第12話 死者の道
共同墓地を訪れた夜、ユリウスは1人で学院を抜け出した。
金属片には、微かな魔力の跡が残っていた。
通常なら、痕跡をたどれるほど強くはない。
だが、ユリウスにとっては十分だった。
街路に残る魔力の糸を追う。
それは墓地から王都の北へ続き、学院の裏門を抜けていた。
アレンの荷物に混ざっていた金属片は、学院の外から持ち込まれたものではない。
学院から墓地へ運ばれ、再び学院へ戻っている。
誰かが、アレンの葬儀の後に墓を訪れたのだ。
ユリウスは演習森林へ向かった。
夜の森には、雪が積もっていた。
月明かりの下で、木々の影が長く伸びている。
深淵種が現れた空地は立入禁止になっていた。周囲には警戒の術式が張られ、教師が近づけば記録が残る。
ユリウスは術式を壊さなかった。
時間を止め、魔力の網目を避けて通った。
空地の地面には、新しい雪が積もっている。
召喚陣はすでに削り取られ、焼かれていた。
それでも、地中には魔力の痕跡が残っている。
アレンの荷物にあった金属片と同じものが、召喚陣の6か所に埋め込まれていた。
6つの目印。
そのうち1つは、すでに力を失っている。
残る5つは、今も学院のどこかとつながっていた。
ユリウスは地面に触れた。
魔力の糸が、森の地下へ伸びている。
その先をたどる。
森の北側には、今は使われていない礼拝堂があった。
学院が建てられる以前から存在していた建物だという。
石壁は黒ずみ、屋根の一部が崩れている。扉には鎖が巻かれ、立入禁止の札が掛けられていた。
ユリウスは鎖へ触れず、その内側へ移動した。
礼拝堂の中は暗かった。
長椅子は朽ち、祭壇には厚く埃が積もっている。
だが、埃の上には新しい足跡があった。
祭壇の裏側に、地下へ続く階段がある。
下から、人の声が聞こえた。
術式によって歪められており、誰の声かは分からない。
「……次の更新日は、冬至祭だ」
ユリウスは階段の途中で足を止めた。
地下室には、3人の男がいた。全員が外套の頭巾をかぶり、顔を隠している。
中央の台には、学院全体の見取図が広げられている。図の上には、黒い針が5本刺さっていた。
「森林の個体も、医務室の器も失敗した」
職員の1人が言った。
「失敗ではない」
中央の男が答える。
声は変えられていたが、右手の革手袋の端から、格子状の火傷が覗いている。閉架書庫で見たものと同じだった。
「学院側は、深淵からの侵食がすでに始まっていると気づいていない。火災も、少年の発症も、すべて個別の事件として処理された」
「しかし、何者かが術式へ干渉した形跡があります」
「教師どもの攻撃だ」
「それにしては、崩れ方が不自然です。森林でも、深淵種の核があり得ない位置へ移動していました」
中央の男が黙る。
「ケイン技官」
もう1人が、怯えた声で呼んだ。
中央の男が頭巾を外す。
オズワルド・ケインだった。
入構記録、旧礼拝堂を訪れた灰色の外套、黒土、格子状の火傷。ばらばらだった手掛かりが、ようやく1人へつながった。
「誰かがいると?」
「分かりません」
「探す必要はない。冬至祭が終われば、学院そのものが門になる。何者が潜んでいようと、すべて飲み込まれる」
「生徒もですか」
「当然だ」
「王都まで侵食が広がる可能性は」
「そのための門だ」
職員の顔が強張った。
「話が違います。学院の貴族だけを犠牲にして、王国へ警告を与えると」
「警告で、この国が変わると思うのか」
オズワルドは低く笑った。
「王都の結界は、見えない場所で弱い者を燃やして保たれている。私の妹も、その1人だった。王国は子供を炉へ入れ、貴族の暮らしを守った」
「何の話です」
「知らなくていい。冬至祭のあとには、守られていた者も同じ痛みを知る」
ユリウスは「炉」という言葉を記憶した。学院と王宮の結界には、まだ自分が知らない仕組みがある。自分の魔力紋を消す計画にも関わるかもしれない。
「今さら怖くなったか」
「私には家族がいる」
「私にもいた」
オズワルドが杖を向ける。
職員が何かを言う前に、その胸を黒い光が貫いた。
男は声も上げずに倒れた。
残った職員が後ずさる。
「死体を片づけろ」
「どこへ」
「墓地だ。ちょうど空いている墓がある」
アレンの墓を使うつもりらしい。
ユリウスは、倒れた男を見た。
まだ生きている。
今なら助けられる。
だが、助けた男から情報を引き出す必要はなかった。オズワルドの正体と計画、そして王国の結界に別の秘密があることまで分かった。
ユリウスは何もしなかった。
やがて男の呼吸が止まった。
*
ユリウスは、地下室の見取図を記憶した。
冬至祭では、学院を覆う大結界が1度解除され、新たな術式へ更新される。
その瞬間を狙い、学院の5か所に埋め込んだ針から深淵の力を流し込む。
森林の事件も、医務室の火災も、その予行だった。
計画を教師へ知らせれば、冬至祭は中止されるだろう。
オズワルドも拘束される。
だが、証拠はない。
礼拝堂へ入った経緯を問われれば、説明できない。
オズワルドが計画を変更すれば、次に探すのが面倒になる。
祭りを予定どおり行わせ、その場で失敗させたほうが確実だった。
問題は、5本の針だった。
すべてを壊せば、計画が露見したと知られる。
1本だけ細工をし、深淵の力が流れ始めたあとで術式を逆流させればよい。
オズワルドと共犯者を、その場に集めた状態で。
ユリウスは学院へ戻った。
自室の前まで来ると、廊下の窓際に人影があった。
ダリオだった。
「どこへ行ってた」
「眠れなくて、散歩をしていたんだ」
「この時間に?」
「ダリオも起きているだろう?」
「お前がいないことに気づいたからだ」
ダリオは腕を組んだ。
「また何か調べてるのか」
「何を?」
「森林の事件とか、火事とか」
「考えすぎだよ」
「リナまで巻き込んでるだろ」
ユリウスは笑みを崩さなかった。
「巻き込んでいないよ」
「最近、あいつの様子がおかしい」
「本人から何か聞いたの?」
「聞いてない。聞いても、何も言わない」
「では、僕とは関係ないかもしれない」
ダリオはユリウスを見た。
普段より長く。
「リナは、お前のことが好きだ」
「そうなの?」
「気づいてないのか」
「僕は、人の気持ちには鈍いから」
「そういう問題じゃないだろ」
ダリオは頭を掻いた。
「とにかく、あいつに無茶をさせるなよ」
「もちろん。リナが傷ついたら僕だっていやだよ」
ユリウスはダリオをまっすぐ見て答えた。




