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平均点の少年は、誰の痛みも分からない  作者: くるみ


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第44話 最後の命令

夜が明ける前に、ユリウスはダリオを呼んだ。

東塔へ来たダリオは、眠っていなかったらしい。

目の下に濃い影があった。


「何の用だ」

「頼みたいことがある」

「断る」

「まだ言っていないよ」

「お前の頼みは、もう聞かない」

「ネネを守って」


ダリオの表情が変わった。


「頼まれなくても守る。お前のためではない」

「それでいい」

「何をするつもりだ」

「ネネが国を選べるようにする」

「もう選んだ」

「でも、僕を殺せない」

「だから殺させるのか」


ダリオの声に、嫌悪が混じった。


「リナを囮にしたときと同じだ。今度はネネの良心を使って、自分の望む結末を選ばせる」

「ほかの方法がない」

「ある。生きて、何もできない場所へ行け。変われなくても、変わろうとしろ」

「僕が生きているだけで、彼女の国を危険にする」

「それを決めるのはネネだ。お前ではない」


ユリウスは指を上げた。

ダリオの身体が硬直する。

意識は残したまま、筋肉だけを動かなくした。


「卑怯者」


唇だけが動いた。


「知っている」


ユリウスは答えた。


「ネネが終わらせたあと、そばにいて」

「自分でいろ」

「できない」

「最後まで勝手に決めるな」


ユリウスは返事をしなかった。

動けないダリオをその場に残したまま、部屋の結界に触れ、いとも簡単に壊した。

そして、振り向かずそのまま立ち去った。



朝、王都の空を黒い魔法陣が覆った。

王冠炉から伸びた光が、王宮の塔へ集まっていく。

国を守っていた結界が、逆向きに動き始めた。

王都中で警報の鐘が鳴った。

人々が家から飛び出し、空を見上げる。

魔法陣の中心には、ユリウスが立っていた。

王宮の最も高い塔。

風が制服の裾を揺らしている。


「ユリウス!」


ネネが塔の下へ現れた。

王女の衣装ではなかった。

白い戦装束を身につけ、手には抜かれた王剣を持っている。

その背後には、王宮魔術師団と騎士たちが並んでいた。


「何をしているの!」

「王冠炉を僕につなげた」

「元に戻して」

「嫌だ」


ユリウスの声は、魔法によって王宮全体へ響いた。


「この国は、間違いが多すぎる」

「だから、壊すの?」

「僕が正しくする」

「あなたの正しさで?」

「君が苦しまない国にする」

「そんな国は望んでいない!」

「でも、僕がいなければ君は守れない」

「国は、誰か1人に守られるものではない」

「弱い人間を集めても、弱いままだよ」

「それでも、私たちは自分で選ぶ」


ネネは王剣を構えた。

周囲の魔力が、彼女へ集まり始める。

これまで学院で隠していた力。

王都の地脈。

王宮の結界。

王冠炉へつながるはずだったすべての魔力が、彼女の背後に巨大な翼のような光を形作った。

ユリウスは、その姿を見た。


「強かったんだね」

「隠していた」

「僕と同じだ」

「同じじゃないわ」

「どう違うの?」

「私は、誰かを支配するために隠してたんじゃない」


ネネの剣先が、ユリウスへ向く。


「最後に命じます」

「うん」

「王冠炉から離れて。すべての術式を解除して、投降してください」

「できない」

「どうして?」

「君は、僕を殺せないから」


ネネの声が震えた。

ユリウスは答えなかった。

代わりに、片手を上げる。


空の魔法陣から、黒い光が降りた。

王宮の塔が砕ける。

人々の悲鳴が上がった。

実際には、誰もいない塔を選び、砕けた石も人のいない中庭へ落ちるよう軌道を固定していた。

だが、ネネには安全な偽装だと分からない。次に市街地を狙うと信じさせなければ、彼女は剣を振れない。


「やめて!」

「止めたいなら、僕を殺して」

「できない」

「君ならできる」


ユリウスが手を振る。

黒い槍が生まれる。

狙いは、ネネだった。

王宮魔術師たちが防御結界を張る。

槍は結界を貫き、ネネの胸元へ迫った。

王剣が振るわれる。

白い光が黒い槍を切り裂いた。

衝撃で石畳が割れる。

ネネの隠されていた魔力が、王都全体を震わせた。


ユリウスは笑った。


「やっぱり、強い」

「こんなことをして、何がしたいの」

「君に選んでほしい」

「もう選んだ!」

「僕を残したままでは、選び終わっていない」


ユリウスは空間を渡り、ネネの前へ現れた。

王剣が反射的に振られる。

避ける。

次の斬撃を手で受け止め、剣の軌道をそらす。

ネネは速かった。

学院で見せていた動きとは違う。

王家の魔法を纏った身体は、ダリオよりも速く、グレゴールよりも強い。


王剣がユリウスの肩を掠める。

血が流れる。

治すことはしなかった。


「あなたなら、私が剣を抜く前に終わらせられた」

「買いかぶりすぎだ」


「私は、あなたを殺したくない!」


ユリウスは、初めて攻撃を止めた。

2人の間に、短い静寂が生まれる。


「では、どうすればいい?」


ユリウスが尋ねた。


「生きて」

「君を苦しめながら?」

「変わって」

「できないかもしれない」

「それでも、しようとして」

「君は、待てる?」


ネネは答えられなかった。

王国は待てない。

ユリウスが次に誰を殺すのか、誰にも分からない。

変わる可能性だけを信じて、国民の命を賭けることはできない。


「できないでしょう?」


ユリウスは穏やかに言った。


「だから、僕が終わらせる」


黒い光が、再びユリウスの手に集まった。


今度は、先ほどより大きく見える。

王宮だけではないように見せた。

背後の市街地まで飲み込む黒い光は、触れれば霧のように消える空の術式だった。

ネネの顔から血の気が引いた。


「やめて」

「君が止めて」

「ユリウス」

「王女として」


ユリウスは手を振り下ろした。

ネネが王剣を両手で握る。

王家の魔力が、剣へ集中した。

国を守るためだけに受け継がれてきた術式。

対象の魔力と生命を、同時に断ち切る剣。

避けることはできる。

時間を止めることもできる。

王剣そのものを消すこともできた。


だけど、ユリウスは、何もしなかった。

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