイドル人魚姫リーザが、膨れたお腹をさすりながら幸せそうに芝生に寝転がっている。
「タダシ様ぁ……もう食べられません……」
「豚汁しゅき……パンの耳なんてもう食べられないれすぅ……」
二人とも、S級魔獣デス・ボアの肉と狂気の野菜がたっぷり溶け込んだ特製豚汁を、限界までおかわりしていた。タダシの【絶対解体調理】によって引き出されたバフ効果で、彼女たちの肌はツヤツヤになり、生命力に満ち溢れている。
「(まあ、美味そうに食う奴を見るのは嫌いじゃないがな)」
タダシが前掛けで手を拭き、調理器具の片付けに入ろうとした、その時だった。
――ウィィィィィン……。
頭上から、羽虫が飛ぶような甲高い駆動音が聞こえた。
タダシが目を細めて見上げると、そこには奇妙な物体が滞空していた。ソフトボールほどの大きさで、中心にギョロリとした単眼のレンズを備えた、金属製の飛行物体――ドローンカメラだ。
「なんだ、あれは」
「あーっ! あれ、キュララちゃんの次元カメラですよ!」
寝転がっていたキャルルが、耳をピンと立てて指を差す。
「キュララ?」
「はい! 天使族の下級天使で、このポポロ村に住んでるトップ配信者なんです! 【ゴッドチューブ】っていう、神様たちが管理してる次元動画サイトで大人気なんですよ!」
キャルルの言葉と同時に、ドローンカメラの横に空中に浮かぶ半透明のパネル(ホログラム)が展開された。
そこには、目まぐるしい速度で流れる『文字』の羅列と、ワイプ画面で興奮気味に喋る天使の少女の姿が映し出されていた。
『みんなー! ホーリー・メイクアップ! キュララだよ! 見た!? 今の見た!? S級魔獣デス・ボアが一瞬でスーパーの特売肉みたいに切り刻まれたんだけど! しかもあの豚汁、ヤバいくらい美味しそう!』
ワイプの中で、フリフリの衣装を着た天使――キュララが、マイクを握りしめて絶叫している。
彼女の配信枠のコメント欄は、かつてないほどの熱狂に包まれていた。
『草』
『は? 今何が起きたん?』
『S級魔獣をワンパンどころか調理したぞwww』
『料理チートのレベルじゃねえだろww』
『あの白い服のお兄さん何者!?』
『豚汁めっちゃ美味そう。深夜に見るんじゃなかった(飯テロ)』
神々や他次元の住人たちが集うゴッドチューブにおいて、タダシの『異常すぎる料理風景』は、最高級のエンタメとして完全にバズっていた。
同時接続者数は鰻登りに跳ね上がり、投げ銭のエフェクトが画面を埋め尽くしている。
「おい。勝手に俺の厨房を撮るな。許可は取ったのか」
タダシは不機嫌に眉をひそめた。
プロの料理人にとって、厨房は神聖な場所だ。集中している最中にカメラを向けられるなど、言語道断である。
しかし、配信の熱狂はタダシの不快感を置き去りにして加速していく。
――だが、バズる配信には必ず『影』が付き纏う。
『は? なにこのヤラセ配信』
『S級魔獣がこんなあっさりやられるわけないだろ。CG乙』
『ていうか、あの豚汁? 貧乏くさくて全然美味そうに見えないんだけどw』
『ただの豚の餌じゃん。あんなの食べてる奴らも底辺だな』
『料理の腕もしょぼそう。炎上神ワイズ様の勇者配信の方が100倍面白いわ』
突如として、悪意に満ちたコメント(アンチコメント)が弾幕のように流れ始めた。
それは、ゴッドチューブのランキングを裏で牛耳る『炎上神ワイズ』の信者たち――あるいはワイズ自身が操る工作用アカウントによる、意図的な荒らし行為だった。
『あ、あわわ……! ちょ、ちょっとみんな、荒らさないで! あれは絶対にヤラセじゃないし、豚汁もすっごく美味しそうだったから!』
ワイプの中のキュララが慌てて火消しに走るが、一度勢いづいた悪意の濁流は止まらない。
パネルには「豚の餌」「ヤラセ料理人」といった心無い言葉が次々と表示され続ける。
「…………」
タダシの目が、スッと冷たくなった。
自分のことをヤラセだの何だのと馬鹿にされるのは構わない。
だが、自分が丹精込めて作り、キャルルやリーザが幸せそうに食べてくれた『メシ』を、豚の餌呼ばわりしたこと。
それは、タダシの中にある『料理人としての逆鱗』に触れるのに十分すぎる理由だった。
「タダシ様……?」
キャルルが不安そうに見上げる中、タダシは再び腰の『牛刀』に手をかけた。
「おい、そこの空飛ぶ目玉」
タダシの低く、凄みのある声が響く。
ドローンカメラがビクッと揺れ、レンズがタダシの顔をドアップで捉えた。
「俺のメシに文句があるなら、直接ここへ来て食ってみろ。食えばわかる」
画面越しのアンチたち、そして天界の神々に向けて、タダシは一切の臆病さも見せずに言い放つ。
「だが、食う気がねぇのに外からゴチャゴチャ文句を垂れるだけの奴は、客じゃねぇ。厨房の周りをコバエみたいに飛び回るな。――不衛生だろ」
タダシが踏み込んだ。
標的は魔獣でも悪党でもない。空中に浮かぶ、神の権能で作られた『次元カメラ』そのもの。
神界の物質であり、いかなる物理干渉も受け付けないはずの絶対硬度のレンズ。
だが、タダシの【絶対解体調理】の前では、そんな概念は無意味だった。
タダシの脳内において、あの丸いカメラは『面取りが必要な根菜』として完全にロックオンされていたのだ。
「大根の煮崩れを防ぐには、角を落とすんだよ。――『面取り』だ」
銀閃。
タダシの牛刀が、流れるような軌道で宙を舞った。
――スパーーーーーンッ!!
神の次元カメラのレンズが、まるで薄切りの大根のように、極めて美しい断面を残してスライサーで削ぎ落とされた。
パカッ、と真っ二つに割れたカメラから火花が散り、空中のホログラムパネルがノイズにまみれて明滅する。
『えっ!? ちょっ、うそ、次元カメラが!?』
ワイプの中のキュララが悲鳴を上げた直後。
『ふぁ!?』
『カメラ斬った!?』
『物理無効の神界アイテムだぞ!?』
『ヤバすぎだろこの料理人wwww』
『漢すぎる』
『メシへの誇り高すぎww惚れたwww』
アンチコメントを完全に押し流すほどの、圧倒的な称賛と「草」の嵐。
炎上させようとした工作員たちすらドン引きするほどの規格外の行動に、配信の熱狂は最高潮に達した。
「仕込みの邪魔だ。さっさと消えろ」
タダシが包丁を鞘に納めると同時に、次元カメラは完全に機能を停止し、シューッと煙を上げながら地面に墜落した。
ホログラムの画面も、プツンとブラックアウトする。
「お、終わっちゃった……」
「タダシ様、すごいです! 神様の道具を斬っちゃうなんて!」
ポカンとするリーザと、尊敬の眼差しを向けるキャルル。
タダシはやれやれと首を振って、再び洗い物に戻った。
彼にとっては、台所のコバエを一匹叩き落とした程度の認識でしかない。
――しかし。
この『神のカメラの三枚おろし』事件は、天界のパワーバランスに小さな、しかし確実な亀裂を生じさせていた。
◆ ◆ ◆
その頃。
遥か上空の次元に存在する、天界のモニタールーム。
「……チッ。なんだ、あの目障りなコックは」
専用の最高級ゲーミングチェアに深く腰掛け、マイタンブラーに入れたカプチーノを啜りながら、舌打ちをする男がいた。
炎上神ワイズ。
ゴッドチューブにおける『PV(視聴率)』こそが正義であり、自作自演の炎上騒動で荒稼ぎをする、新任の世界神である。
彼の目の前に並んだ無数のモニターの一つ、キュララの配信枠が、ブラックアウトしたまま異常な数の『高評価』と『スパチャ』を記録している。
「俺が丹精込めて組み上げた『S級魔獣による村の殲滅』という悲劇の台本を、あんな底辺の村のまかない飯のダシにしやがって。その上、俺のアンチ工作を物理で斬り捨てるだと?」
ワイズの端正な顔が、不快感に歪む。
PV効率のために人間を駒としか見ていない彼にとって、タダシのように『予定調和を破壊する規格外の存在』は、最も忌み嫌うものだった。
「俺の演出より目立つハエは、徹底的に潰すに限る。……おい、ゼロス。出番だぞ」
ワイズは手元の『エンジェルすまーとふぉん』を操作し、下界にいる自身の契約勇者へと通信を繋ぐ。
『――お呼びですか、ワイズ様』
「あのポポロ村とかいうド田舎に、少しばかり痛い目を見せてやれ。もちろん、最高に悲惨な『炎上動画』になるようにな。あそこの生意気なコックは、俺のチャンネルの再生数の肥やしにしてやる」
『フッ……御意に。この課金勇者ゼロスの圧倒的なステータスで、村ごと絶望に染め上げてご覧に入れましょう』
通信先から聞こえる、傲慢に満ちた勇者の笑い声。
PVのためなら何人死んでも構わない炎上神と、金で強さを買った偽物の勇者。
最悪の悪意が、タダシの平穏な『厨房』を脅かそうと動き始めていた。
だが、彼らはまだ理解していない。
タダシの厨房を荒らすということは、それが神であろうが勇者であろうが、ただの『新鮮な食材』としてまな板の上に並べられることを意味するということに。




