第15話 名前を呼ぶ
冬至祭の事件で、11人が死亡した。
生徒が3人。
学院職員が4人。
来賓と護衛が4人。
負傷者は100人を超えた。
王都へ侵食が広がらなかったことを考えれば、被害は少なかったと学院は発表した。
門が完全に開いていれば、王都の半分が失われていた可能性もある。
オズワルド・ケインは、事件の首謀者と認定された。
時計塔から落ちた彼は、即死していた。
共犯者の多くも死亡したが、2人が生き残り、計画の詳細を証言した。
学院は英雄的な対応によって王都を救ったと報じられた。
ユリウスの名前は、どこにもなかった。
それでよかった。
*
リナは、事件の翌日に呼び出された。
閉架書庫の針から、彼女が持ち込んだ木箱の痕跡が見つかったためだった。
図書館への入室記録はなかった。
だが、司書の1人が、冬至祭の数日前にリナが閉架書庫に入っていったことを覚えていた。
「何をしに入ったのです」
教師の問いに、リナは答えなかった。
ユリウスから頼まれたとは、最後まで言わなかった。
「落とし物を探していました」
「誰の落とし物です」
「言えません」
「学院全体を危険にさらした術式が、その場所から見つかったのですよ」
「私は何も知りません」
リナは停学処分となった。
調査が終わるまで、実家へ戻されることになった。
「ごめんね」
学院を去る前、リナはユリウスへ言った。
「閉架書庫では、針を見つけられなかった」
「箱を開いてくれただけで十分だよ」
「でも」
「リナは何も悪くない」
ユリウスは彼女の手を取った。
「僕のためにしてくれたんだろう?」
リナの目に涙が浮かぶ。
「ユリウスの名前は言ってないよ」
「ありがとう」
「絶対に言わない」
「信じているよ」
リナは泣きながら笑った。
ユリウスも、安心させるように笑った。
彼女が処分を受けても、ユリウスには不利益がなかった。
むしろ、学院を離れている間は余計な質問をされずに済む。
必要なら、後で疑いを晴らす証拠を作ればよい。
今すぐ助ける必要はない。
「待っていてね」
リナが言った。
「うん、ずっと待っているよ」
ユリウスは答えた。
*
ネネは、治療棟の寝台に横たわっていた。
脚は折れていたが、命に別状はない。
医師は、石柱の下敷きになった傷としては不思議なほど出血が少なかったと言った。
ユリウスは、花を持って見舞いに来た。
「入ってもいい?」
「ユリウス」
ネネは身体を起こそうとした。
「そのままでいいよ」
花を窓辺へ置く。
白い花だった。
アレンの墓に供えたものと同じ種類である。
「ありがとう」
「具合は?」
「脚以外は平気」
「子供を庇ったんだってね」
「近くにいたから」
「君が死ぬところだった」
「でも、あの子は助かったよ」
「また同じ答えなんだね」
ネネは少し笑った。
「ユリウスは怒ってる?」
「どうして?」
「何だか、そう見えたから」
ユリウスは自分の表情を確かめた。
眉が寄っていたらしい。
怒っているつもりはなかった。
「君は、同じことを何度もする」
「人を助けること?」
「自分の命を危険にさらすこと」
「それしか方法がないときだけだよ」
「ほかの人に任せればいい」
「ほかの人が間に合わなかったら?」
「君が死ぬよりはいい」
言ったあとで、ユリウスは口を閉じた。
ネネが瞬きをする。
「どうして?」
「何が?」
「どうして、私が死ぬよりいいと思うの?」
ユリウスは答えを探した。
ネネが死ねば、昼休みの席が空く。
本を読んでいるとき、隣から質問されなくなる。
新しい菓子を持ってくる者もいなくなる。
それは面倒だった。
ダリオの場合と同じだ。
新しい関係を作ることが面倒だから、失いたくない。
そのはずだった。
「友達だから」
最も自然な答えを選んだ。
ネネは、少し嬉しそうに笑った。
「そう言ってくれるんだ」
「変だった?」
「ううん」
ネネは首を振った。
「嬉しい」
ユリウスは、その笑顔を見た。
胸の奥に、わずかな違和感があった。
痛みではない。
不快でもない。
名前の分からない感覚だった。
「冬至祭で亡くなった人の名前を、教えてもらったの」
ネネが枕元の紙を取った。
そこには、11人の名前が書かれていた。
「覚えるつもり?」
「うん」
「全員を?」
「忘れたくないから」
「話したことのない人もいるだろう?」
「それでも、同じ場所で亡くなった人だから」
ネネは紙を見た。
窓から差し込んだ冬の光が、彼女の横顔を薄く縁取った。伏せられた睫毛と、名前を追う唇の輪郭が、光の中だけ別のもののように見えた。
きれいだ、とユリウスは思った。
顔の形や左右の比率を評価したのではない。人を見て、理由より先にそう思ったのは初めてだった。
その判断が何を意味するのか分からず、ユリウスは何も言わなかった。
「学院は、11人の犠牲で済んだと言った」
「事実だね」
「うん。でも、11人には11人分の人生があった」
「覚えても、戻らないよ」
「分かってる」
「では、なぜ?」
ネネは少し考えた。
「名前を知らないままだと、犠牲になった人が、ただの数になってしまうから」
「数では駄目なの?」
「駄目ではないのかもしれない」
ネネは静かに言った。
「でも、私は嫌なの」
ユリウスは紙を受け取った。
11人の名前。
1度見れば、すべて覚えられる。
自分にとっては難しいことではない。
「読み上げようか」
「ユリウスが?」
「覚えたいんだろう?」
ネネはうなずいた。
ユリウスは、紙の上から順に名前を読んだ。
ネネも、1人ずつ繰り返した。
いつのまにか窓の外が暗くなっていた。
「全部覚えた?」
「たぶん」
「明日、確認してあげるよ」
「先生みたい」
「間違ったまま覚えるよりいいだろう?」
「そうだね」
ネネは笑った。
「ユリウスは、優しいね」
いつもなら、普通だよ、と答えるところだった。
だが、ユリウスは何も言わなかった。
11人のうち、少なくとも数人は簡単に助けられた。
助けなかった。
ネネが思うような人間ではない。
それでも、彼女の誤解を正すつもりはなかった。
「また明日」
ユリウスは立ち上がった。
「うん。また明日」
治療棟を出たところで、ダリオが壁にもたれていた。
「ずいぶん長かったな」
「名前を覚えるのを手伝っていたんだ」
「名前?」
「冬至祭で亡くなった人たちの」
「ネネらしいな」
ダリオは息を吐いた。
「お前も、よく付き合ったな」
「頼まれたから」
「頼まれてないだろ」
ユリウスはダリオを見た。
「どうして、そう思うの?」
「ネネは、人に頼み事をするのが苦手だ」
「でも、覚えたいと言っていた」
「だから、お前が勝手に手伝ったんだろ」
「同じことじゃないかな」
「違う」
ダリオは笑った。
「お前、ネネには妙に世話を焼くよな」
「友達だからだよ」
「リナも友達だろ」
ユリウスは黙った。
リナは停学になった。
原因を作ったのは自分だった。
助ける方法もある。
まだ何もしていない。
ネネが同じ処分を受けていたら、どうしただろう。
「違うのか?」
ダリオが尋ねた。
「何が?」
「いや」
ダリオは首を振った。
「お前が分かってないなら、まだいい」
「何の話?」
「そのうち分かる」
ダリオは先に歩き出した。
ユリウスは、その背中を見た。
意味は分からなかった。
ただ、ネネが死にかけた瞬間、自分は危険を冒して力を使った。
リナが処分を受けても、今は何もしていない。
両者の違いを、合理的に説明することはできなかった。




