第13話 5本目の針
学院の冬至祭は、1年で最も大きな行事だった。
王都から多くの貴族や役人が訪れ、学院の大広間では生徒による演武や研究発表が行われる。
夜には、学院の大結界を更新する儀式がある。
儀式を担当するのは学院長と、王宮から派遣された魔術師たちだった。
結界の更新中、学院を守る術式は短時間だけ不安定になる。
オズワルドは、その瞬間を狙っている。
5本の針の位置は、旧礼拝堂の地下で確認していた。
演習森林。
治療棟。
図書館。
講堂の地下。
そして、学院中央にある時計塔。
すべてをつなげば、学院全体が1つの召喚陣になる。
図書館の針は、閉架書庫に隠されていた。
ユリウスが細工をするなら、そこが最も容易だった。
しかしユリウスが侵入すれば、今度こそ疑いを持たれる可能性がある。
ユリウス自身が入る必要はない。
「閉架書庫で、もう1つ確認してほしいことがあるんだ」
放課後、ユリウスはリナへ言った。
「また入るの?」
「うん。前に本を取った棚の背板に、小さな黒い針が刺さっていなかったか見てほしい」
「黒い針?」
「森の召喚陣に使われていたものと似ているかもしれない。触らなくていい。近くでこの箱を開いて、そのあと持ち帰ってほしい」
ユリウスは、小さな木箱を差し出した。
箱の底には、針へ逆流術式を移すための魔法陣が刻まれている。リナが棚の前で蓋を開けば、それだけでよかった。
「先生に言ったほうがいいんじゃない?」
「証拠がなければ、前に無断で入ったことまで知られる。今度こそ、リナが処分されるかもしれない」
「ユリウスもでしょう?」
「そのときは僕が頼んだと話すよ」
リナは木箱を見た。
ユリウスが自分を庇おうとしていると思ったらしい。
「私が見てくる」
「やっぱりやめよう、リナが言った通り、危ないよ」
「図書委員の仕事で入れる時間があるから」
「ありがとう。でも無理はしないで」
「ユリウスは、いつもそれを言うね」
「心配だから」
リナは嬉しそうに笑った。
ユリウスは、正しい表情を返した。
*
リナは、1時間ほどで戻ってきた。
手には、木箱を持っている。
「なにも見えなかった。でも、言われた棚の前で箱は開けたよ」
「誰かに見られなかった?」
「大丈夫」
「ありがとう。リナにしか頼めなかった」
リナは安堵したように笑った。
箱の底に刻んだ術式は消えている。
細工は成功していた。
「本当に、これで誰かを助けられる?」
「うん」
「なら、よかった」
リナが去ったあと、ユリウスは木箱を見た。
*
「ユリウス」
図書館を出たところで、ネネに呼び止められた。
「どうしたの?」
「リナと何を話していたの?」
「図書館の仕事について相談していたんだ」
「もう終わった?」
「うん。手伝ってもらったよ」
「そう」
ネネは廊下の先を見た。
リナの背中は、もう見えない。
「最近、リナは少し疲れているように見える」
「冬至祭の準備があるからじゃないかな」
「そうかもしれない」
ネネはユリウスへ視線を戻した。
疑っている様子はなかった。
ただ、友人を心配している。
「ネネも、最近よく休んでいるね」
「うん。寒いのが苦手だから」
「冬至祭には来られる?」
「そのつもり」
「無理をしないほうがいいよ」
「ユリウスも」
「僕は元気だよ」
「元気でも、無理をする人はいるから」
ネネは小さく笑った。
「困ったら、私にも言ってね」
「ネネに?」
「頼りにならないかもしれないけど」
確かに、ネネは頼りにならない。
成績は平均以下で、体力もない。
秘密を守れるかどうかも分からない。
リナのように好意を利用することもできるだろう。
頼られれば、ネネも断らないはずだ。
だが、ユリウスは頼もうと思わなかった。
「ありがとう」
そう答えただけだった。




