↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
平均点の少年は、誰の痛みも分からない  作者: くるみ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
32/45

第32話 王冠炉

王都中央図書館は、日が沈むと来館者が少なくなった。

高い天井を支える石柱の間に、魔石の明かりが並んでいる。

セラと名乗った書記官は、歴史資料の棚の奥で待っていた。


「2人とも来たんですね」


彼女は周囲を確認し、声を落とした。


「ほかの方には?」

「話していません」


リナが答える。


「白塔原簿は?」

「安全な場所にあります」


ユリウスは言った。


「えっ、どうしてユリウスが持っているの」


リナが声を上げたが、ユリウスは目線だけで言葉を制した。


「中身を見ましたか」

「一部だけ」

「王宮北棟の記載も?」

「はい」


セラは目を閉じた。


「やはり、エマは持ち出していたんですね」

「エマを知っていたんですか」

「名前だけです。王宮の記録から、突然消えた生徒がいることには気づいていました」

「北棟には、何があるんです?」


セラは、すぐには答えなかった。


「王冠炉です」

「王冠炉?」

「王都全体の結界を維持するための、大規模な魔力炉です。王宮が建てられる以前から、地下に存在しています」


王冠炉は、王都結界だけではなく、王国が登録した魔力紋を照合する追跡術式の根にもなっている、とセラは説明した。学院の測定記録も、最終的にはそこへ集められる。

ユリウスが長く探していたものだった。炉の中枢へ入れれば、自分の魔力紋を消し、王国のどこからも追えない存在になれる。白塔を追ってきた理由が、王宮北棟でようやく1本につながった。


「そこへ、白塔の魔力が送られていた?」


ユリウスが尋ねる。

セラが頷く。


「冬至祭の事件よりも前からです」

「何年くらい?」

「少なくとも15年」


白塔が運用されていた期間より長い。


「以前は、どこから魔力を集めていたんですか」

「王国各地の魔石鉱山や、軍の余剰魔力です。でも、鉱山の産出量が減り、国境の防衛にも魔力が必要になった」

「それで、人間を使った」

「最初は、死刑囚や終身刑の囚人が対象だったそうです」


セラの声が硬くなる。


「次に、身寄りのない病人。孤児。最後に、魔力の強い学生」

「そんなこと......!王宮は知っていたの?」


リナが尋ねる。


「全員ではありません。一部の結界局員と、学院の関係者だけです」

「ヴァルター長官も?」


セラは答えなかった。

その沈黙で十分だった。


「王冠炉を止めれば、どうなります?」


ユリウスが尋ねる。


「現在の王都結界は、数日で消滅します」

「すぐに襲撃される可能性は?」

「国境の敵国が気づけば。あるいは、冬至祭で接続された深淵が再び侵食するかもしれません」

「では、白塔の方法は合理的だった」


リナがユリウスを見る。

セラも顔を上げた。


「合理的かどうかではありません」

「王都の数十万人と、数人の生徒です」

「選ばれたのが、あなたの友人でも同じことを言えますか」


ユリウスは少し考えた。

ダリオなら。

リナなら。

ネネなら。


「同じとは限りません」

「それが問題なんです」


セラは言った。


「彼らは、自分たちに関係のない人間を選んだ。家族も、権力もない人間を」

「選ばれる側に力がなかったから?」

「そうです」


ユリウスには理解できる。

反撃される可能性が低い者を選ぶのは、当然だった。


ただし、発覚した場合の処理が甘い。

エマを生かした。

白塔原簿を残した。

学院の生徒へ疑いを持たせた。


「あなたは何をするつもりですか」


ユリウスが尋ねた。


「証拠を集めています」


セラは懐から、小さな鍵を出した。


「北棟の記録庫に、王冠炉への魔力供給記録があります。白塔原簿と一致すれば、王宮も隠せません」

「誰へ渡すの?」

「王国評議会です」

「評議会にも、関係者がいるかもしれない」

「分かっています」

「それでも?」

「すべての人が関わっているわけではありません」


セラは鍵を握った。


「誰も信用しなければ、何も変えられない」


ネネも似たようなことを言うだろう。

ユリウスはそう思った。

それが正しいとは思わない。

信用する相手を間違えれば、死ぬ。


「記録を取るのを手伝ってくれますか」


セラが尋ねた。


「僕たちが?」

「学院の生徒なら、白塔の証言者になれます」

「そんなの危険です」


リナが言った。


「だから、断ってくれても構いません」


ユリウスは、セラの鍵を見た。

北棟へ入る手段。

グレゴールの印も、今なお北棟にある。


「僕は、手伝います」

「ユリウス」


リナが止める。


「記録を見るだけだよ」

「前も、そう言った」

「今回は、王宮の人が一緒にいる」

「その人が安全だって、どうして分かるの?」


セラの表情が曇る。

リナは自分の言葉が失礼だったと思ったのか、すぐに頭を下げた。


「ごめんなさい。でも、もう誰を信じればいいのか分からなくて」

「当然だと思います」


セラは静かに答えた。


「私も同じです」


ユリウスは2人を見た。

リナは疑うことを覚え始めている。

それでも、最終的には誰かを信じようとする。

その点は変わっていなかった。



図書館を出たあと、リナもう、白塔原簿について尋ねなかった。

ただ、今度からは危険なことはすべて教えて、と悲しそうな表情で言った。

ユリウスは、目線を下げて、ごめんね、とだけ謝った。


そのあとユリウスは1人で王宮北棟へ向かった。

リナには学院へ戻ると言った。

セラとの話は、明日改めて相談すると説明した。


グレゴールの印が動いている。

北棟から、王宮の地下へ。

ユリウスは人通りの少ない路地で時間を止めた。

王宮を覆う監視術式へ触れないよう、空間そのものを折り曲げる。

北棟の廊下へ移動した。

壁の向こうに、2人の声が聞こえる。


「白塔原簿は、まだ見つからないのか」


ヴァルター長官だった。


「エマが鐘楼へ持ち込んだことは確かです」


グレゴールが答える。


「ならば、崩落の下だ」

「遺体の周辺にはありませんでした」

「生徒が持ち出した可能性は?」

「ユリウス・レインです」


ユリウスは壁際に立ったまま、会話を聞いた。


「証拠はあるのか」

「彼が関わった場所では、不自然に多くの人間が助かっています」

「多く?」


ヴァルターが笑った。


「鐘楼では、エマが死んだ」

「......彼女は彼の力を目撃したのではないかと」


沈黙が落ちた。


「確かなのか」

「もし彼が時間を止めることができるのであれば、彼女の膨大な魔力は時間干渉に強かったことが予測されます」


グレゴールは、エマが見ていたことに勘付いていた。


「ならば、少年が見捨てたのか」

「おそらく」

「自分の秘密を守るために?」

「ええ」


ヴァルターが低く笑った。


「使える」

「危険です」

「危険だから使えるのだ。王冠炉の問題を、彼なら解決できるかもしれない」

「従うとは思えません」

「従わせるものを探せ」

「すでに見つけています」


グレゴールの声が、わずかに明るくなる。


「親しい友人が3人います。薬屋の娘と、剣術を得意とした少年、病弱な少女です」


ユリウスは動かなかった。

壁の向こうで、ヴァルターが何かを尋ねる。


「最後のはどこの家の娘だ」

「身元は調べています。ただ、記録が曖昧で」

「学院が把握していないのか」

「地方の下級貴族の遠縁として登録されています。実家で療養していることが多く、家族も学院へほとんど姿を見せない」


ネネのことだった。

記録が曖昧なのは、病弱で頻繁に居所を変えるからだろう。

ユリウスは、そう理解した。


「最後の少女を確保しろ。欠席が多いなら目立たないだろう」


ヴァルターが言った。


「殺すな。少年が動くか確かめる」

「ほかの2人は?」

「必要なら使え」


リナとダリオ。

誰を犠牲にしても構わないということだった。

ユリウスはグレゴールへつけた印を消した。

もう追跡する必要はない。

背後にいる者は分かった。

ヴァルター・クローネ。

王宮結界局長。

今すぐ2人を殺すこともできる。


だが、白塔に関わった者は白塔原簿だけでも数十人いる。

ヴァルターを殺せば、別の者が計画を引き継ぐ。

全員を見つける必要があった。

その前に、ネネを安全な場所へ移す。

ユリウスは王宮を出た。

学院へ戻る途中で、ネネが休んでいることを思い出した。

実家の場所を知らない。

教師も、寮の管理人も詳しくは教えなかった。

ヴァルターたちも調べられていない。

ならば、今は安全である可能性が高い。


それでも、ユリウスは早く戻ってきてほしいと思った。

自分の目で確認できる場所へ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。