表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
3/9

第二章 豪姫様御輿入れ

史実には記録のない「前田家への内通役」という設定を、この章で初めて明示的に導入しています。上役の台詞という形を取ったのは、家正自身の意志ではなく外から課された役目であることを強調するためです。

豪姫様は、利家様のご息女でありながら、幼くして羽柴秀吉様の許に養女として入られたお方であった。聡明で、気品に満ち、それでいてどこか気さくなところがおありで、御家中の誰もが心から慕っておった。


その豪姫様が、備前岡山の宇喜多秀家様に嫁がれることになったのは、わしがまだ前田家に仕えて日の浅い頃であった。天下の情勢が大きく動く中でのご縁組であったから、家中では様々な噂が飛び交ったものじゃ。宇喜多家は、秀吉様の覚えもめでたく、これからますます栄える家であろう、と。


わしにとって忘れられぬのは、豪姫様御輿入れの支度が進む中、上役から呼び出しを受けた日のことじゃ。


「中村、そなたに頼みがある」


そう切り出されたとき、わしは何事かと身構えた。


「豪姫様が宇喜多家へお興入れになるにあたり、御供の者を選んでおる。そなたの算用の才と、普請の心得を、宇喜多様の御家中でも役立てていただきたい」


わしは驚いた。生まれ育った前田の家を離れ、見知らぬ備前の地へ赴くということじゃ。それは決して軽い話ではない。しかし同時に、心の奥底で何かが疼くのを感じておった。


上役は、わしが平伏したのを見届けると、さらに声を低めてこう続けられた。


「中村、これは他言無用のことじゃが……そなたが宇喜多家へ入るは、単に豪姫様の御供という名目だけではない。遠く離れた地で嫁がれる豪姫様の御身を、陰ながらお守りし、御家の様子を折に触れ、こちらへもお知らせいただきたい。宇喜多様への奉公は、まことのものじゃ。しかし、その根には、前田の血が流れておることを、決してお忘れなきように」


その言葉の重みを、若かったわしがどこまで理解できたか、正直なところ分からぬ。しかし、胸の奥に、確かに何かが刻まれたのを覚えておる。わしはこれより、二つの家に仕える身となる。表向きは宇喜多家の家臣、しかし心の一線は、決して前田の家から切れることはない――そのような、誰にも明かせぬ役目を背負うたのじゃ。


大きな家を離れ、新しい土地で、己の力を試してみたい――そんな、若さゆえの野心があったのやもしれぬ。あるいは、豪姫様という、あれほど誰からも慕われるお方にお仕えできるという誉れに、わしは抗えなかったのやもしれぬ。そして今一つ、この密やかな役目を託されたことへの、身の引き締まるような誇りもあった。


「謹んでお受けいたします」


わしはそう答えた。今にして思えば、あの一言が、わしのその後の人生を大きく決定づけたのじゃ。


輿入れの行列は、加賀から遠く離れた備前岡山まで、幾日もかけて進んだ。わしは道中、豪姫様の御輿からそう遠くない場所を歩きながら、これから始まる新しい暮らしに思いを馳せておった。故郷播磨を出て前田の家に入り、今度はその前田の家を出て、見知らぬ宇喜多の家へ入る。わしの人生は、いつも誰かの縁に導かれて、次の場所へと運ばれていくようであった。


岡山の城下に入ったとき、目にした景色を、わしは今でも忘れぬ。旭川の水が、城の周りをゆったりと巡っておった。播磨で見た川とはまた違う、大きく穏やかな流れであった。この川と共に、わしのこれからの日々が始まるのだと、そのとき漠然と感じたものじゃ。


輿入れの道中の描写を挟んだのは、重い設定説明が続いた直後に、視覚的な場面転換を入れて呼吸を整えたかったからです。旭川の描写は、後の旭川改修の伏線でもあります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ