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平均点の少年は、誰の痛みも分からない  作者: くるみ


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第34話 囮

セラを殺した男たちの拠点は、王都南部の地下水路にあった。

古い排水路を改造し、複数の部屋と脱出路を作っている。

ヴァルターの暗部は、そこで白塔関係者の監視や処分を行っていた。

ユリウスは、1人で内部を確認した。

捕らえられている者はいない。

壁には、監視対象の名前が並んでいた。


エマ。

マーサ。

白塔から救出された3人。

ダリオ。

リナ。

ネネ。

そして、ユリウス。


ネネの名の横には、赤い印がつけられていた。

確保優先。

殺害禁止。

ユリウスは、その紙だけを剥がした。


残る者を、すぐに殺すことはできる。

だが、地下水路にいるのは実働部隊だけだった。

命令を出している役人や貴族は、別の場所にいる。

全員を集める必要がある。

方法は簡単だった。

彼らが最も欲しがっているものを見せればよい。

セラが残した王冠炉の記録。

白塔原簿。

そして、それを持っている人間。



「これを王宮へ届けてほしい」


ユリウスは、リナへ封筒を差し出した。

放課後の薬草実習室だった。

外では、細い雨が降っている。


「誰に?」

「王宮評議会の書記官」

「セラさんが渡そうとしていた記録?」

「写しだけだよ」

「どうして私が?」

「リナの家は王宮へ薬を納めている。届け物をしても、不自然ではないから」


リナは封筒を受け取らなかった。


「危険はないの?」

「王宮の受付へ渡すだけだよ」

「本当に?」

「うん。でも心配だよね。僕がなんとかするから大丈夫」


ユリウスは微笑んだ。

明確な嘘だった。

暗部は、リナを監視している。

彼女が記録を持って王宮へ向かえば、必ず途中で動く。


「でも、ユリウスが見つかったら、言い訳できないじゃない」

「まあ、そうなるね」


甘えると言い換えれば、相手は受け入れやすい。特に好意を抱いている相手には。


「ごめんね。つい、甘えてしまったんだ」


リナは笑わなかった。


「わかったわ。あなたより私の方がばれても言い訳できるもの」


ユリウスは少し悲しげに微笑んで見せた。


「これを届ければ、本当に何かが変わるの?」

「関係者を捕まえられるかもしれない」

「セラさんを殺した人も?」

「うん」


それは事実だった。


「分かった」


リナは封筒を受け取った。


「届ける」

「ありがとう」

「でもね、その前に、1つ確認したいことがあるの」

「なにかな?」


リナは急に顔を強張らせて、少し深く息を吸い込んだ。

少し目線が右上に富んで


「私のことを好き?」


ユリウスはリナの目を見た。

彼女はなにかを理解し始めている。

別の囮を用意する必要がある。

ネネを使うこともできる。

その考えは、浮かんだ瞬間に消えた。


ユリウスは考えを追い払うように、リナを見つめた。

リナの目は潤んでいた。


「もちろん。好きだよ、リナ」



リナが学院を出てから、ユリウスは少し離れて後を追った。

王宮へ続く大通りには人が多い。

暗部は、人目のある場所では動かない。

リナが薬舗の近道として細い路地へ入ると、2人の男が前後を塞いだ。


「何ですか」


リナが足を止める。

男の1人が、王宮の徽章を見せた。


「調査のため、同行してもらう」

「どこの部署ですか」

「結界局だ」

「学院の先生に連絡を」


リナが後退する。

背後の男が、口元へ布を押し当てた。

リナが抵抗する。

小さな薬瓶を取り出し、男の顔へ投げた。

瓶が割れ、刺激臭が広がる。

前方の男が咳き込んだ。


以前のリナなら、何もできずに捕まっていたかもしれない。

今は、自分で危険へ備えている。

それでも、相手は訓練された大人だった。

短杖から光が放たれ、リナの身体が力を失う。

男たちは彼女を荷車へ乗せた。


ユリウスは動かなかった。

今助ければ、拠点へ向かわない。

リナは生きている。

すぐに殺される可能性は低い。

記録の場所を聞き出すために、まず尋問するはずだった。

ユリウスは荷車を追った。



地下水路の部屋には、暗部の男が7人集まっていた。

リナは椅子へ縛られている。

右手には、術式が刻まれた金属環をつけられていた。


「白塔原簿はどこだ」


男が尋ねる。


「知りません」


金属環が赤く光る。

リナの身体が跳ねた。

手首の皮膚が焼ける。


「封筒は、誰から受け取った」


リナは唇を噛んだ。


「自分で用意しました」


再び術式が発動する。

苦痛に耐えきれず、声が漏れた。


ユリウスは壁の向こうにいた。

部屋の様子は、魔力の流れから分かる。

リナはユリウスの名前を言わない。

予想どおりだった。

まだ助ける必要はない。

7人のうち、1人が王宮へ連絡を送ろうとしている。

その連絡先をたどれば、暗部へ命令を出している者が分かる。


「ユリウス・レインから渡されたのか」


男が尋ねた。

リナは顔を上げた。


「違います」


術式が光る。

今度は強かった。

リナの指が不自然に曲がる。

金属環が骨にまで圧力をかけている。

それでも、名前を言わなかった。


「もう1度聞く」


男が杖を構える。


「ユリウス・レインは、白塔原簿を持っているか」


リナは息を整えた。


「知りません」


男が杖を振り上げる。

その瞬間、扉が吹き飛んだ。

ダリオが部屋へ入ってきた。


「そこまでだ!」


剣が男の杖を弾く。


「ダリオ?」


リナが掠れた声を出す。


「遅くなった。」


ダリオは彼女の前へ立った。

ユリウスは壁の向こうで、わずかに眉を寄せた。

ダリオが来る予定はなかった。


「出てこい、ユリウス!」


ダリオが叫ぶ。


「そこにいるんだろ!」


暗部の男たちが周囲を見回す。

ユリウスは、隠れている意味がなくなったと判断した。

壁の陰から姿を現す。


「よく分かったね」

「お前がリナを1人で行かせるはずがない。俺はリナの後をつけてたんだ」


ダリオは怒りに満ちた目でユリウスを見た。


「最初から、こうなると知ってたな」

「可能性は考えていたよ」

「いつ助けるつもりだった」

「いますぐにでも」


リナの顔から、血の気が引いた。

ダリオは何かを言いかけた。

暗部の男が、その隙に魔法を放つ。

ユリウスは指先を動かした。

術式の一部を崩す。

放たれた炎は軌道を外れ、天井へ当たった。


「ダリオ、リナを」

「命令するな!」


それでもダリオは拘束具を斬った。

ユリウスは、男たちの魔法が発動しないよう、見えない範囲で術式を壊していく。

ダリオには、相手が動揺して失敗しているように見えるだろう。

数分もかからず、7人全員が床へ倒れた。

最後の1人が意識を失う。


ユリウスは、その男が送ろうとした連絡の行き先を確認した。

王宮評議会議員、ローレンス・バルド。

白塔原簿に名のある人物だった。

目的は達成した。


「リナ」


ユリウスが近づくと、リナは後ずさった。

右手を胸元へ抱えている。


「触らないで」


ユリウスは足を止めた。


「治療が必要だよ」

「最初から見てたの?」

「ダリオが来てからだよ」

「嘘」


リナの目に涙が浮かぶ。


「私が連れてこられるところから、ずっと見てたんでしょう?」


ユリウスは答えなかった。

否定しても、信じない。


「どうして、すぐ助けなかったの」

「命令を出した人間を知る必要があった」

「私が死んでも?」

「死なせるつもりはなかった」

「つもり?」

「死ぬ前には助けたよ」


リナは、ユリウスを見た。

そこにあったのは、恐怖だった。

5歳の冬。

小鳥を前にしたユリウスを見た、父と同じ目だった。


「ユリウス」


ダリオが低い声で言う。


「お前、自分が何をしたか分かってるのか」

「リナは生きている。暗部の拠点も分かった」

「そういう話じゃない!」

「では、どういう話?」


ダリオの拳が、ユリウスの頬へ向かった。

ユリウスは避けるのではなく、左手で易々と受け止めた。

ダリオが目を見張る。


「それが分からないなら、俺が説明しても無駄だ」


ダリオはリナを抱き上げた。


「学院へ戻るぞ」


リナは、最後までユリウスを見なかった。

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