第一章 転移即、絶体絶命。……なので、迫り来る「獄炎魔法」を強火で炒めてチャーハンにしました。
転移即、絶体絶命。……なので、迫り来る「獄炎魔法」を強火で炒めてチャーハンにしました。
鼻を突く焦げた臭いと、鼓膜を揺らす爆音。
それが、牧野タダシ(25)が異世界で最初に感じたものだった。
「……なんだ、ここは」
終電の車内で「もう仕事辞めてぇ……」と愚痴っていたはずだ。
隣に座っていた派手なジャージ姿の女(自称・女神ルチアナ)に、「じゃあ人生やり直してみる?」と肩を叩かれた直後――視界が反転した。
タダシは今、見知らぬ荒野のど真ん中に立っていた。
着慣れたコックコートに、使い込まれた黒鉄の中華鍋。そして腰には愛用の牛刀。仕事帰りの姿そのままだった。
「グハッ……!」
突如、前方から痛ましい血を吐く音が聞こえた。
タダシが視線を向けると、そこには信じられない光景が広がっていた。
頭にウサギの耳を生やした、銀髪の可憐な少女。
彼女は背後に小さな子供を庇いながら、片膝をついていた。その華奢な体はボロボロで、口からは痛々しい鮮血が滴っている。
彼女の特注であろう安全靴も、握りしめたトンファーも、激しい戦闘を物語るようにひび割れていた。
その少女たちを見下ろすように、黒いローブを着た男が立っていた。
「ヒャハハハ! しぶとい月兎族のガキめ! だが、これで終わりだァ!」
男の杖の先端に、タダシの背丈ほどもある『巨大な炎の球』が圧縮されていく。
周囲の空気がチリチリと焼け焦げ、尋常ではない熱波が押し寄せてきた。
「くらいなァ! 我が最強の絶技!『極大獄炎』ォォォッ!!」
轟音と共に、全てを灰にする火炎球がウサギ耳の少女へと放たれた。
「……ごめんね。私が、不甲斐ないばかりに……」
キャルル・ムーンハートは、絶望の中で目を閉じた。
月兎族としての異常な脚力も、もう残っていない。子供を庇えば、自分が炭になるのは避けられなかった。
せめてこの子だけでもと、彼女は小さな体を抱きしめ――
「おい。火力が強すぎる。焦げるだろうが」
――そんな、ひどく場違いで、平坦な男の声が聞こえた。
キャルルが目を開けると、いつの間にか彼女の前に、見慣れない白い服を着た青年が立っていた。
彼はあろうことか、迫り来る必殺の獄炎に対し、片手で黒い『鉄の鍋』を突き出していた。
「あァ!? なんだテメェは! その炎はミスリルの盾すら溶かすんだぜ! 一緒に消し炭に――」
ローブの男が嘲笑った、次の瞬間。
タダシのユニークスキル【絶対解体調理】が発動した。
――ガァァンッ!!
凄まじい金属音が響いた。
炎が爆発し、タダシを飲み込む……はずだった。
しかし、巨大な獄炎はタダシの中華鍋に触れた瞬間、まるで意思を持ったかのように鍋底へ吸い込まれ、綺麗に『強火の熱源』へと固定されたのだ。
「は……? え……?」
ローブの男が、間の抜けた声を漏らす。
キャルルもまた、自分の目を疑った。
全てを焼き尽くすはずの魔法の炎が、ただの『調理用の火』として、鍋の中で大人しく揺らめいているのだから。
「火の準備はできた。次は具材だな」
タダシは平然と呟くと、周囲の空間に漂う『敵の膨大な魔力』と『濃密な殺意』を鷲掴みにした。
【絶対解体調理】の真髄。
それは、タダシが「食材」と認識したものは、魔法だろうが概念だろうが、全て極上の食材へと変換されるという絶対法則の強制書き換えである。
「悪意が強すぎてアクが出そうだな。まあ、スパイスにはなるか」
パンッ! とタダシが手を叩くと、敵の魔力は『ツヤツヤの黄金米』へ。
ドロドロの殺意は『濃厚な味わいの特級卵』へと物理的に姿を変えた。
さらに足元に生えていた雑草(陽薬草)を、包丁で目にも留まらぬ速さで刻み、ネギの代わりとして鍋に放り込む。
ジャァァァァァァァァッ!!!
荒野に、凶悪なまでの『炒める音』が響き渡った。
鍋肌で醤油(のような香ばしい魔力)が焦げる匂い。
卵の甘い香りと、米の一粒一粒が油でコーティングされていく至福のサウンド。
タダシの手首のスナップに合わせて、黄金色の米が空中で美しく舞い踊る。
「な、なんだそれは!? 俺の、俺の最強魔法が……炒められているだとォォ!?」
ローブの男は恐怖に顔を引き攣らせた。
自分の全魔力を注ぎ込んだ誇り高き一撃が、あろうことか『昼飯の仕込み』に使われているのだ。
魔術師としてのプライドも、魔法の概念も、あの黒い鍋の前では一切通用しない。
「ひ、ひぃぃぃっ! ば、化物ォォォッ!!」
未知の恐怖に耐えきれなくなった男は、杖を放り捨てて無様な悲鳴を上げながら逃げ出していった。
「……素人が。厨房で騒ぐな」
タダシは逃げる男には目もくれず、最後にごま油を一回しして風味を閉じ込める。
カンッ、と鍋をお玉で叩き、タダシは火(魔力)を消した。
「よし、一丁上がりだ」
風に乗って漂ってくるのは、暴力的なまでに食欲をそそる『黄金チャーハン』の香り。
「あ……ぁ……」
キャルルは呆然としていた。
命を奪われるはずだった恐怖はどこへやら。彼女のウサギ耳はピンと立ち、口からは血ではなく、ツゥーッと一筋のヨダレが垂れそうになっていた。
限界まで消耗した体が、本能レベルでその『飯』を求めている。
タダシはそんなボロボロの少女の前にしゃがみ込むと、空間から取り出した白い平皿に、こんもりと黄金のチャーハンを盛り付けた。
湯気が立ち上り、刻まれた薬草が宝石のように輝いている。
タダシは木のスプーンを添えて、ぶっきらぼうに皿を差し出した。
「食え。冷めるぞ」
異世界に降り立って数分。
これが、後に神々すらも胃袋で平伏させる、伝説の社畜料理人の最初の「まかない」だった。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます!
「敵の魔法を炒飯にするのワロタw」
「タダシかっけえ!」
「キャルルの胃袋がマッハで落ちそう……!」
「深夜に読むんじゃなかった、お腹空いた!」
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(※次回、チャーハンを食べたキャルルに驚愕の超回復バフが……!? お楽しみに!)




