第11話 墓標
アレン・コールの墓は、王都の南端にある共同墓地に建てられていた。
冬の空は低く、雲の切れ間から落ちる光にも色がなかった。
墓地の奥には、同じ形をした灰色の墓標が並んでいる。貴族の墓所にあるような彫像も、金文字で刻まれた家名もない。
アレンの墓も、その中の1つだった。
石には、名前と生没年だけが刻まれていた。
アレン・コール。
享年14歳。
ダリオが墓標を見下ろした。
「俺たちと、2つしか違わなかったんだな」
「うん」
リナが白い花を供える。
ネネは墓標の前にしゃがみ、そこに刻まれた名前を指先でなぞっていた。
ユリウスは、少し離れた場所に立っていた。
墓参りに意味があるとは思わない。
死者は、花を見ない。
名前を呼ばれても聞こえない。
誰かが自分を覚えていることも、忘れたことも知ることはない。
それでも、墓地には多くの人がいた。
墓石を拭く者。
花を取り替える者。
動かない石に向かって、長く話しかけている者もいる。
生きている人間は、死者に多くの時間を使う。
不思議な習慣だった。
「あなたたち、学院の方ですか」
背後から声をかけられた。
振り返ると、茶色の外套を着た女性が立っていた。
20歳前後だろうか。頬は痩せ、両手は赤く荒れている。腕には、小さな籠を抱えていた。
「アレンのお姉さんですか」
ネネが立ち上がった。
女性は驚いた顔をした。
「どうして、それを」
「少し似ていると思って」
ネネは小さく頭を下げた。
「私たちは、アレンさんと同じ学院に通っていました」
「そうでしたか」
女性は墓標へ目を向けた。
「弟とは、お知り合いだったんですか」
誰もすぐには答えなかった。
アレンと話したことがある者はいなかった。
顔も、火災の後に初めて知った。
「知り合いではありません」
ネネが答えた。
「でも、同じ場所にいた人だから」
「それで、わざわざ?」
「はい」
女性はしばらくネネを見ていた。
それから、深く頭を下げた。
「ありがとうございます」
「私たちは、何もできませんでした」
「来てくださっただけで、十分です」
女性の声が震えた。
「アレンは、学院へ入れたことを喜んでいたんです。うちにはお金がありませんでしたから、奨学金を取って……。卒業したら、私たちを王都に呼ぶと言っていました」
目元を押さえる。
「本当に、馬鹿な子です。そんなこと、考えなくてもよかったのに」
リナも俯いていた。
ダリオは拳を握りしめている。
ユリウスは女性の顔を見た。
悲しんでいることは分かる。
声の震え方も、呼吸の乱れも、目元の赤さも、すべて悲嘆を示している。
だが、同じものはユリウスの中にはなかった。
アレンを助けることはできた。
助けなかった。
あの場では、それが最も都合のよい選択だった。
今も判断は変わらない。
「アレンさんは、どんな人でしたか」
ネネが尋ねた。
女性は涙を拭い、少しだけ笑った。
「動物が好きでした。小さいころから、怪我をした鳥や猫を拾ってきては、家で飼おうとするんです」
「火事のときも、魔法生物を助けようとしていたそうです」
「そうですか」
女性は目を閉じた。
「あの子らしいです」
ユリウスはネネを見た。
彼女は女性の言葉を、一言も逃さないように聞いている。
名前を知りたいと言った。
今度は、生前の人柄まで知ろうとしている。
死者に関する情報を増やしても、何の役にも立たない。
それでもネネは、そうすることでアレンを覚えようとしていた。
「そういえばこれをご存知でしょうか」
女性は籠から、小さな布袋を取り出した。
「弟の部屋にあったものです。学院の紋章がついているので、学校で使うものかと思ったんですが」
ネネが受け取る。
中には、黒く焦げた金属片が入っていた。
細長い針のような形をしている。
ユリウスは、それを見た。
演習森林の召喚陣に使われていたものと、同じ金属だった。
表面には、ほとんど消えかけた術式が刻まれている。
「アレンさんの持ち物ですか」
ユリウスが尋ねた。
「分かりません。火事の後、荷物と一緒に返されたんです」
「少し見てもいいですか」
ネネから金属片を受け取る。
触れた指先に、ごく弱い魔力が残った。
深淵種を呼び出すための術式とは違う。
これは、場所を示すための目印だった。
何者かが、アレンの身体か持ち物に付着させたのだろう。
「学院で調べてもらったほうがいいかもしれません」
ユリウスは女性に言った。
「危険なものですか」
「まだ分かりません。僕たちから先生へ渡します」
「お願いします」
女性は再び頭を下げた。
ネネが墓標へ向き直る。
「アレンさんのこと、教えてくださってありがとうございました」
「こちらこそ」
女性が去ったあとも、4人はしばらく墓前に残った。
ダリオが静かに言った。
「助けたかったな」
「うん」
リナが答えた。
「今さら言っても仕方ないけど」
「仕方がないから、言わなくていいわけじゃないよ」
ネネが墓標を見つめた。
「助けられなかったことを、仕方がないだけで終わらせたら、次も同じことをするかもしれないから」
ユリウスは手の中の金属片を見た。
自分は、次も同じ状況になれば同じ選択をするだろう。
助ける利益がなければ、見捨てる。
後悔していない以上、行動を変える理由もない。
「ユリウス」
ネネに名前を呼ばれ、顔を上げる。
「どうしたの?」
「難しい顔をしていたから」
「これを見ていたんだ」
金属片を示す。
「何か分かる?」
「学院へ戻って調べてみるよ」
「危ないものなら、1人で調べないでね」
ネネは心配そうに言った。
「先生に渡すだけだよ」
ユリウスは笑った。
嘘だった。




