第16話 帰還
リナの停学処分が解かれたのは、冬至祭から1ヶ月後だった。
学院は、閉架書庫から見つかった術式について、オズワルド・ケインが事件の準備として仕掛けたものだと結論づけた。
リナが持ち込んだ木箱には、術式の一部を起動させる働きがあった。
しかし、箱そのものは図書館の備品として登録されていたものであり、事件以前から閉架書庫に置かれていた可能性がある、とされた。
リナが故意に術式を作動させた証拠はない。
入室規則を破ったことに対する処分は必要だが、すでに十分な停学期間を経ている。
そういう理由だった。
学院の判断を聞いたリナは、何度も安堵の息を吐いた。
誰も知らなかった。
図書館の備品目録に、その木箱の記録が加えられたのは、調査結果が発表される前日の夜だった。
オズワルドの執務室から押収された書類の中に、木箱へ術式を刻むよう命じた覚書が発見されたのも、同じ夜である。
筆跡も、使用された紙も、印章も本物だった。
ただし、オズワルドがそれを書いた事実だけがなかった。
*
リナが教室へ入ると、何人もの生徒が声をかけた。
「戻ってきたんだね」
「大丈夫だった?」
「疑いが晴れてよかった」
リナは1人ずつに頭を下げた。
笑っていたが、その表情は以前より硬かった。
教室の奥で、ユリウスは本を閉じた。
「おかえり、リナ」
リナは足を止めた。
しばらくユリウスを見たあと、目元を赤くした。
「ただいま」
「もう大丈夫なの?」
「うん。先生からも、疑いはないって言われた」
「よかった」
「ユリウスも、心配してくれた?」
「もちろん」
ユリウスは立ち上がった。
周囲の生徒が見ている。
ここでは、少し安心した表情を見せるのが適切だった。
「戻ってこなかったら、どうしようかと思ったよ」
リナの唇が震えた。
「私も、もう戻れないかと思った」
「何も悪いことはしていないんだから、当然だよ」
正確には違う。
リナは無断で閉架書庫へ入り、記録簿を切り取った。
学院の規則には明確に反している。
だが、今それを指摘する意味はなかった。
リナはユリウスの制服の胸元を見た。
そこには、彼女が新しく作った護符が掛かっている。
「まだ、つけてくれてるんだ」
「大切なものだからね」
リナは俯いた。
頬が赤くなっている。
その後ろから、ダリオが近づいてきた。
「戻ってくるのが遅いんだよ」
「ごめん」
「なんでお前が謝るんだ」
ダリオは大きな手を伸ばし、リナの頭を乱暴に撫でた。
「戻ったなら、それでいい」
「髪が崩れる」
「細かいことを気にするな」
「ダリオは少し気にしたほうがいいよ」
ネネが言った。
彼女も席を立ち、リナの前まで来た。
「おかえり」
「ただいま、ネネ」
リナがネネの手を握る。
今度は涙をこらえなかった。
「怖かった」
「そうだよね、私はリナを信じているから」
ネネが涙目で答えた。
リナは、はっとして口を閉じた。
「何でもない」
ネネは少し不思議そうな顔をしたが、それ以上は尋ねなかった。
ユリウスは2人を見ていた。
リナが戻れば、今後も利用できる。
図書委員としての立場も、薬舗とのつながりも役に立つ。
彼女への疑いを消したのは、合理的な判断だった。
それだけではない。
リナが停学になってから、ネネは何度も彼女のことを口にしていた。
今日は戻れるだろうか。
手紙を書いてもいいだろうか。
家で責められていないだろうか。
リナが戻れば、ネネがその話をしなくなる。
ユリウスにとっても、そのほうが都合がよかった。
*
昼休み、4人は学生食堂のいつもの卓を久しぶりに囲んだ。
リナは、停学中に家で焼いた菓子を持ってきていた。
「今度は私が作ったの」
「ネネよりは上手いのか?」
ダリオが言う。
「失礼だよ」
ネネは怒らずに笑った。
「リナは薬屋の娘だから、分量を量るのも上手そう」
「お菓子と薬は違うよ」
「どちらも、間違えたら大変そうだな」
「ダリオには作らせないほうがいいね」
ユリウスが言うと、3人が笑った。
リナが包みを開く。
焼き菓子は、すべて同じ大きさに整えられていた。
「ユリウス食べて」
「僕が?」
「感想を聞きたいから」
ネネのときと同じだった。
ユリウスは1つ取り、口へ入れた。
甘みが強い。
焼き加減に問題はない。
「おいしいよ」
「本当?」
「うん。甘くてちょうどよいよ」
リナは嬉しそうに笑った。
「ユリウスは甘いものが好きだと思ってた」
「どうして?」
「前に、食堂で蜂蜜を多く入れていたから」
ユリウスは覚えていなかった。
「覚えていてくれたんだね」
「うん」
リナは、期待するような目でユリウスを見た。
ユリウスは微笑んだ。
その横で、ネネが菓子を半分に割っていた。
「ネネは食べないの?」
「少しだけ食べる」
「具合が悪い?」
ユリウスが尋ねると、ネネは首を振った。
「昨日、少し熱があったから」
「なら、休めばよかったのに」
「リナが戻る日だったから、来たかったの」
リナがネネを見る。
「無理して来たの?」
「もう熱は下がってるよ」
「それでも」
「皆で食べたかったから」
ネネは小さく笑った。
ユリウスには理解できなかった。
リナは今日だけでなく、明日もいる。
体調が悪いなら、明日会えばよい。
合理的ではない。
だが、ネネはそういう選択をする。
ユリウスはもう、そのことに驚かなかった。




