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平均点の少年は、誰の痛みも分からない  作者: くるみ


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第37話 罪人の名前

翌朝、学院へ王宮の調査官が訪れた。

10人を超える武装した衛兵を連れている。

教師たちは生徒を教室へ戻し、廊下へ出ないよう命じた。


「また何かあったのかな」


リナが窓から中庭を見下ろした。

右手には、まだ薄い包帯が巻かれている。


「王宮の調査らしい」


ダリオが答えた。


ネネは教室にいた。

昨日とは違い、いつもの席に座っている。

だが、昼食を一緒に取るかどうかは分からない。


調査官が教室へ入ってきた。


「リナ・フォード」


名を呼ばれ、リナが立ち上がる。


「はい」

「王国に対する反逆の疑いで、同行してもらう」


教室が静まり返った。


「反逆?」


リナの顔から血の気が引く。


「何かの間違いです」

「持ち物を確認する」


衛兵が机と鞄を調べ始める。

教科書。

薬草の瓶。

筆記具。

鞄の底から、革表紙の白塔原簿が出てきた。

エマが白塔から持ち出したものだった。

教室の空気が変わる。


「どうして」


リナが白塔原簿を見る。


「私は知りません」

「王冠炉の機密記録もある」


別の衛兵が、彼女の教科書の間から薄い冊子を取り出した。

セラが残した記録だった。


「違います。これは」

「君の持ち物から発見された」

「誰かが入れたんです」

「誰が?」


リナは答えられなかった。

視線が、ユリウスへ向いた。

一瞬だけ。

ユリウスは心配そうな顔を作った。


「何かの間違いです」


立ち上がって言う。


「リナが、王国を裏切るはずがありません」

「座っていろ」

「でも」

「捜査を妨害すれば、君も連行する」


ユリウスは口を閉じた。

リナの両手に拘束具がつけられる。


「待て」


ダリオが前へ出た。


「こいつがそんなことをするはずないだろ!」

「証拠がある」

「誰かが仕込んだんだ!」

「その可能性も含めて調査する」

「なら、犯罪者みたいに縛る必要はない!」


衛兵が杖を向けた。

ダリオは構わず衛兵に向かっていく。


衛兵がダリオに拘束の魔法をかける

ダリオは強く縛り上げられる。


「やめろ!連れて行くな!」


ダリオは苦しげに叫ぶ。

リナはダリオを悲しげに見た後に、ユリウスを見た。

恐怖。

疑い。

そして、理解。

彼女の表情が、ゆっくりと変わる。


「ユリウス」


名前を呼ばれた。


「何?」

「私の鞄に、触った?」

「触っていないよ」


その日の始業前、リナが教師に呼ばれて席を外した隙に、白塔原簿と記録を入れた。

監視術式には、別の生徒が近づいたように見える情報を残してある。


「そう」


リナは、それ以上何も言わなかった。

連行されていく。

教室の扉が閉じる。

誰も話さなかった。



「お前だろ」


授業が終わると同時に、ダリオがユリウスの胸倉をつかんだ。


「何が?」

「白塔原簿を入れたのは、お前だ」

「証拠は?」

「そういう言い方をする時点で、お前だ!」

「声が大きいよ」

「リナが連れていかれたんだぞ!」

「分かってる」

「どれだけ傷つければ気が済むんだ」


教室には、まだ生徒が残っている。

遠巻きにこちらを見ていた。

ネネもいた。


「場所を変えよう」


ユリウスはダリオの手を外した。

力を使わずとも、関節の方向を変えれば難しくない。

4人で使っていた空き教室へ移る。

今は3人だった。


「本当に、ユリウスなの?」


ネネが尋ねた。


「何が?」

「リナの鞄へ、白塔原簿を入れたの?」


ユリウスは2人を見た。

否定しても、ダリオは信じない。

ネネも、昨日の話を聞いたあとでは疑い続ける。


ダリオが代わりに話し始めた。


「白塔原簿を持つ人間が見つかれば、白塔に関わった者たちが動く」

「リナを捕まえさせるため?」

「情報を聞き出す必要があると思ったんだろ」


ダリオがユリウスを睨みつけた。


「いつ助けるつもりなんだ」

「関係者が集まってからかな」

「今すぐ助けろ!」

「今動けば、全員にはたどり着けない」

「全員を捕まえるためなら、リナが傷ついてもいいのか」

「死ななければ」


ダリオが拳を上げた。


「やめて」


ネネが間に入った。

ダリオの拳が止まる。


「ネネ、こいつは」

「分かってる」


ネネはユリウスを見た。


「リナを助けられるの?」

「助けられる」

「今でも?」

「うん」

「では、今助けて」

「まだ駄目だ」

「どうして?」

「白塔に関わった人間は、王宮にも学院にも残っている。今リナを助ければ、彼らは証拠を消して逃げる」

「それでも」

「また別の白塔が作られるかもしれない」


ネネが黙る。

ユリウスは続けた。


「リナ1人を今すぐ助けることと、今後犠牲になるかもしれない多くの人を助けること。どちらを選ぶ?」

「その選び方が間違っている」

「でも、選ばなければならない」

「リナは、選ばれることに同意していない」

「同意を求めれば、断るかもしれない」

「だから、知らせなかったの?」

「そうだよ」


ネネはユリウスを見たまま、ゆっくりと首を振った。


「それは、助けることではないよ」

「結果として多くの人が助かる」

「ユリウスは、友達を傷つけて多くの人を助けたいと思っているの?」


ユリウスは答えなかった。


「それとも自分の秘密を守りながら、邪魔な人たちを全部消したいだけ?」


ネネの声は震えていた。

それでも、目を逸らさなかった。


「違う?」

「結果は同じだよ」

「同じではないんだよ」


ネネは言った。


「誰のためにしたのかは、同じではないよ」


ユリウスには、その違いが重要だとは思えなかった。

同じ人数が助かる。

同じ相手が排除される。

結果が同じなら、動機は誰にも影響しない。


「リナは、怖い思いをしている」

「死なせない」

「死ななければ、何をしてもいいの?」


昨日と同じ問いだった。

ユリウスには、ネネが求める答えが分からなかった。


「今夜、王宮で非公開の審問がある」


ユリウスは言った。


「白塔原簿に名前のある人間の多くが集まる」

「どうして知っている?」

「調べたから」

「そこで何をするつもり?」

「終わらせる」

「殺すの?」


ネネの問いに、ダリオもユリウスを見る。


「必要なら」

「駄目」

「では、どうすればいい?」

「罪を明らかにして、裁きを受けさせる」

「裁く側も関わっている」

「関わっていない人を探す」

「時間がかかる」

「それでも」

「その間に、リナは処刑されるかもしれない」


ネネの顔が白くなる。


「だから、僕の方法が早い」

「そうやって、いつも相手に選ばせないんだね」


ユリウスは何も答えなかった。


「私も行く」


ネネが言った。


「駄目だよ」

「リナを助けに行く」

「危険だ」

「リナには危険なことをさせたでしょう?」

「君は駄目だ」


言葉が強くなった。

ネネが目を見開く。


「どうして?」

「君が傷つくから」

「リナは傷ついてもいいの?」


答えられなかった。

沈黙そのものが、答えだった。

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