表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
平均点の少年は、誰の痛みも分からない  作者: くるみ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
11/26

第11話 墓標

アレン・コールの墓は、王都の南端にある共同墓地に建てられていた。


冬の空は低く、雲の切れ間から落ちる光にも色がなかった。

墓地の奥には、同じ形をした灰色の墓標が並んでいる。貴族の墓所にあるような彫像も、金文字で刻まれた家名もない。

アレンの墓も、その中の1つだった。

石には、名前と生没年だけが刻まれていた。

アレン・コール。

享年14歳。

ダリオが墓標を見下ろした。


「俺たちと、2つしか違わなかったんだな」

「うん」


リナが白い花を供える。

ネネは墓標の前にしゃがみ、そこに刻まれた名前を指先でなぞっていた。

ユリウスは、少し離れた場所に立っていた。


墓参りに意味があるとは思わない。

死者は、花を見ない。

名前を呼ばれても聞こえない。

誰かが自分を覚えていることも、忘れたことも知ることはない。

それでも、墓地には多くの人がいた。


墓石を拭く者。

花を取り替える者。

動かない石に向かって、長く話しかけている者もいる。

生きている人間は、死者に多くの時間を使う。

不思議な習慣だった。


「あなたたち、学院の方ですか」


背後から声をかけられた。

振り返ると、茶色の外套を着た女性が立っていた。

20歳前後だろうか。頬は痩せ、両手は赤く荒れている。腕には、小さな籠を抱えていた。


「アレンのお姉さんですか」


ネネが立ち上がった。

女性は驚いた顔をした。


「どうして、それを」

「少し似ていると思って」


ネネは小さく頭を下げた。


「私たちは、アレンさんと同じ学院に通っていました」

「そうでしたか」


女性は墓標へ目を向けた。


「弟とは、お知り合いだったんですか」


誰もすぐには答えなかった。

アレンと話したことがある者はいなかった。

顔も、火災の後に初めて知った。


「知り合いではありません」


ネネが答えた。


「でも、同じ場所にいた人だから」

「それで、わざわざ?」

「はい」


女性はしばらくネネを見ていた。

それから、深く頭を下げた。


「ありがとうございます」

「私たちは、何もできませんでした」

「来てくださっただけで、十分です」


女性の声が震えた。


「アレンは、学院へ入れたことを喜んでいたんです。うちにはお金がありませんでしたから、奨学金を取って……。卒業したら、私たちを王都に呼ぶと言っていました」


目元を押さえる。


「本当に、馬鹿な子です。そんなこと、考えなくてもよかったのに」


リナも俯いていた。

ダリオは拳を握りしめている。

ユリウスは女性の顔を見た。

悲しんでいることは分かる。

声の震え方も、呼吸の乱れも、目元の赤さも、すべて悲嘆を示している。


だが、同じものはユリウスの中にはなかった。

アレンを助けることはできた。

助けなかった。

あの場では、それが最も都合のよい選択だった。

今も判断は変わらない。


「アレンさんは、どんな人でしたか」


ネネが尋ねた。

女性は涙を拭い、少しだけ笑った。


「動物が好きでした。小さいころから、怪我をした鳥や猫を拾ってきては、家で飼おうとするんです」

「火事のときも、魔法生物を助けようとしていたそうです」

「そうですか」


女性は目を閉じた。


「あの子らしいです」


ユリウスはネネを見た。

彼女は女性の言葉を、一言も逃さないように聞いている。

名前を知りたいと言った。

今度は、生前の人柄まで知ろうとしている。

死者に関する情報を増やしても、何の役にも立たない。

それでもネネは、そうすることでアレンを覚えようとしていた。


「そういえばこれをご存知でしょうか」


女性は籠から、小さな布袋を取り出した。


「弟の部屋にあったものです。学院の紋章がついているので、学校で使うものかと思ったんですが」


ネネが受け取る。

中には、黒く焦げた金属片が入っていた。

細長い針のような形をしている。

ユリウスは、それを見た。

演習森林の召喚陣に使われていたものと、同じ金属だった。

表面には、ほとんど消えかけた術式が刻まれている。


「アレンさんの持ち物ですか」


ユリウスが尋ねた。


「分かりません。火事の後、荷物と一緒に返されたんです」

「少し見てもいいですか」


ネネから金属片を受け取る。

触れた指先に、ごく弱い魔力が残った。

深淵種を呼び出すための術式とは違う。

これは、場所を示すための目印だった。

何者かが、アレンの身体か持ち物に付着させたのだろう。


「学院で調べてもらったほうがいいかもしれません」


ユリウスは女性に言った。


「危険なものですか」

「まだ分かりません。僕たちから先生へ渡します」

「お願いします」


女性は再び頭を下げた。

ネネが墓標へ向き直る。


「アレンさんのこと、教えてくださってありがとうございました」

「こちらこそ」


女性が去ったあとも、4人はしばらく墓前に残った。

ダリオが静かに言った。


「助けたかったな」

「うん」


リナが答えた。


「今さら言っても仕方ないけど」

「仕方がないから、言わなくていいわけじゃないよ」


ネネが墓標を見つめた。


「助けられなかったことを、仕方がないだけで終わらせたら、次も同じことをするかもしれないから」


ユリウスは手の中の金属片を見た。

自分は、次も同じ状況になれば同じ選択をするだろう。

助ける利益がなければ、見捨てる。

後悔していない以上、行動を変える理由もない。


「ユリウス」


ネネに名前を呼ばれ、顔を上げる。


「どうしたの?」

「難しい顔をしていたから」

「これを見ていたんだ」


金属片を示す。


「何か分かる?」

「学院へ戻って調べてみるよ」

「危ないものなら、1人で調べないでね」


ネネは心配そうに言った。


「先生に渡すだけだよ」


ユリウスは笑った。

嘘だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ