第19話 使えるもの
白い塔へ向かう前に、ユリウスはリナへ頼み事をした。
「眠り薬を作れる?」
「誰に使うの?」
「ミロを連れ去った人間に」
リナの顔が強張る。
「危ないことをするつもり?」
「先生たちへ知らせる前に、ミロが本当にいるか確認したい」
「どうして先生に任せないの?」
「ベルトランは学院の内部に協力者を持っているかもしれない。こちらが動いたと知られれば、ミロを殺す可能性がある」
「殺す……」
リナは唇を噛んだ。
「でも、私たちだけでは」
「中へ入るのは僕だけだよ」
「駄目」
「リナは学院に残る」
「それでも駄目だよ」
「では、ミロを放っておく?」
リナが黙る。
ユリウスは、その表情を見た。
正義感と恐怖。
自分への心配。
どれを強く刺激すれば、望む答えになるか分かっていた。
「僕も怖いよ」
声を少し落とす。
「でも、エドガーやアレンのように、また助けられなかったらと思うと」
「ユリウスのせいじゃない」
「次もそう言えるかな」
「……何を作ればいいの?」
「匂いのない眠り薬。液体で、肌についただけでも効くもの」
「そんな強い薬は危険だよ」
「量は調整する」
「間違えたら、死ぬかもしれない」
「間違えないよ」
リナはユリウスを見た。
「本当に、誰も殺さない?」
「殺さない」
ユリウスは答えた。
自分から手を下す予定はなかった。
それが、相手が死なないという意味ではない。
*
リナは夜までに薬を用意した。
小さなガラス瓶に入れ、布で何重にも包んでいる。
「少しでも手についたら、すぐに洗って」
「分かった」
「1人で行かないで」
「ダリオには話すよ」
「私も行く」
「駄目だよ」
「どうして?」
「リナが狙われる可能性がある」
「ユリウスだって」
「僕は、学院から疑われていない」
リナは言葉を失った。
停学になったのは彼女だけだった。
ユリウスは何の処分も受けていない。
「責めているわけではないよ」
ユリウスは優しく言った。
「これ以上、君を危険な目に遭わせたくないんだ」
リナの表情が緩む。
「必ず戻ってきて」
「約束する」
ユリウスは薬を受け取った。
リナが立ち去ったあと、瓶を光へかざした。
十分な濃度だった。
皮膚に触れれば、成人でも数時間は意識を失う。
呼吸器へ入れば、量によっては死ぬ。
使い方は多かった。
*
「俺には、先に全部説明しろ」
学院の裏門で、ダリオは腕を組んでいた。
「説明したよ」
「白い塔に行くことしか聞いてない」
「ミロがいるかもしれない」
「それだけか?」
「それだけだよ」
「リナに薬を作らせたんだろ」
「なんのこと?」
「あいつが泣きそうな顔をしてた」
「心配性なんだ」
「誰のせいだと思ってる」
ダリオはユリウスへ近づいた。
「お前、リナを利用してないか」
「何のために?」
「それが分からないから聞いてる」
「僕だって、リナが嫌がることはしないよ」
「断れないって分かってるだろ」
ユリウスは答えなかった。
ダリオの認識は正しい。
「お前は、あいつを好きなのか」
「友達だよ」
「そういう意味じゃない」
「では、どういう意味?」
「もういい」
ダリオは乱暴に息を吐いた。
「ミロを見つけたら、すぐ先生を呼ぶ。それでいいな」
「分かった」
「勝手なことをするなよ」
「しないよ」
ユリウスは微笑んだ。
ダリオがその言葉を信じていないことは、表情を見れば分かった。




