↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転移した社畜料理人の『絶対解体調理』無双〜敵の最強魔法も伝説の魔獣も、俺の包丁の前ではただの極上食材(メシ)です〜  作者: 月神世一


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
2/8

EP 2

瀕死のウサギ耳村長に極上メシを食わせたら、胃袋ごと懐かれました。

 黄金色の山から立ち上る、暴力的なまでに食欲をそそる匂い。

 キャルル・ムーンハートは、目の前に差し出された平皿を前に、ゴクリと喉を鳴らした。

(毒……? いや、幻術……?)

 近衛騎士隊長候補として鍛え上げられた彼女の理性が、必死に警告を発する。

 ほんの数分前まで、自分たちを焼き尽くそうとしていた敵の『獄炎魔法』と『殺意』だ。それが、目の前の謎の青年が中華鍋を振るっただけで、どうしてこんなに美味そうなチャーハンになるというのか。

 罠かもしれない。食べてはいけない。

 そう分かっているのに――。

「ぐ〜……っ」

 キャルルの平坦なお腹が、空気を読まずに盛大な音を立てた。

 限界まで魔力を振り絞り、血を吐くまで戦い抜いた肉体は、完全に飢餓状態に陥っていたのだ。

 ウサギ耳をパタパタと恥ずかしそうに揺らすキャルルに、タダシは呆れたように息を吐いた。

「安心しろ。変なもんは入れてない。塩と胡椒、それにネギ代わりの野草で味を調えただけだ。ほら、ガキの分もあるぞ」

 タダシはもう一つの小皿を、キャルルの背後に隠れていた子供に差し出した。

 子供は一瞬ビクッとしたが、匂いの誘惑に耐えきれず、小さな手でスプーンを握り、チャーハンをパクリと口に入れた。

「……っ! おいひぃ!!」

 子供の顔が、パァッと花が咲いたように明るくなる。

 それを見たキャルルは、もう限界だった。

 震える手でスプーンを握り、黄金色に輝く米の山をすくい上げ、恐る恐る口に運ぶ。

 ――パラッ。

 口に入れた瞬間、米が一粒一粒、ほどけるように散らばった。

 敵の殺意から作られたはずの卵は、信じられないほど濃厚で甘みがあり、米の一粒一粒を完璧なまでにコーティングしている。

 噛み締めるたびに、ごま油の芳醇な香りと、魔力由来の爆発的な旨味が口の中を暴れ回った。

「美味しい……なにこれ、美味しい……っ!」

 キャルルは夢中でスプーンを動かした。

 騎士としての作法も忘れ、一心不乱にチャーハンを掻き込む。美味い。ただひたすらに美味い。これまでの人生で食べてきた王宮の豪勢な料理が、すべて色褪せて感じるほどの衝撃だった。

 だが、真の驚きは『味』ではなかった。

「……えっ?」

 半分ほど食べたところで、キャルルは自分の体に起きている異変に気づいた。

 全身を苛んでいた激痛が、嘘のように引いていく。

 それどころか、魔法の直撃を受けて焼け焦げていた服の下の火傷が、見る見るうちに塞がり、綺麗な白い肌を取り戻していくではないか。

「嘘……傷が……? それに、魔力が、底なしに湧いてくる……!」

 タダシの【絶対解体調理】によって作られた料理は、ただ美味いだけではない。

 敵の強大な魔力を『食材』として体内に取り込むことで、食べた者に異常なまでの【超回復】と【ステータスバフ】をもたらすのだ。

 血を吐き、死を覚悟していたはずのキャルルの体は、たった一皿のチャーハンで、満月時(フルパワー)を凌駕するほどの活力を取り戻していた。

「あ、あなたは、一体……?」

 キャルルがスプーンを握りしめ、潤んだ瞳でタダシを見上げた、その時だった。

 ズシンッ! ズシンッ! ズシンッ!

 突如、大地を激しく揺らす重低音が響き渡った。

 タダシたちが視線を向けると、先ほど逃げ出したはずの黒ローブの男が、土煙を上げて戻ってくるのが見えた。

 しかも今度は、一人ではない。

 男の背後には、身の丈5メートルはあろうかという、赤黒い毛並みを持った巨大な猪型の魔獣が付き従っていた。その牙は鋼鉄のように鈍く光り、鼻からは蒸気のような荒い息を吐き出している。

「ヒャハハハハ! 逃げたとでも思ったかァ! さっきは奇襲で不覚を取ったがな、この俺の最高傑作、S級魔獣『デス・ボア』の突進の前には、小細工なんて無意味だァ!」

 ローブの男が狂ったように叫ぶ。

 デス・ボア。

 その名を聞いた瞬間、キャルルの顔から血の気が引いた。城壁すら一撃で粉砕し、一個大隊を一瞬で壊滅させるという災害級の魔獣だ。

 いくら自分が全回復したとはいえ、子供と、この命の恩人(タダシ)を護りながら勝てる相手ではない。

「逃げて! あなただけでも……っ!」

 キャルルは割れたトンファーを構え、タダシを庇うように前に出ようとした。

 しかし、タダシは動かなかった。

 それどころか、キャルルの肩を片手でポンと叩き、後ろへ下がるように促した。

「おい」

 タダシの声は、地を這うように低かった。

 その声の冷たさに、キャルルは思わず息を呑む。

 タダシの目は、巨大な魔獣に対する恐怖など微塵も浮かべていなかった。ただ、純粋な『不快感』に満ちていた。

「土煙が上がってるだろうが」

「……え?」

「食事中だぞ。客のメシに、砂埃を食わせる気か」

 料理人として、最も許せないこと。

 それは、自分が丹精込めて作ったメシを、泥足で踏みにじられることだ。

「殺せェ! デス・ボアァァァッ!!」

 男の号令とともに、巨大な猪が大地を蹴り上げた。

 重戦車のような巨体が、凄まじい速度でタダシたちに向かって突進してくる。

 圧倒的な質量と暴力。触れれば骨ごとすり潰される、死の行進。

 だが、タダシは焦ることもなく、腰に提げていた愛用の『牛刀』をスッと引き抜いた。

「突進が雑だ。そんなに無駄な力み方をしたら――」

 タダシが牛刀を構えた瞬間、空気が張り詰めた。

「――筋繊維(にく)が硬くなるだろうが」

 【絶対解体調理(ゴッド・イーターズ・キッチン)】、連続発動。

 タダシの体がブレた。

 いや、キャルルの動体視力をもってしても、タダシが何をしたのか全く見えなかった。

 ただ、彼が踏み込み、牛刀が銀色の閃光となって数度、虚空を斬り裂いたように見えただけだ。

 ドバァァァンッ!!

 デス・ボアがタダシに激突する寸前。

 巨大な猪の時間が、ピタリと静止した。

 次の瞬間。

 ズルリ、と。

 赤黒い分厚い毛皮が、まるでジッパーを下ろしたかのように綺麗に剥がれ落ちた。

 そして、5メートルを超える巨体は、空中で幾つものブロックへと自ら分かれていく。

「ロース、バラ、ヒレ、モモ……まあ、猪肉(ジビエ)としては上物だな。血抜きも完璧だ」

 ドサリ。ドサリ。ドサリ。

 タダシの足元に、信じられない光景が広がっていた。

 数秒前まで災害級の魔獣だったモノが、血の一滴も流すことなく、肉屋のショーケースに並ぶような『美しい精肉のブロック』となって、部位ごとに綺麗に積み上げられていたのだ。

 内臓は取り除かれ、骨は見事に外されている。まさに、神業としか言いようのない解体ショーだった。

「…………は?」

 ローブの男は、目の前の現実を理解できず、間抜けな声を漏らした。

 自分の最強の切り札が。

 街を一つ滅ぼすはずのS級魔獣が。

 ただの『スーパーの特売肉』のような姿になって、ブロックごとに積み上げられている。

「ヒッ……!? ア、アアアァァァァッ!!?」

 男の精神は、ここで完全に限界を迎えた。

 未知の次元の力を見せつけられた恐怖で白目を剥き、口からカニのように泡を吹きながら、その場にバタリと倒れ込んで気絶した。

 静寂が戻った荒野。

 残されたのは、気絶した男と、極上の猪肉の山。そして、牛刀の峰をトントンと肩で叩きながら、ふうと息を吐くタダシだけだった。

「……あ……」

 キャルルは、へなへなとその場にへたり込んだ。

 恐怖からではない。

 圧倒的な強さ。理不尽な暴力を、全く別の次元の力でねじ伏せる規格外の存在。

 そして何より、自分たちの「食事の時間」を守るために前に立ってくれたその背中に、キャルルの胸はこれまでにないほど激しく高鳴っていた。

 これが、恋(胃袋を掴まれた瞬間)であると、彼女が自覚するのはもう少し先の話だ。

「あ、あなた様は……」

 キャルルは震える声で、まるで神に祈るように両手を組んで見上げた。

「まさか、天界から降り立った『雷神様』なのですか……!?」

 目を輝かせるウサギ耳の少女に対し、タダシは牛刀をスッと鞘に納め、面倒くさそうに頭を掻いた。

「いや、ただの元・社畜だ。それより――」

 タダシは足元に積まれた極上の猪肉(元・S級魔獣)を見下ろし、真剣な顔で言った。

「鮮度が落ちる前に、この大量の肉を入れる『冷蔵庫』を探したいんだが。どこか、村の案内を頼めないか?」

 こうして、伝説の料理人・牧野タダシは、狂気と混沌に満ちた限界集落『ポポロ村』へと足を踏み入れることになるのだった。

読んでいただきありがとうございます。

面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。