第42話 怪物の証言
審問は、王宮の小会議室で行われた。
傍聴人はいない。
出席者は、王国評議会の議員5人、学院長、王宮魔術師団の代表、白塔から救出された生徒の後見人。
ダリオ。
リナ。
そして、ネネだった。
ユリウスは部屋の中央に立っていた。
拘束具はつけられていない。
つけても意味がないと、ネネは理解していた。
「演習森林で、エドガー・バルガスを助けることができたのですか」
評議員が尋ねた。
「はい」
ユリウスは答えた。
室内がざわめく。
「なぜ助けなかった」
「僕の力を見られると、後処理が難しくなるからです」
「人命より、自分の秘密を優先したと?」
「はい」
「深淵種を倒したのは、ダリオではない?」
「核へ剣を当てたのはダリオです。魔獣を消したのは僕です」
ダリオは俯いていた。
長く疑い続けていたことが、事実になった。
「医務室の火災で亡くなったアレン・コールは?」
「助けられました」
「白塔の関係者に殺されたセラ・アーデンは?」
「助けられました」
「エマ・ルースは?」
「助けられました」
リナが目を閉じる。
ネネは、ユリウスから視線を外さなかった。
「なぜ見捨てた」
「必要がなかったからです」
議員の1人が机を叩いた。
「必要がない?」
「助けることで、僕の秘密が知られる可能性がありました」
「人間の命を、必要かどうかで決めるのか」
「皆も同じことをしています」
「何だと」
「王冠炉では、王都を守るために後ろ盾のない生徒が選ばれた。戦争では、国境に近い村が切り捨てられる。病床が足りなければ、助かる可能性の高い人から治療する」
「それと君の行為は違う」
「結果は同じです」
ネネの指が、膝の上で強く組まれた。
「リナ・フォードを利用したことは認めますか」
「認めます」
「彼女があなたへ好意を持っていると知っていた?」
「はい」
「その好意を利用し、規則違反や薬の調合をさせた」
「はい」
「白塔原簿を鞄へ入れ、反逆者として拘束させた」
「はい」
リナはユリウスを見た。
泣いてはいなかった。
「私が死んでもよかった?」
議員ではなく、リナが尋ねた。
「死なせるつもりはなかった」
「聞いているのは、死ぬ可能性があっても実行したかということ」
「したと思う」
「家族がすべてを失っても?」
「目的を達成するために必要なら」
リナは、小さく頷いた。
「分かりました」
もう聞くことはないという顔だった。
「王冠炉で17人を死なせたことについては?」
「僕が術式を書き換えました」
「全員が死に値するほどの罪を犯していたと?」
「程度は違います」
「では、なぜ区別しなかった」
「時間がかかるからです」
今度は誰も言葉を発しなかった。
「あなたは」
ネネが口を開いた。
王女としての声だった。
「自分のしたことを、悪いと思っていますか」
「君が苦しんでいることは、望ましくないと思う」
「行為そのものは?」
「必要な判断でした」
「後悔は?」
「ありません」
ネネの顔が白くなる。
それでも、問いを続けた。
「もう1度同じ状況になれば?」
「同じことをすると思う」
「私が、やめてほしいと言っても?」
ユリウスは少し考えた。
「君が見ている場所では、しない」
ネネの表情が止まった。
「見ていなければ?」
「必要なら」
リナが目を伏せた。
ダリオは両手を握りしめている。
「それが、あなたの答えですか」
「嘘をつかないでと言ったのは、君だよ」
「……そうだね」
ネネは立ち上がった。
「審問を一時中断します」
*
別室で、評議員たちは意見をまとめた。
ユリウスを生かしておくことはできない。
王国の法では裁けないほどの力を持ち、罪悪感もない。
王女への思いだけが、彼を王宮へ留めている。
「殿下が命じれば従うのでしょう」
老議員が言った。
「王家の管理下へ置くべきです」
「私が死んだあとは?」
ネネが尋ねた。
「次代の国王へ従わせる契約を」
「ユリウスは受け入れません」
「殿下から命じれば」
ネネは答えた。
「でも、それは国に従うことではない。私に従うだけです」
「ならば、殿下が生涯管理するしかない」
「それは、私が正しい判断を続けることを前提にしています」
「殿下なら」
「私は間違えます」
ネネは即座に否定した。
「感情もあります。恐怖も、怒りもある。......私がユリウスへの感情があるなら、なおさらです」
室内が静まった。
ネネは、自分の言葉に気づいたように目を伏せた。
だが、訂正しなかった。
「あんな男に好意を抱いているのですか」
「分かりません」
ネネは、かつてのユリウスと同じ言葉を使った。
「でも、殺せないと思う程度には」
「国のために、その者を利用できないのですか」
ネネは答えなかった。
答えられなかった。
それは、ユリウスがしたこととなにが違うのだろう。
*
ユリウスは、王宮東塔の部屋へ移された。
窓には鉄格子もない。
扉にも鍵は掛けられていない。
出ようと思えば、誰にも止められない。
それでも、彼は部屋にいた。
夕方、ダリオが訪れた。
ネネに頼まれたのではない。ユリウスが逃げないか見張るため、自分から来たのだと言った。
「本当に全部言ったんだな」
「ネネが嘘をつくなと言ったから」
「あいつの命令だけは聞くんだな」
「そうだね」
ダリオは窓辺に立った。
ユリウスから最も離れた場所だった。
「処刑になるかもしれない」
「ネネは命令できない」
「それを利用するな」
「利用?」
「あいつが殺せないと分かって、ここにいるんだろ」
ユリウスは否定しなかった。
「逃げれば、ネネは僕を追わなければならない。僕がいる限り、彼女は国と僕の間で選び続ける」
「だから、自分が消えればいいとでも思ってるのか」
「そのほうが、迷う時間は短い」
ダリオは拳を握った。
「最後まで、あいつの選択をお前が決めるつもりか」
ユリウスは答えなかった。
ダリオはそれ以上近づかず、扉の外へ出た。
「逃げたら止める。死のうとしても止める。お前のためじゃない。ネネに、また誰かの決めた結果を背負わせないためだ」
扉が閉じた。




