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第七章 五箇山

新設した章です。史料には五箇山配流の事実のみが残っており、生活の具体像は創作です。一向一揆と切支丹信仰という二つの「隠された信仰」を重ね合わせることで、家正の内面と土地の記憶を結びつけたいと考えました。

加賀の地に辿り着いたわしを待っていたのは、金沢の城下ではなかった。前田利長様は、宇喜多家中の争いの当事者であったわしを、いきなり城下に迎え入れるわけにはいかぬとお考えになったのであろう。わしに命じられたのは、越中五箇山――加賀と越中の境、深い山々に閉ざされた僻地に身を置くことであった。


孫よ、そなたはまだ五箇山へ行ったことがあるまい。あそこは、まことに人里離れた土地じゃ。庄川という急流が山々を刻み、その谷間に、ほんのわずかな平地を見つけては、村人たちが肩を寄せ合うように暮らしておる。冬になれば、雪はわしの背丈をゆうに超えて積もり、村と村との行き来さえ絶える。まさに、俗世から切り離された、陸の孤島であった。


道すがら目にした村々の様子を、わしは今でもありありと思い出せる。四方を千五百尺を超える山々に囲まれ、深い谷の底を、庄川が白く泡立ちながら流れておった。橋というほどの橋もなく、ところどころに藤蔓で編んだ心もとない吊り橋が架かるのみで、渡るたびに肝を冷やしたものじゃ。


家々は、切妻の茅葺き屋根を持つ、質素な造りであった。今の世に聞けば、この地には幾層にも重なる大きな屋根の家があるというが、わしがおった頃は、まだそのような大層なものはなかった。ただ、雪の重みに耐えるため、屋根の勾配だけは鋭く、急であった。どの家も、囲炉裏を囲んで一つの部屋に家族が身を寄せ合い、その煙で家中を燻して、湿気と虫を防いでおった。


田畑は乏しく、平地といえるほどの土地は、谷のどこにも見当たらなんだ。村人たちは、斜面を切り開いた僅かな段々畑で粟や稗を育て、炭を焼き、蚕を飼い、楮を漉いて紙を作り、それを暮らしの糧としておった。山と谷に閉ざされたこの地では、米一粒でさえ、里から運び上げねばならぬ貴重なものであった。


初めてその谷に入ったとき、わしは己の身の上を思わずにはおれなんだ。大坂屋敷の家老として多くの人を束ねていた身が、今は雪に閉ざされた山里で、誰に顧みられることもなく日々を送っておる。この落差に、心が折れそうになる夜も、一度や二度ではなかった。


しかし、五箇山という土地には、わしの知らなんだもう一つの貌があった。この地は、かつて一向一揆の民が、時の権力に抗ってでも己の信仰を守り抜いた土地であったという。村の年寄りたちは、先祖が刀や槍を取って戦った話を、囲炉裏端で語って聞かせてくれた。表向きは、炭を焼き、蚕を飼い、紙を漉くだけの、何の変哲もない山村の民。しかし、その胸の内には、誰にも譲れぬ信仰の火が、確かに燃え続けておったのじゃ。


わしはその話を聞きながら、密かに思うことがあった。わしもまた、誰にも明かせぬ信仰を胸に抱いた身であった。表向きは前田の家に仕える一介の武士、しかし心の内には、豪姫様と共に受けた切支丹の教えが、静かに灯っておった。この山里の民と、わしと。立場も時代も違えど、人知れず信じるものを抱えて生きるという点では、どこか通じるものがあるように思えたのじゃ。


村では、わしの算用と普請の心得も、少しは役に立った。紙漉きの水路を整え、蚕を飼う小屋の普請に知恵を貸し、村の年貢の割り振りを手伝う。大坂屋敷の家老であった頃とは比べようもない、ささやかな仕事であった。しかし、雪深い村人たちが、わしを頼りにし、感謝してくれることに、わしは思いがけない慰めを得ておった。人というのは、どのような境遇に落とされても、誰かの役に立つことで、己を保つことができるものなのじゃな。


夜、囲炉裏の火を見つめながら、わしは幾度も思うた。豪姫様は、今どうしておられるだろうか。この雪の下で、わしのことを、まだ覚えていてくださるだろうか、と。答えの出ぬ問いを胸に抱えたまま、わしは五箇山で幾つもの冬を越した。


孫よ、人生には、表舞台から遠く離れ、誰の目にも留まらぬ歳月を過ごさねばならぬ時がある。しかし、そのような歳月も、決して無駄にはならぬ。五箇山での日々がなければ、わしは人の役に立つことの本当の喜びを、これほど深くは知らなんだであろう。谷底の暮らしもまた、人を育てるものなのじゃ。


「谷底の暮らしもまた、人を育てる」という締めは、本作全体でも特に力を入れた一文です。前後の章にあった似た教訓を削った分、この章の言葉が際立つように調整しています。

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