第3話 英雄
エドガー・バルガスは、仲間を守って命を落とした英雄として葬られた。
ユリウスは、その発表を聞いて少し意外に思った。
だが、学院が公表した記録には、エドガーが深淵種の注意を引きつけ、仲間が反撃するための時間を稼いだと書かれていた。
公爵家の次男が、恐怖に駆られて逃げようとした末に死んだとは発表できなかったのだろう。
棺には王国旗が掛けられた。
葬儀には公爵家の人々だけでなく、学院長や王宮の役人も参列した。
学院の中央広場には、彼の名を刻んだ慰霊碑が建てられることになった。
生前のエドガーを知る生徒たちは、口々に彼を褒めた。
勇敢だった。
責任感が強かった。
仲間思いだった。
ユリウスは黙って聞いていた。
人は死者の記憶を、都合よく整える。
家の名誉や、生きている者の体面を守るためなら、事実そのものを書き換える。
その点では、自分とそれほど違わないのかもしれない。
ダリオは、深淵種を倒した生徒として表彰された。
「俺が倒したのか?」
医務室で目を覚ました彼は、同じことを3度尋ねた。
「そうだよ」
ユリウスはベッドの横に座り、林檎の皮を剥いていた。
刃先を一定の深さで滑らせる。
赤い皮が、1度も途切れずに垂れ下がっていた。
「最後のところが、よく思い出せない」
「頭も打ったみたいだからね」
「剣を刺した感触はある」
ダリオは、自分の両手を見た。
「でも、あんなものを俺が斬れるはずがない」
「実際に斬ったんだから、できたんだよ」
「お前は何をしていた?」
「リナとネネのそばにいた」
林檎を切り分け、皿に載せる。
「僕には、戦う力がなかったから」
ダリオはユリウスを見た。
疑っているというよりも、自分の記憶に自信を持てないようだった。
やがて、ダリオは視線を落とした。
「悪い。変なことを聞いた」
「気にしなくていいよ」
ユリウスは皿を差し出した。
「大変な目に遭ったんだから、混乱するのは当然だ」
相手が疑いを口にしたとき、すぐに否定してはいけない。
理解を示せば、人は自分から疑いを恥じる。
ダリオは林檎を一切れ取り、それ以上は何も尋ねなかった。
*
リナは、魔獣が現れた直後から何も覚えていなかった。
意識を取り戻したのは、事件から3日後だった。
ダリオが魔獣を倒したと聞くと、彼女は泣いた。
何度も礼を言った。
ダリオは困ったように笑い、自分もほとんど覚えていないのだと答えた。
リナが泣きながら礼を言うあいだ、ダリオはほとんど彼女の顔を見なかった。耳だけが赤くなっていた。
ユリウスは、ダリオが魔獣の最初の一撃を受けたとき、考えるより先にリナの前へ出たことを思い出した。
「でも、ユリウスもありがとう。あなたが近くにいてくれたのでしょう」
「いただけだよ。僕は自分のことで精一杯だった」
「それでも、私の近くに立ってくれた」
リナが泣きながら笑った。
ユリウスも笑った。
場面に適した表情だった。
リナは、ユリウスの笑顔を見ていた。
ユリウスは気づいていたが、気づかないふりをした。
相手が何を望んでいるか分からないうちは、こちらから動くべきではない。
リナは扱いやすい人間だった。
親切にすれば、親切を返す。褒めれば喜び、拒絶すれば傷つく。
今後、役に立つ可能性がある。
だから、彼女が自分へ向ける感情を、止める理由はなかった。




