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平均点の少年は、誰の痛みも分からない  作者: くるみ


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第35話 違い

リナの右手には、火傷の痕が残った。

折れた指は治癒魔法によって元の位置へ戻されたが、しばらく細かな作業はできない。

薬の調合にも支障が出るという。

医師は、時間をかければ回復すると説明した。

リナは、ほとんど話さなかった。

ユリウスが見舞いへ来ても、眠っているふりをした。

3日目の夕方、ようやく目を開けた。


「話したいことがある」


治療棟の個室には、2人しかいなかった。

窓の外には雨が降っている。


「何?」


ユリウスは寝台の横へ座った。

リナは包帯の巻かれた右手を見た。


「私、ユリウスのことが好きだった」


過去形だった。


「分かっていたよね?」

「何となくは」

「いつから?」

「森林実習のあとくらい」


リナが小さく笑った。


「ずっと知ってたんだ」

「言わないほうがいいと思った」

「どうして?」

「僕から確認するのは失礼だから」

「本当に?」


リナの声は穏やかだった。

怒鳴るよりも、そのほうが答えにくかった。


「私がユリウスを好きなら、頼みを断らないと思ったからじゃないの?」


ユリウスは黙った。


「閉架書庫も、眠り薬も、白塔も、全部そうだった?」

「リナにしか頼めないこともあった」

「それは、答えになっていないよ」

「ごめんね」


ユリウスは答えた。

ここで否定しても意味がない。

リナはもう、理解している。

彼女の目から涙が落ちた。

それでも、顔を逸らさなかった。


「私が傷ついても、平気だった?」

「死なない範囲なら、計画を変える理由にはならなかった」


リナはしばらく呼吸を止めたように見えた。


「そう」


やがて、短く答えた。


「本当に、そうなんだね」

「リナ」

「ネネにも、同じことができる?」


ユリウスは答えなかった。

リナへ封筒を渡したとき、一瞬だけネネを使う選択肢を考えた。

すぐに消した。理由は説明できない。


「できないんだ」


リナは言った。


「私だったから、できたんでしょう?」

「リナなら、頼みを断らないと思った」

「そういう意味じゃない」


ユリウスは、リナを見た。

彼女は泣いている。

以前なら、手を握れば落ち着いた。

今、触れれば拒まれるだろう。


「あなたは、優しい人ではないわ」


リナが言った。


「優しい人に見える方法を知っているだけ」


ユリウスの父も、似たことを思ったのかもしれない。

感情が欠けている。

人間とは違う。


「そうかもしれない」


ユリウスは答えた。

リナは目を閉じた。


「もう、お願いをしないで」

「分かった」

「2人きりで話しかけないで」

「分かった」

「ネネにも近づかないで」


ユリウスは答えなかった。

リナは、もうこちらを見なかった。


「帰って」


ユリウスは立ち上がった。

扉を閉める直前、リナの泣き声が聞こえた。

胸の内側には、何も起きなかった。



治療棟の外で、ダリオが待っていた。

壁へ背を預けていたが、ユリウスを見た瞬間に身体を起こした。


「何を話した」

「リナに聞いて」

「これ以上、あいつに負担をかけるな」


ダリオの拳が、ユリウスの頬へ当たった。

今回は、ユリウスは避けなかった。


「俺は、リナが好きだ」


ダリオは、吐き出すように言った。


「ずっとだ。あいつがお前を見てることも知ってた。それでも、あいつが幸せならいいと思って、何も言わなかった」

「そうだったんだ」

「お前は、その気持ちを道具にした」


ユリウスは否定しなかった。


「俺も利用するのか」

「必要なら」

「ネネは?」


答えは出なかった。


「できないんだろ」


ダリオは笑わなかった。


「リナは囮にできた。ネネはできない。それが何なのか、お前にはわからないだろう」

「うん、どうしてかな」

「お前が自分で分からないなら、そのまま苦しめ」


ダリオはユリウスの胸を押した。


「もう友達だと思うな。俺にも話しかけるな」


先ほどリナから言われたことと、よく似ていた。

ユリウスは、ダリオが去る背中を見た。


ネネが自分から離れる状態を想像した。

胸の内側に冷たいものが生じた。

それが恐怖に近いことだけは、誰かに教えられなくても分かった。



ネネが学院へ戻ったのは、その翌日だった。

8日間の欠席だった。

以前より顔色はよく、階段を上っても呼吸は乱れていない。


「おはよう」


教室へ入ったネネは、いつものように笑った。


「リナは?」


最初に尋ねたのは、彼女のことだった。


「治療棟にいる」


ダリオが答える。


「何があったの?」

「ユリウスに聞け」


ダリオの声は冷たかった。

ネネがユリウスを見る。


「怪我をしたんだ」

「どうして?」

「王宮の事件に巻き込まれた」

「今、会える?」

「たぶん」


ネネは鞄を置くこともせず、治療棟へ向かった。

ユリウスは、その背中を見送った。

追うべきか考えた。

リナは、何を話すだろう。

すべてを説明するかもしれない。

ユリウスの力については知らない。

だが、彼が自分を囮にしたことは知っている。


ユリウスは教室を出た。

治療棟へ向かう。

扉の前まで来たところで、中からリナの声が聞こえた。


「ネネ」

「うん」

「ユリウスを、信じすぎないで」


短い沈黙。


「何があったの?」

「私、あの人のことが好きだった」


リナの声が震える。


「だから、何を頼まれても断れなかった」

「ユリウスが、危険なことを頼んだの?」

「危険だと教えないまま、私を使った」

「そんな」

「本当だよ」


ネネは何も言わなかった。


「ユリウスを信用したら駄目よ」


ユリウスは扉の外に立っていた。

入ればよい。

誤解だと説明する。

リナは傷つき、感情的になっている。

自分は全員を助けるために行動した。

そう言えば、ネネは少なくとも話を聞くだろう。

だが、扉へ手を伸ばすことができなかった。


「私は」


ネネの声が聞こえた。


「ユリウスに助けてもらったことがある」

「私も、何度も助けてもらったと思ってた」

「思ってた?」

「でも今は、何のためだったのか分からない」


ユリウスは、自分の手を見た。

ネネを助けた理由。

冬至祭。

白塔。

火災。

そのたびに、秘密を守るための合理性を超えて力を使った。


「でも」


リナが言った。


「ネネには、私と違うのかもしれない」

「どういう意味?」

「ユリウスは、あなたを使わないから」


ユリウスは、扉から離れた。

それ以上は聞かなかった。

教室へ戻る途中、胸の内側に奇妙な感覚があった。

ネネが自分を疑うこと。

怖がること。

離れていくこと。

そのどれも、望ましくなかった。

これまで、秘密が知られることを恐れたのは、自分が排除されるからだった。


今は違う。

ネネにだけは、知られたくない。

その理由に、ようやく名前がつき始めていた。

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