第38話 審問
リナの審問は、王宮北棟の地下で行われた。
公式の裁判ではない。
白塔の記録が公になる前に、関係者が白塔原簿の所在と情報の流出範囲を確認するための場だった。
表向きには、王国評議会による機密聴取とされている。
審問室には、12人が集まっていた。
ヴァルター・クローネ。
学院評議会の役員。
王宮結界局の官僚。
軍の魔術部門の将校。
白塔原簿に名前のあった者の大半である。
グレゴールの姿はなかった。
別の場所から、術式を通じて参加しているらしい。
リナは部屋の中央に座らされていた。
両腕を椅子へ固定され、首には金属環がつけられている。
「白塔原簿は、誰から受け取った」
ヴァルターが尋ねた。
「知りません。いつの間にか入っていました」
金属環が赤く光った。
リナの身体が震える。
「君の鞄から見つかった」
「入れられたんです」
「誰に」
「分かりません」
再び光る。
リナは歯を食いしばった。
ユリウスは天井裏にいた。
石壁の隙間から、室内の様子を見ている。
ダリオは北棟の外で待たせていた。
ネネも学院へ残るよう言った。
2人が従ったとは思っていない。
特にネネは、リナを助けるためなら自分から危険な場所へ来る。
それを防ぐため、学院の門に細工をした。
今夜だけ、生徒の外出記録に異常があれば教師へ通知される。
ネネが抜け出そうとしても、止められるはずだった。
「ユリウス・レインという生徒を知っているな」
ヴァルターが尋ねる。
リナの顔がわずかに動く。
「同級生です」
「彼が白塔原簿を持っていた?」
「知りません」
金属環が光る。
「彼から命令された?」
「いいえ」
「彼を庇っているのか」
「庇っていません」
金属環が、弱く反応した。
リナ自身も、もう自分が何をしているのか分からないのだろう。
ユリウスを許してはいない。
それでも、彼を差し出すことも望んでもいない。
「やりにくいな」
軍人の1人が言った。
「薬を使え」
「脳へ損傷が残る可能性があります」
「白塔原簿の所在が分かればよい」
係官が注射器を用意する。
ユリウスは、その薬を知っていた。
記憶を無理に引き出す。
数回使えば、人格が壊れる可能性が高い。
まだ関係者が全員集まっていない。
グレゴールの居場所も特定できていない。
ここで動けば、彼だけが逃げる。
リナは死なない。
ただし、元のリナではなくなる可能性がある。
ユリウスは考えた。
薬を使わせたあとでも、脳の損傷を戻すことはできる。
意識がない状態で近づけばよい。
ならば、まだ待てる。
注射器がリナの腕へ近づく。
「待ってください」
扉の外から声がした。
ネネだった。
ユリウスは眉を寄せた。
学院の門は越えられないはずだった。
教師に止められる。
王宮の北棟まで、生徒が1人で入れる理由もない。
扉が開く。
ネネは学院の制服を着ていた。
その後ろには王宮の衛兵が2人いる。
どうやって入ったのかは分からない。
ネネは室内を見回し、リナの姿を見つけた。
「その人は、正式な裁判を受けていません」
「生徒が入る場所ではない」
ヴァルターが冷たく言った。
「出なさい」
「嫌です」
ネネはリナの前へ立った。
「罪があるなら、公の場で裁いてください」
「国家機密に関わる問題だ」
「だからといって、何をしてもいいわけではありません」
「君には関係ない」
「同じ学院の友人です」
ヴァルターが衛兵を見る。
「連れ出せ」
衛兵は動かなかった。
困惑しているように見える。
ネネは、ここへ来る途中で正式な王宮の通行許可を得たのかもしれない。
ユリウスはそう考えた。
病弱な少女が、どのような理由で許可を得られたのかは分からない。
だが、ネネは人に頼み込むことを厭わない。
何人もの役人へ事情を訴え、ようやくここへ入れたのだろう。
「白塔原簿は、リナのものではありません」
ネネが言った。
「なぜ分かる」
「リナは、エマが持っていた白塔原簿の中身をほとんど知りません」
「証明できるのか」
「私も、白塔原簿を見ました」
室内の視線がネネへ集まる。
ユリウスも息を止めた。
「では、君も連行する必要がある」
ヴァルターが言う。
「白塔原簿はどこだ」
「知りません」
ネネは答えた。
嘘ではない。
現在、白塔原簿を持っているのはユリウスだった。
「この少女にも拘束具を」
係官が近づく。
ユリウスは動こうとした。
そのとき、天井裏の奥から別の魔力を感じた。
グレゴール。
審問室の地下にいる。
術式を介して参加しているのではない。
王冠炉の制御室から、全員を監視している。
関係者は、これで揃った。
*
「ネネ」
リナが掠れた声を出した。
「どうして来たの」
「迎えに来た」
「ユリウスは?」
ネネは答えなかった。
「来ていないの?」
「分からない」
リナは笑った。
弱い笑いだった。
「いるよ」
ユリウスの位置を知っているわけではない。
それでも、確信しているように言った。
「きっと、どこかで見てる」
ユリウスは天井裏から2人を見下ろした。
リナは正しい。
ネネは、ゆっくりと周囲を見た。
「ユリウス」
小さく名前を呼んだ。
室内の者には、意味が分からなかっただろう。
「いるなら、もう待たないで」
ユリウスは目を閉じた。
リナへ薬を使わせるつもりだった。
あとで治せる。
関係者を集めるためなら、必要なことだった。
ネネが同じ椅子に座らされていたら。
同じ薬を使われるとしたら。
あとで治せるとしても、待てるだろうか。
答えは明らかだった。
待てない。
それは、作戦として不合理だった。
ユリウスは指を動かした。
世界が止まった。




