第18話 白い塔
ミロだけではなかった。
過去3年間に、学院を突然休学し、後に退学となった奨学生が6人いた。
いずれも平民か孤児であり、学院内に強い後ろ盾を持っていなかった。
退学理由は、家庭の事情。
病気。
成績不振。
本人の希望。
記録上は、どれも不自然ではない。
だが、全員の退学手続きに同じ職員が関わっていた。
事務官のベルトラン・ハーグ。
ネネとユリウスが話を聞いた男だった。
「この人が、ミロをどこかへ連れていったの?」
放課後の図書館で、ネネが小声で尋ねた。
「まだ分からないよ」
ユリウスは古い新聞を閉じた。
白塔についての記事だった。
魔力を持つ孤児を集め、人体実験を行った施設。
表向きは慈善院として運営されていた。
王国軍が踏み込んだときには、多くの研究者が逃亡していたという。
「先生に話したほうがいいんじゃない?」
「証拠がない」
「6人もいなくなってる」
「全員が事件に巻き込まれたとは限らないよ」
「でも」
「事務官を疑っていると知られたら、ミロを別の場所へ移されるかもしれない」
ネネは黙った。
「では、どうするの?」
「退学した生徒の荷物を調べる」
「どこにあるか分かる?」
「寮の倉庫だと思う」
「勝手に入るの?」
「入らないよ」
ユリウスは微笑んだ。
「ダリオに頼む」
*
「嫌だ」
ダリオは即答した。
「まだ何も説明していないよ」
「説明されなくても分かる。規則を破る話だろ」
「寮の倉庫を確認してほしいだけだよ」
「誰の荷物を?」
「ミロの」
「家へ送るんじゃなかったのか」
「まだ残っているかもしれない」
「なんで俺が」
「男子寮に入れるから」
「お前も入れるだろ」
「僕が行くと、先生に目をつけられるかもしれない」
「俺ならいいのか?」
「ダリオは、倉庫の前を通っても不自然ではないから」
「どういう意味だ」
「よく物をなくすだろう?」
ダリオは怒った顔をした。
事実だった。
「俺を馬鹿にしてるのか」
「信頼しているんだよ」
「その言い方は信用できない」
それでも、ダリオは倉庫へ行った。
図書館で待っていると、ダリオが焦った表情で駆け寄ってきた。
「本当に残ってたぞ。そしてまずいことになった」
古い鞄と、数冊の教科書。
着替え。
飼育小屋で使う手袋。
家へ帰るつもりだった人間の荷物ではない。
「先生に見つかったの?」
「倉庫の鍵が開いてた」
「開いていた?」
「ああ。中に事務官がいた」
ユリウスは顔を上げた。
「ベルトラン?」
「名前は知らない。痩せた男だ。変な印がついた上着を着てた」
「何をしていたの?」
「ミロの鞄と教科書を炉へ入れようとしてた。寮の倉庫なのに管理人も連れず、顔を見たら『害虫駆除の職員だ』って名乗った」
「事務官の服で?」
「だから止めた。そうしたら扉を閉めて、俺にも荷物にも杖を向けたんだ」
「それで?」
「術式を撃たれる前に、杖を弾いて殴った」
ダリオは当然のように答えた。
「怪我は?」
「気絶しただけだ」
「先生へ引き渡した?」
「いや」
「どうして?」
「そいつが、教師にも仲間がいるって言ったからだ。お前も騒ぐなって言ってただろ」
「そこまでは言っていないよ」
「どっちなんだ!」
ダリオの声が図書館に響いた。
司書がこちらを睨む。
ネネが口元へ指を当てた。
「静かに」
「俺だけが悪いのか?」
「声が大きいのは、ダリオが悪いよ」
リナが小声で言った。
彼女も調査へ加わっていた。
「それで、事務官はどうしたの?」
「倉庫に縛って置いてきた」
「見張りは?」
「いない」
ユリウスは立ち上がった。
「もう逃げているかもしれない」
「縄はきつく結んだぞ」
「魔法を使える人間だよ」
「まずい!」
4人は男子寮の倉庫へ向かった。
扉は開いていた。
中には、切られた縄だけが残っている。
床には、白い粉が落ちていた。
魔力の痕跡を消すための薬品だった。
「逃げられた」
ダリオが低く言った。
「ごめん」
「ダリオのせいではないよ」
ネネが言う。
「それより、ミロを早く探さないと」
ユリウスは床に残った白い粉へ触れた。
薬品そのものは、痕跡を消している。
だが、粉が運ばれてきた経路までは消えていなかった。
王都の北西。
学院の外れにある、使われなくなった観測塔。
白い石で造られた塔だった。
「場所が分かったかもしれない」
ユリウスは言った。




