第17話 いなくなった生徒
最初に異変へ気づいたのは、ネネだった。
「ミロを見ていない?」
昼休み、学生食堂でネネが尋ねた。
「誰だ?」
ダリオがパンを齧りながら聞き返す。
「火事のとき、フィンと一緒に魔法生物を飼っていた子」
「ああ、あの小さいやつか」
「3日くらい、食堂に来ていないの」
「風邪じゃない?」
リナが言った。
「先生は、家へ戻ったと言ってた」
「なら、それで終わりだろ」
ダリオは気にしていないようだった。
ネネは納得していない顔をしている。
「でも、飼育小屋に荷物が残ってる」
「急に帰ったのかもしれないよ」
「世話をしていた魔法生物も、そのままなの。ミロなら、誰かに頼むと思う」
ユリウスは本から目を上げた。
「よく気づいたね」
「フィンが心配していたから」
「本人の部屋は?」
「寮の先生に聞いたけど、入れてもらえなかった」
「それが普通だよ」
生徒がほかの生徒の部屋へ、自由に入ることはできない。
まして、ミロは男子寮にいる。
ネネには確認する方法がなかった。
「家へ手紙を出せば分かるんじゃないか?」
ダリオが言った。
「住所を知らない」
「先生に聞けばいい」
「教えてもらえなかった」
「なら、家へ帰ったんだろ」
ダリオは話を終えようとした。
ネネは黙った。
自分の考えが正しいと主張することはなかった。
ただ、少し不安そうにしていた。
「僕が調べようか」
ユリウスが言うと、3人の視線が集まった。
「どうやって?」
リナが尋ねる。
「奨学生の記録なら、事務棟にあるはずだよ」
「勝手に入るつもり?」
「そんなことはしないよ」
ユリウスは笑った。
「先生に聞いてみるだけ」
「私も行く」
ネネが言った。
「体調は大丈夫なの?」
「もう平気」
「先生に尋ねるだけなら、1人で十分だよ」
「でも、私が気になったことだから」
「では、一緒に行こうか」
ユリウスは答えた。
ネネが、ほっとしたように笑った。
「ありがとう」
ミロのことは、どうでもよかった。
家へ帰ったのなら、それでよい。
何かに巻き込まれているのなら、その原因に興味はある。
それ以上に、ネネがなぜ1人の欠席へそこまでこだわるのかを知りたかった。
*
事務棟の担当者は、ミロが家庭の事情で休学したと説明した。
「保護者からの申し出です」
「いつですか」
ネネが尋ねる。
「3日前です」
「お別れも言わずに?」
「急な事情だったのでしょう」
「荷物は、どうするんですか」
「後日、家族へ送ります」
「住所を教えてもらえませんか」
「個人情報です。生徒には教えられません」
職員は面倒そうに答えた。
ネネはそれ以上何も言えなかった。
事務棟を出ると、冷たい風が吹いていた。
「やっぱり、家へ戻ったのかな」
ネネが呟いた。
「学院がそう言っているならね」
「でも」
「まだ気になる?」
「うん」
「なぜ?」
ユリウスが尋ねると、ネネは立ち止まった。
「フィンが、ミロは家へ帰れないって言ってたから」
「どういうこと?」
「家族がいないの。学院へ入る前は、教会の孤児院にいたって」
「では、保護者というのは孤児院の人間かもしれない」
「そうかもしれないけど」
ネネは事務棟を振り返った。
「さっきの人、ミロのことを知らなかった」
「名前は知っていたよ」
「名前だけ」
「それで十分じゃない?」
「休学の手続きをしたなら、もう少し知っていると思う」
ユリウスはネネを見た。
成績は低い。
体力もない。
人前では声が小さく、自分の意見を強く主張することもない。
それでも、細かな違和感にはよく気づく。
ミロに関心があったからだろう。
ユリウスなら、必要のない相手について、そこまで観察しない。
「もう少し調べてみようか」
「いいの?」
「ネネが気になるんだろう?」
「ユリウスは気にならない?」
「少しは」
嘘だった。
ミロ本人には、ほとんど関心がない。
だが、事務職員の机の上に、白い塔を描いた印章が置かれていた。
学院のものではない。
職員の袖口にも、同じ印が刺繍されていた。
ユリウスは、その印を以前に見たことがあった。
閉架書庫で読んだ古い記録の中に、王国北部で禁じられた魔力抽出施設の印として描かれていた。
白塔。
人間から魔力を取り出し、別の術式へ転用する技術を研究していた組織。
50年前に解体されたはずだった。




