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平均点の少年は、誰の痛みも分からない  作者: くるみ


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第39話 止まった王宮

静寂が王宮を覆った。

審問室の人々は、息をする途中の姿勢で動きを失っている。

赤く光っていたリナの金属環も、係官の手にあった注射器も静止していた。

ネネも動かない。

ユリウスは天井裏から下りた。

拘束されたリナの前へ立つ。

右手の火傷。

折れた指。

以前の傷はまだ完全には治っていない。

今回、薬は使われなかった。

それでも、金属環によって神経の一部が傷ついている。

あとで自然な治療に見える程度まで戻せる。

ユリウスは拘束具を外した。


次に、ネネを見る。

怪我はない。

係官が伸ばしていた手を、彼女から遠ざける。

安全な位置へ移動させようとして、触れる直前に止まった。

一瞬、ネネの瞼が動いたように見えた。

ユリウスは彼女の顔を覗き込んだ。

呼吸は止まり、身体も動いていない。

目も閉じたままだった。

光の加減だろうと判断した。


「あとで説明するよ」


声は届かない。

ユリウスはネネを壁際の安全な場所へ移した。



王冠炉は、審問室のさらに地下にあった。

巨大な円形の空間。

中央には、黒い金属で作られた炉がある。

無数の管が壁へ伸び、王都全体の結界へ魔力を送っていた。

グレゴールは制御盤の前に立っている。

彼も完全には停止していなかった。

指先が、ごくわずかに動いている。

白塔で抽出した魔力を自分の身体へ取り込み、時間干渉への抵抗を得ているらしい。


「やはり」


声は出なかった。

だが、唇の形で分かった。

ユリウスはグレゴールの前へ立った。


「あなたの予想どおりです」


停止した世界で、ユリウスの声だけが響く。


「僕がやりました」


深淵種。

冬至祭。

白塔。

鐘楼。

グレゴールはすべてを疑っていた。

今、その答えを見ている。


「でも、知ったところで意味はありません」


ユリウスは王冠炉へ手を置いた。

最深部には、王国中の魔力紋を束ねる照合核があった。そこには、平均的な値へ偽装されたユリウス・レインの記録も残っている。


触れるだけで消せた。10年近く準備してきた計画は、今、この場で完成できる。記録を消し、空間を渡り、誰にも見つからない土地へ去ることができた。

ユリウスは消さなかった。自分が逃げれば、白塔の残党と王宮の関係者はネネを狙い続ける。今の彼にとって、自分が自由になることより、彼女へ向けられた脅威を先に消すほうが重要だった。


内部には、長年にわたり集められた魔力が蓄積されている。

死刑囚。

病人。

孤児。

学院の生徒。

何百人もの生命から奪われたものだった。

炉を壊せば、王都の結界は消える。

そのままでは、深淵の侵食が始まる。


ユリウスは術式を読み取った。

人間から魔力を供給する部分だけを切り離す。

代わりに、王都周辺の地脈から少量ずつ魔力を集めるよう書き換える。

地脈へ負担をかけすぎれば、土地が枯れる。

王都だけではなく、周囲数百里へ回路を広げた。

長く維持できる。

初めから、こうすればよかった。

術式を理解し、実行できる者がいなかっただけだ。


「あなたたちは、必要な犠牲だと言った」


ユリウスはグレゴールを見た。


「でも、必要ではありませんでした」


グレゴールの瞳に恐怖が浮かぶ。


「ただ、あなたたちに力がなかっただけです」


ユリウスは炉から手を離した。

新しい術式が完成する。

王冠炉に残っていた余剰魔力が逆流し始めた。

白塔に関わった者たちの身体には、炉と接続するための印が刻まれている。

魔力を受け取る側ではない。

供給する側として認識を書き換えた。


審問室にいる12人。

地下のグレゴール。

暗部の拠点にいる者。

白塔原簿へ署名した者のうち、今も王都にいる者。

すべてが炉へつながる。

時間を戻せば、彼らの魔力と生命は王冠炉へ吸い上げられる。

死ぬ者もいるだろう。

助かっても、2度と魔法を使えなくなる。

ユリウスは人数を数えた。

47人。

全員が同じ程度に関わったわけではない。

命令に従っただけの者もいる。

途中で離れようとした者もいる。

それを区別する必要は感じなかった。

秘密を知っている。

ネネを狙った。

それだけで十分だった。



審問室へ戻る。

ネネは、移した場所で目を閉じたまま動かなかった。

ユリウスが何をしたかは分からないだろう。

時間が止まったことすら、意識には残らないはずだった。

彼はネネの頬へ手を触れた。


「怖がらないでほしい」


届かない言葉だった。


「それだけは、嫌なんだ」


時間を動かす。



世界が音を取り戻した。

王冠炉が起動する。

王宮全体が揺れた。

審問室にいた者たちが、一斉に悲鳴を上げる。

身体から白い光が引き抜かれ、床の術式へ吸い込まれていく。


「何をした!」


ヴァルターが叫ぶ。

ユリウスは天井裏へ戻らなかった。

部屋の中央に立っている。

もう隠しきれない。


「炉を直しました」

「お前が」

「白塔は必要ありません」


ヴァルターが杖を向ける。

魔法は発動しなかった。

魔力を失っている。


「私たちを殺すつもりか」

「結果として、死ぬ人もいると思います」

「止めろ!」

「嫌です」


ユリウスは穏やかに答えた。

リナが椅子から崩れ落ちる。

ダリオが扉を破って入ってきた。


「リナ!」


彼女を抱き起こす。

次に、部屋の中央にいるユリウスを見る。


「お前、何を」

「終わらせたんだ」

「こいつらは」

「白塔に関わった人たちだよ」


ヴァルターの身体が床へ倒れた。

呼吸が止まる。

ほかの者も、次々に意識を失っていく。


ネネは壁際に立っていた。

ユリウスを見ている。

その顔には、明確な恐怖があった。


「ネネ」


ユリウスが近づこうとする。


「来ないで」


ネネは言った。

ユリウスの足が止まった。

父と同じ目。

だが、父に向けられたときとは違う。

胸の内側が、鋭く痛んだ。

痛みというものを、ユリウスは初めてはっきりと理解した。

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