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平均点の少年は、誰の痛みも分からない  作者: くるみ


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第31話 王宮北棟

エマの葬儀から6日後、学院へ王宮からの使者が訪れた。

冬至祭と白塔での事件について、関係した生徒から改めて話を聞きたいという。

呼び出されたのは、ユリウス、ダリオ、リナの3人だった。

ネネの名もあったが、彼女は前日から学院を休んでいた。


「また熱だって」


王宮へ向かう馬車の中で、リナが言った。


「昨日までは元気だったのに」

「いつものことだろ」


ダリオは窮屈そうに脚を組み直した。

学院から借りた礼装は肩幅が合っておらず、少し動くたびに布が軋んだ。


「ネネは、元気に見えるときも急に休むからな」

「見舞いへ行けないのかな」

「寮にいないらしいよ」


ユリウスが言うと、リナが顔を上げた。


「実家に戻ったの?」

「療養のために家族が迎えに来たと、先生が言っていた」

「そうなんだ」


リナは納得したようにうなずいた。


ユリウスは窓の外へ目を向けた。

ネネへ出した短い手紙にも、返事はない。

以前なら、病気で休んでいるという説明だけで十分だった。

今は、いつ戻るのかを知りたいと思う。


「それより、どうして俺たちまで呼ばれるんだ」


ダリオが不満そうに言った。


「話なら、もう何度もしただろ」

「王宮の調査だからじゃないかな」

「同じことを聞かれるだけだぞ」

「ダリオには、表彰もあるらしいよ」


リナが笑う。


「冬至祭で、生徒の避難を手伝ったから」

「表彰なんていらない」

「深淵種も倒した英雄だからね」


ユリウスが言うと、ダリオは露骨に顔をしかめた。


「それを言うな」

「どうして?」

「俺が倒した気がしないからだよ」

「剣は君のものだったよ」

「そういう問題じゃない」


ダリオは窓の外へ顔を向けた。

それ以上、話すつもりはないらしい。

ユリウスは黙った。

ダリオはまだ、演習森林での出来事を疑っている。

だが、何を疑えばよいのか分かっていないようだった。



王宮は、学院よりも静かだった。

大勢の役人や使用人が行き交っているにもかかわらず、話し声は低く、足音も絨毯に吸い込まれている。

壁には歴代の国王を描いた肖像画が並び、窓の外には雪に覆われた庭園が見えた。

ダリオの表彰は、簡素なものだった。

結界局の長官から銀色の勲章を渡され、形ばかりの賛辞を受ける。


「貴君の勇気によって、多くの生徒が救われた」


ダリオは硬い顔で頭を下げた。


「俺だけが助けたわけではありません」

「謙遜する必要はない」


長官は穏やかに笑った。


名を、ヴァルター・クローネといった。

王宮結界局を20年以上率いている高位魔術師である。

白い髪を短く整え、右手には古い火傷の痕があった。

ユリウスは、その顔を白塔原簿の中で見た覚えがあった。

白塔へ魔力抽出の許可を与えた者の1人。

署名も残っている。


「君が、ユリウス・レインか」


ヴァルターの視線が向けられた。


「はい」

「白塔から、重傷者を運び出したそうだな」

「ダリオたちに助けてもらいました」

「自分の手柄を語らない生徒が多いようだ」

「僕には、特別な力はありませんから」


ユリウスは微笑んだ。

ヴァルターも笑った。

その目だけは、笑っていなかった。


「平均的な生徒だと聞いている」

「はい」

「学院では、何位だったかな」

「先月の魔法実技は59位でした」


以前は61位だった。

順位を少し上げている。


「よく覚えているな」

「努力した結果なので」


ヴァルターは、しばらくユリウスを見ていた。


「今後の成長を期待している」


言葉だけを聞けば、ありふれた激励だった。

だが、ユリウスには別の意味に聞こえた。

見ている。

そう告げられたようだった。



事情聴取は、王宮の西棟で行われた。


ユリウスたちは別々の部屋へ通され、冬至祭と白塔で見たことを繰り返し尋ねられた。

ユリウスは、これまでと同じ説明をした。

冬至祭では、倒れた生徒を助けただけ。

白塔では、ダリオとネネの指示に従って行動した。

グレゴールの魔法を消したことも、時間を止めたことも話さない。

調査官は何度か同じ質問をしたが、新しい情報は得られないと判断したらしい。


「以上です」


部屋を出ることを許された。

廊下には誰もいなかった。

ダリオとリナの聴取は、まだ終わっていない。


ユリウスは、制服の内側に意識を向けた。

グレゴールへつけた魔力の印。

それは王宮の北側にある。

遠くはない。

ユリウスは廊下を進んだ。

途中で使用人とすれ違えば、道を間違えたふりをする。

王宮は複雑だった。

西棟と北棟の境には、鉄製の扉がある。

一般の来訪者は入れない。

扉の前には、2人の衛兵が立っていた。


「そちらは立入禁止だ」

「すみません。出口を探していて」

「来た道を戻れ」

「はい」


ユリウスは素直に頭を下げた。

角を曲がり、衛兵の視界から外れる。

時間を止めれば、簡単に通れる。

だが、王宮内には強い監視術式が張られている。

時間への干渉を感知する仕組みがある可能性も高い。

別の方法が必要だった。


「ユリウス?」


背後から声がした。

リナだった。


「聴取は終わったの?」

「うん。ユリウスがいないから、探してた」

「道を間違えたみたいだ」

「出口は反対だよ」

「そうなんだ」


リナは鉄扉を見た。


「北棟へ行こうとしてた?」

「どうして?」

「エマさんの白塔原簿に、王宮北棟って書いてあったから」


ユリウスはリナを見た。

彼女は白塔原簿の中身を、すべて知っているわけではない。

だが、エマが見せた頁の一部を覚えていたらしい。


「少し気になっただけだよ」

「また1人で調べるつもりだった?」

「王宮の中で、勝手なことはしないよ」

「本当に?」

「本当だよ」


リナは、以前のようにすぐには納得しなかった。


「最近、ユリウスの本当は、あまり信用できない」

「悲しいな」

「そういう顔をしても駄目」


リナは言った。

だが、声には甘さが隠れていた。

離れるつもりはない。

疑いながらも、ユリウスのそばにいる。


「西棟へ戻ろう」


リナが言った。

そのとき、鉄扉の向こうで何かが落ちる音がした。

続いて、小さな悲鳴。

衛兵の1人が扉を開け、中を覗く。


「どうした」

「書類を落としただけです」


女性の声だった。

開いた扉の隙間から、白い紙が廊下へ滑り出てくる。

リナが反射的に拾った。


「すみません」


扉の向こうから、若い女性が手を伸ばした。

王宮の書記官らしい。

灰色の制服を着て、髪を後ろで束ねている。

リナが紙を渡そうとしたとき、女性の視線がユリウスへ向いた。

次に、彼の胸元にある学院の紋章を見る。

女性の顔が強張った。


「あなたたち、白塔にいた生徒ですか」


衛兵が振り返る。


「セラ、余計な話をするな」

「でも」

「書類を拾ったなら、早く戻れ」


女性は唇を結んだ。

紙を受け取る際、リナの手へ何かを握らせる。

小さく折られた紙片だった。

扉が閉じる。

衛兵はユリウスたちを睨んだ。


「早く西棟へ戻れ」

「はい」


2人は来た道を引き返した。

角を2つ曲がったところで、リナが紙片を開く。

短い文章が書かれていた。


――白塔の白塔原簿を持っているなら、誰にも渡さないで。北棟には味方はいない。

その下に、日時と場所が記されていた。


明日の夕方。

王都中央図書館。


「どうする?白塔原簿なんて持ってないでしょ」


リナが尋ねた。


「会うよ」


ユリウスは即答した。


「危険かもしれない」

「だから、確かめる必要がある」

「私も行く」

「リナは来なくていい」

「どうして?」

「巻き込みたくないから」


ユリウスは、適切な言葉を選んだ。

リナはしばらく彼を見ていた。


「本当に、それだけ?」

「ほかに何があるの?」

「私がいると、困ることをするからじゃないの?」


ユリウスは笑った。


「考えすぎだよ」


リナは紙片を握ったまま、目を逸らさなかった。


「私も行く」


今回は、譲るつもりがないらしい。


「分かった」


ユリウスは答えた。

秘密がばれたとしても、リナとの関係性のためにも、連れていくほうがよいと判断した。

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