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平均点の少年は、誰の痛みも分からない  作者: くるみ


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第40話 優しい人

王宮北棟で起きたことは、王冠炉の暴走として発表された。


ヴァルター・クローネを含む17人が死亡した。

30人が魔力の大半を失った。

白塔の運営に関わった証拠は、王宮北棟と関係者の住居から発見された。

白塔原簿も、匿名で王国評議会へ届けられた。

リナにかけられていた反逆の疑いは取り消された。

王宮は、誤認逮捕だったとして正式に謝罪した。

だが、彼女の家族が王都で薬舗を続けることは難しかった。

一度広がった噂は消えない。


反逆者の娘。

白塔の協力者。

王宮から謝罪を受けても、客は戻らなかった。

リナの家族は、南部の町へ移ることを決めた。

リナも学院を退学することになった。



「最初から、こうなると分かっていた?」


荷物をまとめ終えた教室で、リナが尋ねた。

夕暮れの光が、空になった机へ差している。

ほかの生徒は帰っていた。

ユリウスとリナだけが残っている。


「退学するとは思っていなかった」

「捕まることは?」

「分かっていた」

「拷問されることも?」

「可能性はあった」

「家族が疑われることも?」

「それも」


リナは頷いた。

すでに泣いてはいなかった。


「白塔原簿を鞄に入れたのは、ユリウスだよね」

「うん」

「私が何も言わないと思った?」

「思った」

「好きだったから?」

「それも理由の1つだよ」


リナは目を閉じた。


「本当に、ひどいね」

「そうだね」

「謝らないの?」

「謝れば、何か変わる?」

「変わらない」

「なら、言う意味はないと思う」


リナは小さく笑った。乾いた笑いだった。

以前、ユリウスの言葉を聞いて見せた笑顔とは違う。


「そういうところだよ」

「何が?」

「謝るのは、変えるためだけではないんだよ」

「では、何のため?」

「傷つけたことを、傷つけた側も覚えていると伝えるため」


ユリウスは考えた。

エマの墓で、ネネも似たことを言っていた。

助けられなかったことと、忘れていいことは違う。


「忘れてはいないよ」

「覚えていても、痛くないでしょう?」

「うん」

「私が学院を辞めても、家族が王都を離れても、ユリウスは悲しくない」

「不便にはなる」

「それだけ?」

「今は」


リナは窓の外を見た。


「ユリウス」


リナが呼んだ。


「何?」

「あなたは、私を裏切ったことを後悔しないと思う」

「うん」

「それでも、忘れないで」

「忘れないよ」

「私があなたを好きだったことではなくて」


リナは包帯の外れた右手を見せた。

薄い火傷の痕が残っている。


「あなたを好きだった人を、あなたがどう使ったかを」


ユリウスは、その傷を見た。


「分かった」

「いつか、ネネを守るために同じことをするとき、思い出して」

「どういうこと?」

「これが私からあなたへの仕返しよ」


リナは扉を開けた。


「さようなら、ユリウス」

「さようなら、リナ」


振り返らずに出ていく。

廊下を歩く足音が遠ざかる。

ユリウスは、空になった隣の席を見た。

リナが死んだわけではない。

戻ろうと思えば、いつか会える。

それでも、もう以前と同じ場所へは戻らない。

その事実を、少しだけ惜しいと思った。



ネネは、王宮の事件から学院を休んでいた。

教師は、体調を崩して実家へ戻ったと説明した。

手紙を出しても返事はない。

寮の管理人も、戻る日は分からないと言った。


1週間。

2週間。


ネネの席には、誰も座らなかった。

学生食堂のいつもの卓には、ユリウスだけが座っていた。

リナはいない。

ネネもいない。

ダリオは別の卓に座り、ユリウスと目を合わせなかった。


リナが王都を出た日、ダリオは授業を休んだ。見送りへ行ったのだろうと、ユリウスは推測した。本人へ確かめることはしなかった。


ユリウスはネネの居場所を探していた。

学院の記録。

寮の書類。

休暇申請。

家族からの手紙。

すべて調べた。

住所は存在している。

だが、そこには古い空き家しかなかった。

ネネの家族を見たという教師も、誰も顔を覚えていない。

書類の筆跡は毎回異なっている。

最初から、ネネ・アルノーという生徒の身元そのものが作られていたように見えた。


ネネがいなくなってから、学院の毎日は静かだった。

誰にも本を覗き込まれない。

焼き菓子の感想を求められない。

知らない人を助ける理由について、何度も尋ねられることもない。

楽なはずだった。

それでも、ネネが戻らない日が重なるほど、胸の内側にある空白が大きくなった。

ほかのことをしている間にも、彼女の声や横顔が浮かんだ。

その状態へ名前をつけてくれる相手は、もうユリウスのそばにはいなかった。



その日の夕方、王都全体に鐘が響いた。

学院の鐘ではない。

王宮の大鐘だった。

国王か王族に重大な事態が起きたときにだけ鳴らされる。

教師たちが廊下を走る。

生徒たちは窓へ集まった。

王宮の塔に、黒い旗が掲げられている。


「何があったんだ」


ダリオが窓の外を見る。

ほどなくして、学院長から全生徒へ通達があった。

国王が倒れた。

王宮北棟の事件によって、王都の政治は混乱している。

王位継承者が近く国民の前に姿を現し、臨時に国政を担うという。


「王位継承者?」


ダリオが言った。


「王女が後継者みたいだよ」


近くの生徒が答えた。


ユリウスは窓の外を見た。

病弱。

王都の大きな政治行事がある日に学院を休む。

存在しない家族。

作られた身元。

リナの審議中に、正門を通らず王宮へ入り込めた理由。

胸の内側で、複数の事実がつながりかける。


だが、その考えが形になる前に、教室の扉が開いた。

王宮の使者が立っていた。


「ユリウス・レイン殿」

「はい」

「王位継承者殿下がお呼びです」


教室の視線がユリウスへ集まる。


「僕を?」

「ただちに王宮へ同行してください」


使者の胸には、王家の紋章があった。

ユリウスは立ち上がった。

なぜ自分が呼ばれるのか。

答えは、まだ分からない。

それでも、呼んだ者が誰であるのかを、もう半分は理解していた。

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