EP 8
歩く天災エルフのお嬢様。彼女の「幻覚触手植物」は、実はおひたしにすると美味い。
死蟲機の特大フライ定食事件から数日後。
ポポロ・コーポの食堂は、いつものように騒がしい朝を迎えていた。
「タダシ様ぁ、このキャベツの千切り、シャキシャキで甘くて美味しいです……!」
「リーザ、千切りばっかり食べてないで、ちゃんと卵焼きも食べなさい」
「だっで! こんなに細くてふわふわの千切り、タローマートの試食コーナーにもないれすよ!」
キャルルとリーザが、タダシの作った朝食を口いっぱいに頬張りながら朝のひとときを満喫している。
そんな平和な空気を切り裂くように、食堂の扉がバーン!と勢いよく開け放たれた。
「ごきげんよう、キャルルちゃん、リーザちゃん! 遊びに来ましたわよー!」
そこに立っていたのは、ポポロ村ののどかな風景には不釣り合いな、豪華なフリルドレスに身を包んだエルフの美少女だった。
長く美しい金髪に、尖った耳。圧倒的な気品を漂わせる彼女の名は、ルナ・シンフォニア。
一切の戦争に負けたことがない永世中立国『世界樹の森』の次期女王候補であり、全植物から溺愛される【歩く天災】である。
「ルナちゃん! いらっしゃい!」
「ルナざま! ちょうど朝ごはんのキャベツがあるれすよ!」
「まあ、美味しそう! ……でも、なんだか食卓に『彩り』が足りませんわね」
ルナはニコリと微笑み、首をかしげた。
極度の天然であり、善意で大惨事を引き起こすことで有名な彼女のこのセリフは、キャルルたちにとって緊急避難警報に等しかった。
「ま、待ってルナちゃん! 今、なんて……」
「お友達のタダシさんが作ってくれたお料理に、私からのプレゼントですわ! 出でよ、豊穣の緑! 『ハッピー・ドリーム』!」
ルナが優雅に手を振ると、食堂の床のフローリングを突き破り、巨大な植物が急速に成長を始めた。
紫色の毒々しい斑点を持ち、無数の太い触手をうねらせる巨大な食虫植物。
それは、世界樹の森への不法侵入者を撃退するために使われる、最強の幻覚催眠植物『ハッピー・ドリーム』だった。首筋に触手を突き刺し、極上の幻覚を脳内に直接注入して相手を廃人にするという、極めて危険な代物である。
「シャァァァァァァッ!!」
「ひぃぃぃぃっ! ルナちゃん、それ室内で出しちゃダメなやつ!」
「あわわわ、触手が、触手が迫ってくるれすぅぅ!」
狭い食堂の中で、太い触手がムチのように暴れ回る。
ルナ本人は「まぁ、元気いっぱいですわね。みんなで一緒に遊びましょう!」と呑気に微笑んでいるが、触手は明らかにキャルルたちを「獲物」として認識し、鋭い針を剥き出しにして襲いかかろうとしていた。
「キャアァァァァッ!!」
触手がキャルルの首筋に迫った、まさにその瞬間。
「……おい」
厨房の奥から、静かだが絶対的な威圧感を持った声が響いた。
ドンッ! と、まな板の上に包丁が突き立てられる。
タダシだった。
彼は白いコックコートの袖をまくり上げ、不機嫌の極みのような顔で、暴れ回る触手植物を睨みつけていた。
「朝っぱらから、他人の厨房で泥の付いた根菜を振り回すな。土が落ちるだろうが」
タダシの言葉と共に、【絶対解体調理】の覇気が食堂全体を包み込む。
「ピギッ!?」
先ほどまで凶悪に暴れ回っていたハッピー・ドリームが、タダシと目が合った瞬間、カエルのように硬直した。
植物の本能が、目の前の男を『天敵』を超えた『料理人』として認識したのだ。
「色も悪いし、アクが強そうだな。……とりあえず、サッと茹でるか」
タダシがそう言うや否や、厨房でぐらぐらと煮え滾っていた巨大な寸胴鍋(出汁を取るための熱湯)を軽々と持ち上げた。
「シャァァ!?(ヤメ、ヤメテェ!)」
「食材が喋るな。葉脈が硬くなる」
ザバーーーンッ!!
タダシは熱湯を、ハッピー・ドリームの頭から容赦無くぶっかけた。
その瞬間、タダシのスキルによって『熱湯による強制アク抜き』の概念が適用される。
毒々しかった紫色の斑点は一瞬で抜け落ち、鮮やかなエメラルドグリーンへと変色。凶悪な触手はキュッと縮こまり、シャキシャキの美味しそうな葉茎へと姿を変えた。
「よし、いい茹で加減だ。水にさらして色止めするぞ」
タダシは茹で上がった触手を氷水でサッと締め、一口大に切り分ける。
そこへ、極上の鰹節をたっぷりと乗せ、風味豊かな『醤油草』の特製ポン酢を回しかけた。
「できたぞ。ハッピー・ドリームのおひたしだ」
ものの三十秒。
死をもたらす危険植物は、朝の食卓にふさわしい、さっぱりとした小鉢の一品に変換されていた。
「えええええっ!?」
「あ、あのハッピー・ドリームが、こんな美味しそうなおひたしに……?」
腰を抜かしていたキャルルとリーザが、信じられないものを見る目で小鉢を覗き込む。
ルナに至っては、目をキラキラと輝かせて両手を合わせていた。
「す、素晴らしいですわ……! 私のお友達(植物)が、こんなに美しく生まれ変わるなんて! タダシさん、あなたは料理の神様ですのね!」
「ただの社畜だ。ほら、食ってみろ。ポン酢の酸味で味が引き締まってるはずだ」
ルナはうやうやしく箸を手に取り、エメラルドグリーンに輝く『触手のおひたし』を口に運んだ。
「――っ!!」
サクッ、ジュワァ。
ルナの瞳が見開かれる。
心地よい歯ごたえと共に、ポン酢の爽やかな酸味と、鰹節の濃厚な旨味が口いっぱいに広がる。ハッピー・ドリームが持っていた微量の『幻覚成分』は、タダシのスキルによって完全に無害化され、代わりに『心地よい多幸感』をもたらす極上のスパイスへと変化していた。
「美味しい……! なんですのこれ、噛むたびに口の中がお花畑になったような幸福感に包まれますわ……!」
ルナは両頬を押さえ、うっとりとした表情で体をくねらせた。
キャルルとリーザも、恐る恐るおひたしを口に入れ、たちまちその味の虜になって箸が止まらなくなっている。
「シャキシャキしてて最高です!」
「ポン酢しゅきぃ……朝から無限に食べられるれすぅ!」
暴走した危険植物は、すっかり平和な朝食の彩りとして消費されてしまった。
「お前、世界樹のお嬢様だっけか」
「はいっ! ルナ・シンフォニアと申します! タダシ様とおよびしても?」
「好きにしろ。だが、次に俺の厨房で植物を暴走させたら、お前も丸ごと茹でてポン酢で食うからな」
「まぁっ! タダシ様になら、食べられてもよろしくてよ!」
「……そういう意味じゃねぇよ」
タダシは深いため息をつきながら、再びキャベツの千切りに戻った。
こうして、歩く天災エルフ・ルナもまた、タダシの絶対的な胃袋支配の軍門に下ったのである。
◆ ◆ ◆
ポポロ・コーポでの平和な朝食の裏側で。
大陸の暗部――犯罪組織『ナンバーズ』の隠れ家に、課金勇者ゼロスの姿があった。
「チッ……あのふざけた料理人。俺の台本を二度もぶち壊しやがって……!」
ゼロスはギリギリと歯ぎしりをしながら、目の前に立つ仮面の男を睨みつけた。
「おい、ゼロ。約束の物は手に入ったんだろうな」
「ええ、もちろん。我々ナンバーズのネットワークを甘く見ないでいただきたい。炎上神ワイズ様からの資金提供もありましたからね」
組織の首魁『Zero』が、恭しく一つの古びた宝箱を差し出した。
その箱の隙間からは、禍々しい赤黒いオーラが漏れ出している。
「古代大戦の折に封印された、神話級魔獣『ベヒーモス』を呼び覚ます禁忌の遺物。これを使えば、ポポロ村など一瞬で地図から消滅するでしょう。……どんな料理人であろうと、圧倒的な『質量』の前には無力です」
ゼロスは宝箱を引ったくるように受け取り、下劣な笑みを浮かべた。
「ヒャハハハ! これだ! これなら文句なしの絶望だ! 今度こそ、あの村を火の海にして、俺が全てを救う『真の英雄配信』を完成させてやる!」
狂気と承認欲求に染まったゼロス。
彼らはまだ、タダシの包丁が神話級魔獣の絶対装甲すら『玉ねぎの薄皮』と同等にしか認識しないことを知らない。
最高の『メインディッシュ』が、タダシの厨房に向かって動き始めていた。
読んでいただきありがとうございます。
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